決着は、今。 1





天候は晴れ、風向きは良好。
春島の気候海域にいるのだろうか、日差しも穏やか、お昼寝日和とはまさに今日の日のことをいうのだろう。
甲板にはいつものように剣を支えにして眠る剣士の姿と、その膝にちょこんと腰掛け同じく昼寝している船医の姿がある。舵輪の前の椅子にドッカリと座ってカモメを眺める音楽家、女部屋からは航海士と考古学者の楽しげな談笑が漏れ聴こえ、展望室の窓からは本日見張りのはずの狙撃手の鼻ちょうちんが見え隠れ。


―――今日もまた、穏やかな一日がゆっくりと過ぎようとしている。


そんな中、フランキー兵器開発室はどうやら大忙しのようで船中に響く金属音は止む気配をみせない。
それとは逆に、普段から食器の洗う音や下拵え中の音が漏れ聴こえてくるキッチンは異常な静けさに包まれていた。



―――それでも、確かに“世界”は刻々と変化していて…。



平穏な一日のはずなのに、何処か妙な胸騒ぎがして。
振り下ろすカナヅチの金属音は速度を速め、渦巻く不安に拍車をかける。



―――人は、常に同じ場所に立ってはいられないのだから。


キーン、キーン…
甲高い音色は次第に遠く聴こえるようになり、代わりに草履の足音がどんどん大きくなってくる。
普段であれば足音にさえ元気を感じさせるような軽快なその音は、今日は何処か怪我をしているのではないかと思ってしまうほど頼りなく。
地面を擦るような摩擦音さえ混じらせてくるその音が、背後でぴたりと止まった。


―――だから人は、挑むのだ。



(とうとう、言っちまったんだな…)
作業する手を止めないまま、相手の出方を伺うことにする。
不用意にコチラから接触してはいけない。
コイツは、きっと悟られないようにするだろう。苦しい癖に耐えようとするだろうから。



―――“前進する”か“後退するか” その答えは、













最初にかけられた言葉は、“今日も頑張ってんな、フランキー!”だった。
おう、今日も俺はスゥパーだぜ!と返しながらも目線は作業する手元を一心に見つめ続けた。
多分それをコイツも望んでいるとおもったから。

それから暫くは翌日になったら話の内容を忘れてしまいそうなぐらいのどうでもいい世間話が続いて、
背後からケラケラと笑い声があがりはじめたのをいい頃合とみて、俺は口火を切った。

“なんか、あったか?”

単刀直入に、けれども確信を持って。
俺のその言葉に、何かを感じ取ったのだろう。瞬間、あがっていた笑い声は止み、間を少し空けてからヤツはこう返してきた。



「なぁ、フランキーの夢は叶いそうか?」

俺の夢?それがどうしたっていうんだ。

「そりゃーオメェ次第だろ?俺の夢が何かは知ってんじゃねェか」
「しし、そーだった、そうだった」

俺の夢にはもちろん自身の力も大いに必要ではあるが、船長であるコイツの力量も要求されてくるのだ。
このサウザンドサニー号は俺の船じゃないんだぞ、ルフィ。これはお前が乗る船なのだから。

それにしても何故そんな質問をしてきたのだろうか?

「じゃあよぉルフィ、逆に質問してやる。オメェの海賊王っつー夢は叶いそうか?」
「…それは、叶う叶わないの問題じゃねェ。
俺は絶対、海賊王になるんだ。そのために海賊になったんだからな。」

欲しいものは奪い取ってでも手に入れる。それが海賊の流儀だ。
力強く返された返事に、俺は内心ホッとしていた。夢は叶うか?なんて聞いてくるから、あり得はしないが、コイツの海賊王への自信ってものが揺らいじまったのかと思ったじゃねェの。

「海賊王は、必ず手に入れる。
それは俺の全てだから。でも…」

そしてルフィはその後を語るのを迷っている様子で、口を閉ざしてしまう。
本題を切り出そうとしているのを察し、俺はカナヅチを横へと置いてルフィへと向き直る。
掛けていたサングラスを押し上げ、ヤツの口が開くのをただただ待った。

「…でも、海賊になっても、奪えないもの…
手に入れられないものがあるって、今日、初めて知った」

それが、悔しくてよォ…
最後にぽつりと溢した言葉と、其処に浮かぶ無理やり形取られた笑顔のなり損ないをみて、俺は拳を握った。

今、俺がルフィを抱きしめたら…。
きっとコイツが必死に我慢してるモンが一気に崩れちまう。
それをルフィは望んでいない。俺に助けられることを、コイツは望んでいないはずなんだ。


だけど・・


「俺のは、間違ってるんだってさ。
なんでも、かんでも…欲しいって駄々こねれば手に入るわけじゃねェって…っ」


だけど、よぉ…っ!


「おれは、この船のコックであって…おまえの、コックになったわけじゃ…ねェって…っ」


…こんなの、無理だろ…?


「めし、…ねだる上に、おれのコトまで、くう、つもりかよ…って、…言っ」


コイツは耐えようとしてるかもしんねェけどよ、


「メーワク、だって……きもち、わる」
「もう、それ以上喋るんじゃねェ!!!!!」


俺には耐えられねェよ!!!


無理やり掻き抱いたその身体は小刻みに震えていて。
縋り付こうと伸びる腕を、ハッと引っ込めてはまた伸ばすを繰り返す。
その腕を強引に掴んで、自分の背に回させる。

「堪えるな。」
「だって、俺が間違っ…」
「間違ってねェ!間違ってなんかいねェ!
オマエは頑張った、よく戦ったんだっ!!」
「…負けち、まったけどな…」
「んなの、一生のうち1度や2度 敗北することだってあるだろ!
大事なのは果敢に挑んでいったその生き様だっ、ドンと胸を張れ、オマエは強ェんだ!」



ルフィの様子から察するに、ぐるぐる眉毛のヤツは相当酷い言葉を並べてルフィの勇気ある挑戦を蹴り落としたのだろう。


勝機の薄い戦いに挑んで、その先に待つ世界を目指したルフィと。
戦うことを恐れて、現状に留まろうと足掻き抜いたコック。


いつかはこんな日が来るだろうと。
それが一日でも長く、遠い日のことであればいいと。俺は何度願ったことか。


「…オメェがまた、前を向いて歩けるように。
今は、ココで立ち止まっていけばいい。」
「フランキー…でも、な、俺…」


たとえ、他の彼等が知ったとしても、仲間達はルフィを優しく受け入れてくれるだろう。
辛いときは立ち止まればいい。頼ってくれていいと、誰もが口をそろえて言うのだろう。
けれどルフィは立ち止まれない。前に進むと決めたのだから。そして挑んで、負けてしまったのだから。


「心配すんな、オメェが立ち止まった事は俺しか知らねェ。そして俺はそのことを他の奴等に話す気はサラサラねェ。
つまり俺は共犯ってワケだ。ココなら誰にも知られねェ、だから安心して休め」
「あんま、やさしく…すんなよ…、俺、よわってんだぞ…」
「ハハっ、自分で弱ってるっていやァ世話ねェな!」
「今度は、おめぇが困る、ことになるかもしんねェ…のに…」
「そうなったらそうなったで俺は別に構わねェよ〜
俺はンなコトで怖気づいたりしねェからナ!どうよ、いいオトコだろォ?」
「…しし、」


本気で言ってるワケじゃねぇと分かっていたからこそ叩けた軽口。
だが、其処に俺の本心がまったく入ってないと、言い切れたのだろうか?
ようやく力を抜いて身体をゆったりと預けてきた小さな船長を膝に乗せ、頬を伝う涙の線をそっと指でぬぐってやると、ルフィは照れくさそうに頬を染めた。


「やばいな、…フランキーがちっとだけカッコよくみえちまった」
「アゥ、なんだよソレェ…俺サマは普段からスゥーーパーーカッコイイだろうがっ!」
「そっか。スーパーカッコよかったか…ごめんな気付かなくて」


そうしているウチに泣きつかれて、ウトウトと瞼をおとしはじめるルフィを、俺はしっかりと抱きしめてやった。
瞼が落ちる瞬間、こぼれ落ちた名前に少しだけ胸を痛めて…




―――いつか、俺も戦う日が来るのだろうか。




そんな事を思うのだった。









END


《1》

コックさんがとっても酷い子になってしまったみたいなので、後日 救済処置を施します()
と、以前書いておいて未だに救済できていませんorz