吹雪に過ぎ行く





ふと、目が覚めて。
その場所が男部屋ではない事に気付き、ルフィは一人、あぁと納得したように声を漏らす。

そういえば昨日は珍しくサンジの方からお誘いが掛かったんだったっけ?

寝ていたルフィの傍らで、タオルケットに潜り込むような感じで寝息を立てる金髪の姿に、思わず頬を緩ませた。
特徴のあるクルンとした眉毛を少しだけ覗かせる、サンジの髪に触れたくなって指先を伸ばそうと腕をあげる。

が、サンジの髪に伸びるはずだった腕は、そのまま宙を漂うだけに終わった。
何かヘンだ。妙に寒いぞ…。

室内の異常な冷え具合が気になったルフィは、寝転んだままそっと覗き窓の方へと視線を向ける。
よく目を凝らして外の様子を伺えば、チラチラと白いカケラが暗い夜空の中を舞っているようだった・・。


「雪、か・・」

思わず声に出てしまい、ハッと口元を押さえる。
が、今の声で起こしてしまわないかと危惧した相手にどうやら変化はない。

ホッと胸を撫で下ろしてから、ルフィはもう一度窓の外に目を向けた。
冬島の海域に入ったのだろうか?雪は小降りだが、それでも冷え込む空気はこの食料庫内にも影響を及ぼすほどだ。
自分は良くても、このままどんどん冷えていくのであればサンジが風邪を引いてしまう。本人は病気など一度も掛かった事ないとは言っていたが、万が一ということだってある。周囲に散乱したままの衣服が、それを痛烈に物語る。

何せ、彼は今、その身に何も纏っていないのだから・・。
そういう自分も似たり寄ったりではあったが如何せん自分の事となると無頓着な彼は、大事な仲間であり、そして恋人であるサンジの事のほうが心配で仕方がないのだ。



いっそサンジを起こして、男部屋に戻るか・・?
でも久しぶりにサンジの肌に触れて、互いの熱を分かち合った夜。このままいつもの生活に戻るのは、なんだか寂しくて。

ならせめて服を着させるとか・・?
起こさないようにサンジに服を着せるなんて真似、不器用なルフィには出来るはずもなかった。



うーん、うーん・・と一人唸りながら考えていると、先日ウソップとチョッパーと3人でかくれんぼしていた時のことを思い出した。ルフィが鬼で、他の二人を捜して船内を駆けずり回り、医務室のベットの下で毛布でその身を包んで隠れていたチョッパーを見つけたのだ。
そんな毛布何処から持ってきたんだ?と訊ねれば、この船じゃ、いつ何時、何が起こるかわからないから、ベットの下にいくつか用意してあるんだと答えたのだ。

そうだ、あの毛布を取って来ればいいじゃないか。医務室ならココからすぐだし、寒かったから借りたといえばチョッパーだって快く許可してくれることだろう。
早速行動に移そうとしたルフィが人肌で暖められていたタオルケットから抜け出す。と、サンジが一度大きく身震いをした。
やっぱり寒いんだ…これは急いだ方がいいな、と。半ズボンだけを履いてルフィは大きな音をたてない様、慎重に扉を開いて医務室へと駆け足で向かった。


医務室から2,3枚毛布を持ち出してきたルフィは、折りたたまれた状態では割りと厚みのある毛布に四苦八苦しながらサンジの寝ている食料庫へと引き返す。…と、

「冷たっ・・・!」

鼻の先に、雪が落ちてきたのだろう。
ひんやりとした感覚に、ルフィは上半身裸だったことを今になって思い出して、「寒っ!!!!」と肩を震わせた。
おもわず両手に持たれた毛布にぎゅっとしがみ付くが、前半分はそれで暖かさを得られるとしても、背中ばかりは襲いくる冷気を防ぐ術がない。
さっさと食料庫へ戻ろうと、一歩踏み出した瞬間・・・ぶわっと、一段と強い向かい風が吹いてルフィの足が止まってしまう。
急に吹雪き出した空に、船の針路を一瞬心配したルフィだったが今日の不寝番がナミだった事を思い出して、早々にその心配を飛散させた。

毛布を盾に、強く吹雪く風をなんとか凌ぐルフィ。が、彼の頭の中では別の事に気をとられてしまっていた。



“サンジの為にこの毛布を早く届けないと”
“今日の不寝番はナミだから、アイツが騒がない限りは大丈夫だ。”


・・二人の名と、この吹雪が。ドラム王国での記憶を呼び起こす。



ルフィがそのまま立ち止まってしまうと吹雪いていた風が急に静まり返り、小降りな雪に戻ってしまった。
毛布をその場に置いて、ルフィは自身の手をじっと見つめた。



そして思い浮かぶ、あの時の光景。

もっと自分がしっかりしていれば、ナミは・・サンジは・・。


皮膚が裂けても、爪が剥がれても、構わなかった。

二人が助かれば、自分はどうでもいいとさえ、思えた。




「・・もう済んだ事を思い出して、今更後悔するなんて、おれらしくねぇや。」


突然の吹雪に、ドラム王国での光景が被っただけの事。
自嘲的に笑んでからルフィは毛布を抱きかかえ食料庫へと急ぐ。少し毛布が濡れてしまったみたいだが、平気だろうか?と思いつつ食料庫のノブに手をかける。
と、中から“カチリ”という音が聴こえてきて、もしかして、とルフィは扉を開いた。


「やっぱり…、起こしちまったか?」
「あぁ・・お蔭様でな。さみぃからさっさと閉めろよ」


やはり先ほどの音はサンジの所有するライターの音だったらしく、ジャケットを肩に羽織っただけのサンジが銜えタバコのまま此方を振り返るように視線を向け、扉を閉めたらさっさとコッチに来いと手招きしている。
慌てて扉を閉めてから、サンジの真横に毛布を置いて自分もその隣に腰をおろす。するとサンジがルフィの頬をギュッと掴んだかとおもえば「うわっ、冷て!!」とすぐさまその手を引っ込めたので、ルフィはキョトンとした様子でサンジの行動を見つめる。


「なにやってんだ、サンジ?」
「・・このクソゴム。何心底冷え切って帰ってきてんだよ。つーか半裸で歩き回るんじゃねーよ」


不寝番であるナミさんに万が一でも、そんな野生の男丸出しな姿見せてみろ、承知しねぇーからな!
そう言葉で悪態をつくものの、ルフィの持ってきた毛布の中で一番濡れていないであろう一枚をわざわざ選び取って、冷え切っているルフィの身体にボフッと被せその背中をさする彼は、言葉とは裏腹にずいぶんと優しい。
冷えてしまっていると分かっているにもかかわらずサンジ自らルフィに寄り添い、自身の熱を分け与えようとしているサンジにルフィは微笑みを押さえきれない。


「にしし、優しいなー、サンジは」
「・・はぁ?」
「文句言うわりにはなんだかんだで、おれの事心配してくれるしっ」
「あのなー・・オレは怒ってんだぞ?急に寒くなったと思って目を開けたら、テメェが外に行こうとしてて。
寒いからタオルケットから出るなってアピールのつもりで身震いしてみても、気付かねぇで出ていっちまって…あげくの果てにすっかり冷えて戻ってきやがって。オレの暖を返せ、クソヤロウ」


少しルフィの熱がもどってきた事に気をよくしたサンジは、そのまま毛布ごとルフィを抱き込んで床にゴロンと寝転がってしまう。
それからじゃれつく猫のようにルフィと毛布の間にするりと入り込んだサンジは、ようやく得られた暖かみに満足そうに瞼を落とした。

そのまま寝てしまうのかと思われた矢先、サンジは銜えていたタバコを携帯吸殻入れにポンと落とし、寝転んだルフィの上にそっと乗りあがってきた。
ルフィの顔を真下に見つめ、サンジは神妙な顔つきでルフィに問い掛けた。


「オマエさ、なんか余計な事考えてんじゃねー?」
「・・なんでそう思ったんだ?」
「なんつーかさ、テメェが難しいコトを考えてる時って、普段柔らかくてよく伸びるゴムの皮膚が、みょーに強張ってるように見えるんだよ」


だから、さっき掴んで引っ張ってみようとしたんだ。と悪びれる様子もなくそういうサンジに、ルフィはなんだか負けた気分になってしし、と笑い返した。


「やっぱサンジすげぇや!・・ちょっとだけな、思い出してた。」
「当ててやろうか?」
「そんなコトまで分かるのかっ!?…おれってそんな分かり易いのか?」
「まぁ他のヤツよりはな、オマエ単純だし、バカだし。」
「あひゃひゃひゃ、ひでぇ言われようだなっ!!」
「そこを笑って返しちまうから、そういわれるんだ自覚しろバカ。」


ゴチンと一発グーで殴ってから、サンジはすっと表情を和らげ、ルフィの瞳を覗き込む。
サンジの優しげな表情にルフィは魅せられたように、腕をサンジの背に回して緩く抱きしめる。


「もうオマエん中で結論出てんのかもしれないけどな・・
ドラムでの事なら、オマエの所為じゃないから。オレが勝手にしたことを、オマエが責任負う必要はないんだぞ」
「・・でも、おれ、サンジの手・・掴めなかっただろ」
「1度目はしっかり掴んでくれたじゃねーか…、2度目は、ほら・・・手、貸してみろ」


そういうとサンジはルフィの手を掴み、自分の手に置いた。
掌同士が重なり合うと、ルフィがあの時の・・雪崩れに遭った時の事を思い出したのか、ギュッと指先に力が入り、サンジの手をしっかりと握り締めた


「朦朧とする意識の中、オマエはあの時、しっかりとオレの手を握り締めてくれていた
けど、オレの方に握り返す力がなかったから、雪崩れの勢いに負けて離れちまったんだ。」


力が入りすぎているルフィの指にサンジがそっと指先を這わせば、ルフィは握り締めていた指を解き、サンジの指を愛おしそうに掌で包み込んだ。




――辺り一面、真っ白な雪上・・。

――どんなに大声で叫んでも、帰ってくる声はなくて・・。



――手当たり次第に掘り返して、薙ぎ倒された流木が出てきた時の絶望感。

――ようやく雪原に人よりは若干色素の薄い肌色を見つけた時、思わず目頭が熱くなった。



――手袋が外れたほうの腕は、必死におれの手を掴もうとしてくれていたのだろう。

――雪に押し潰されながらもその腕だけは、雪上へと向けられていた。


――この手があったから、おれはサンジを見つけられたんだ。

――この手が、あったから・・・。





そのままルフィは自分の顔のところまでサンジの手を持っていくと、その掌に頬を摺り寄せた。
ルフィのしたいようにさせておき、ルフィを押しつぶさないよう支えていた片腕の力を抜いて、ゆっくりとルフィの上へと圧し掛かる。


「けど、オレは今ここにいる。
それはあの状況で、重病のナミさんを抱えながらもオマエがオレを助けてくれたからだ。そうだろ?
ルフィには余計な苦労を増やしちまったけれども」
「・・余計なんて、言うな」
「あぁ、ワリィ。・・でも、オマエのお蔭で、オレもナミさんも無事だった。それだけじゃダメか?」
「・・・ダメじゃねぇ…」


まだ納得してないという様子のルフィだったが、それは毛布を抱えて戻ってきた時とは違い幼い子供が納得できず不貞腐れているような雰囲気だったので、サンジはプッと噴出してルフィの頭を小突いた。


「イタッ、何すんだよっ」
「痛くねーだろゴム人間。ともかく、オマエはオマエに出来る最善を尽くしたんだ。
そんで誰一人として欠けちゃいない。はい結果オーライ、・・・分かったか?」
「・・そう、だよな。うん、・・・そーだな。」


ようやく本来の調子に戻ってきたルフィに、サンジはチュッとルフィの頬にキスを落とした。
するとルフィの方からもお返しとばかりに首を伸ばしてサンジの目元にキスをしてきたから、これまたやり返すようにサンジが、ルフィが・・と互いの顔中にキスの雨を降らせる。
そして最終的に行き着いた唇・・、ルフィがサンジの軽く開かれた唇に引き寄せられるかのように重ねようとした瞬間、ハッと気付いたようにサンジを見つめた。
いつまで経っても重なり合わないそれに、サンジが不審がりながらも片目を開くと、ルフィはニカッと歯を出して満面の笑みをサンジへと向ける。
ご褒美を前にしてお預けされている気分になったサンジは、少々ムッとしながらも訝しげな表情でルフィに訊ねる。


「・・なんだよ。その顔」
「なんかな、今すっげぇサンジが好きだなーって思ってよ、そしたら急に嬉しくなっちまった。」
「はぁ?・・ったくよー。意味の分かんねぇところで喜び感じやがって・・・。焦らされたオレの気持ちはどうしてくれる」
「ワリィワリィ…でもよ?このままチューしちゃっていいのか?」
「・・いや、良いから待ってたんだけどよ…?」
「だってよ、このまんまじゃ…」



また、欲しくなっちまう・・。



ルフィから漏れた随分と即物的な発言に、間を置いたサンジが喉の奥で笑う。
そういやー、久しぶりだった割りに回数は少なかったかもしれない。まぁオレが明日飯作ってやれなくなるぞ、と脅した所為もあるのだけれど…。

ルフィの欲望を垣間見たその言葉に、サンジはルフィの横に手をついて起き上がった。
やはりダメだったかとルフィが頬を張らせていると、バサリという音が響き、見上げれば先ほどまでジャケットを肩に羽織っていたサンジの裸体が目の前にあって。
あの音はジャケットを脱ぎ捨てた音だったのか、と頭の片隅でそんなコトを思うも、ルフィの目はサンジの白い肌に釘付けとなっている。
頬をほんのり染め、かすかに濡れた眼差しで見上げてくるルフィの視線にサンジがほくそ笑むと、再び身体を寄せてルフィの耳元で小さく囁いた。


「今日一日、オレの身の回りの手伝い決定な?」
「・・おれ、まちがいなく皿、割るぞ?」
「1枚でも割ったら1ヶ月間ナシで。」
「はぁ!?・・ちょ、サンジそれはム・・!んぅーっ」


無理と言い掛けたルフィにサンジは聞く耳もたないとばかりに襲い掛かる。
舌を存分に絡ませれば、次第にルフィの表情も蕩けはじめ、サンジを少しでも悦ばせようと手を伸ばしてくる。



すっかり雰囲気に流されてしまったルフィ。

その後、1ヶ月禁欲生活に突入したかどうかは、彼等のみぞ知る・・・。














END (2011/10/30)

《1》

ドラム王国を振り返ってのルサン話。
○○に過ぎ行くシリーズは、原作のストーリーに沿ったお話になりますが思い出話なので順序通りではありません。