「ルフィ、お待たせ!これならどうかしらっ」
「おおサンジー!うん、それなら安心だなーっ
それよりさっきから鍋の中がブクブクいってんだけど…」
「ぁあああっ!!吹き零れてるじゃないのっ」
本当に見ていただけだったらしいルフィに、サンジは慌てて火を止めて鍋の中を確認した。
…これは作り直した方がいい。アクが鍋を覆いつくしており完全に濁ってしまっている。
「んー…別のタレを用意したほうがよさそうね、もうすぐお肉も焼けるし、となると…」
「やっぱマズかったのか、それ。
ワリィ、サンジ…俺こういう時どうしたらいいのか分かんなくて。」
「う、ううん気にしなくていいのよルフィっ!だからそんな悲しそうな顔しないでっ!?」
もしルフィにイヌ耳がついていたとしたら、間違いなく垂れ下がってしまっていただろう。
サンジは慌ててルフィをギュッと抱きしめる。愛するルフィにそんな顔をさせてしまうなんて恋人失格だ。
大丈夫よ、と何度も囁きながらルフィの顔めがけてキスの雨を降らす。
最後に唇に行き着いて、サンジが少し躊躇しながらもチュっとキスを落とすと、ルフィはやんわりと目を細めた。
が、ルフィはふと気付いたようにサンジの頬に手を伸ばした。
「なぁサンジ…これ必要か?」
「コレって…化粧のことかしら?必要に決まってるじゃないっ、ルフィだって恋人には美しくあって欲しいと思うでしょ…?」
「うーん。俺そういうの考えたことねェな。っていうかサンジの場合、何もしなくても美人で可愛かったし」
ルフィの言葉に、再びサンジはハートの心臓をドキンと高鳴らせて頬を朱く染めてみせた。
どうしてルフィは何度も何度も恋人である自分を喜ばせるようなことを次々言ってくれるのだろうかっ…!?
「そ、そうかしら…?」
「おぅ、それにナミが前に言ってたぞ。化粧のしすぎは肌に悪いって。
サンジの肌は元からスベスベでさわり心地良かったから、それが無くなっちまったら…俺、悲しいぞ?」
射抜かれた…っ、完全に射抜かれたァ…!!
サンジは身体を震わせ、愛しい恋人を絶対離さないとばかりに力を込めた。
力いっぱい抱きしめられルフィが息苦しいと呻くまでサンジは離さなかった。
「化粧落とすわ、ルフィは椅子に座ってて?」
「ぶはっ、…お、おぅ!…あ、サンジ」
「ん?」
ようやく離れたサンジにルフィは彼の背から流れる人工的に作られたウィッグの毛を手に絡め、顔を顰めた。
「さっきからずっと思ってたんだけどよ。
これさ、鼻に入ってムズムズするんだ…サンジに抱きしめられんのすっげぇ嬉しいんだけど、そればっか気になってサンジの事ちゃんと抱き返せない…」
くしゅんっ!と鼻を啜ったルフィに、サンジは慌ててルフィから離れウィッグに手を掛ける。
ルフィに抱きしめてもらえないとか何の拷問だ。その動きは手馴れており、あっという間にウィッグを外したサンジはそのまま洗面台に向かう。
何処からともなくメイク落とし用のクレンジングオイルを取り出しては、これまた素早い動きでキレイに化粧を落としてしまう。
全てはルフィを愛するが故に。
行儀が悪いとは思ったが、食器拭き用のタオルを棚から出してポンポンと水分を拭うと2年前から少しだけ大人びた本来のサンジの姿が現れた。
鏡が手元にないので、巨大オーブンにうっすらと映った自分の顔を確認してから、ルフィに振り返った。
「スッピンで人前に出るのなんて久しぶりだから緊張しちゃうわ…。どうかしらルフィ?…ワタシ、キレイ?」
頬を染め、顔の前で両の人差し指をツンツンと触れさせ合うサンジに、ルフィはニカッと満面の笑顔を向けた。
「おぅ!2年前と全然変わってねェよっ!
やっぱサンジはいつ見ても美人でカワイイぞぉっ!!」
あぁ、もう死んでもいい…っ!!!感無量とはまさに。
フラフラと夢見心地なサンジを今度はルフィから抱きしめてきて、これまた心臓が飛び上がるほどに吃驚した。
「サンジ、大好きだぞ…この2年、サンジの事思わなかった日はねェ…すっげぇ逢いたかった」
「ルフィ…ワタシも、逢いたかったわ…」
恋人からの熱い抱擁を受けるサンジは、胸が一杯になって思わず瞳を潤ませた。
ようやくこの場所に戻ってこれたのだと、今更ながらに実感したのだ。
(何度も何度も夢に見た。)
(目が覚めても、其処にルフィは居なくて。)
(悲しくて…虚しくて…辛くて。)
でも、もうルフィの夢を見て心が痛む日々は終わりを告げたのだ。
(これは本物のルフィだ。)
(ルフィの腕の中に、いるんだから。)
(もう、寂しくなることはないんだから…。)
暫く感慨に浸っていると、またまたルフィはうーん…と唸り声をあげたので、サンジは渋々ルフィを解放した。
「…今度はどうしたの?ルフィ」
「それがよぉ…なんていうか、まだなんか足りてねェような気がして…」
「ふむ…何かしら」
腕を組んで本格的に悩み始めたルフィの姿がまた愛らしくて、もう食べてしまいたい!とか考えながら、今一度抱きしめてしまおうと行動に出た直後、巨大オーブンから調理完了を知らせる音が鳴り響いた。
内心舌打ちをしてから、サンジは鍋つかみを装着しオーブンからこんがり焼けた肉を取り出した。
肉汁を滴らせ香ばしい匂いを周囲に漂わせる肉に、ルフィはヨダレを滝のように垂れ流しながら熱い視線を送り続ける。
もう少しだけ待ってて、と今にも飛びつきそうなルフィを抑えて、手早くこの肉に合うタレを作り始めた。
マヨネーズ、レモン果汁、少量の調味料を合わせてシャカシャカとボールを混ぜていると、ルフィはハッと目を輝かせて『解った!匂いだっ』と声をあげた。
「匂い?」
「そう、タバコの匂いがしねェんだ!」
「タバコ…そういえば、暫く吸ってないかもしれないわね…」
「吸ってなかったのか?そりゃ健康的でいいかもしれねェけど…なんかサンジって感じがしなくて、残念だ…。」
ルフィの一言が、サンジに多大な影響力を及ぼしていることを彼は果たして理解しているのだろうか?
レモン果汁の効いたサッパリ風味のタレが完成し、素早く肉を切り分けてタレを添える。葉っぱを乗せて彩りを整えれば完成。ルフィの前に料理を置くとルフィは勢いよく肉に齧り付いた。
気持ちいいぐらい豪快な食べっぷりに満足しながらサンジはおもむろに胸ポケットに手を当て其処にある箱の形をした固い感触に触れた。続いてスラックスの右側のポケットを漁れば、其処にも先ほどよりも小さめの硬い感触に行き当たって。
先ほど着替えにいった時に靴同様、予備があったタバコ一式をロッカーから取り出して反射的に突っ込んでいたのだ。
特に気にしてはいなかったのだがルフィに指摘されるとどうにも気になってくる。箱を取り出してタバコを一本指に挟んでみる。2年前からロクに吸ってなかったなぁと思い返しながら口に咥えて火をつけてみた。
少し吸い込むと瞬く間に紫煙がキッチンに広がり苦味のある煙にルフィが気付くと、おっ!と顔を上げた。
「サンジの匂いがする!」
「・・・そう?」
「おお、俺タバコの匂いあんま好きじゃねェけど、この匂いは好きだなっ」
「・・・そっか」
ルフィの笑顔にサンジはやんわりと微笑んでから、今度は深く息を吸い込んでみる。
肺の中が煙で充満していくのを感じる。暫くそのままタバコの苦味を堪能してから、おもいきり煙を吐き出してみた。
とても、懐かしい感覚だった。
目の前には自分の作った飯を美味そうに食べるルフィが居て、料理を作り終えた自分は休憩兼ねての一服を満喫する。
「・・・2年、経ったんだな」
「んん?なにか言ったか?」
「・・・いや、」
無我夢中で肉に齧り付くルフィに、サンジは微笑みながら紫煙を燻らせる。
…本人はまだ気付いていない。口調が、以前の彼に戻りつつある事に。
久々の喫煙を楽しんでいたサンジは、料理として出した肉は勿論、切り分けて他所に置いておいた肉すらもキレイサッパリ完食してしまったルフィにすぐ気付けなかった。
食った、食った!とポンポンに膨らんだ腹を叩きながら、サンジに向かって「ありがとなっ!」と歯を見せ笑ってみせた。
「…早いな、もう食い終わったのか」
「おぅ、満足だ!」
「そりゃ振舞った甲斐があったってもんだ。お粗末様でした」
「・・・サンジ?」
「ん?」
ルフィは其処でようやく気付いた。
目を大きく開いたルフィにサンジが訝しげになんだよ、と問いかける。
が、ルフィは何故か嬉しそうに目を細めて「いや、なんでもないぞ!」と頭を振ってみせた。
「よっし、他の皆とも色々話したい事があるから、行ってくる!サンジも一緒に行かないか?」
「あぁ、俺はここの片付けしてから行くわ。先に行ってろよ」
「おぉ!」
ごしごしと顔中に飛び散ったカスを拭って、ルフィは立ち上がる。
そのままキッチンの扉へと向かったルフィが、出て行く直前にサンジの名を呼んだ。
振り返ると、既に身体の半分以上外に出ている状態でルフィがコチラに向かって顔だけを覗かせていて。
「なんだよ。」
「んん、あのさ…俺改めて思った。」
「ほぉ?」
「…おれな、サンジの事、めちゃくちゃ大好きだぞ!」
どんなに姿が変わっていようが、やっぱサンジはサンジだったなっ!
ニッと笑顔を見せて今度こそ扉を閉じたルフィにサンジは呆然と立ち尽くしてしまう。
そして、自分の恰好を見返してみて、あぁ…と納得したように頷いた。
「…確かに、この恰好が一番似合ってるかも、な…」
恐怖に彩られたあの島で半ば無理矢理開花させられたその花は、たった今、静かにその花びらを閉じ、つぼみへと還った。
ルフィに逢いたいという気持ちが心に隙を作り、寂しさを紛らわせるために俺は在らぬ世界へと身を投じてしまっていた。
でも、もう俺の傍にはルフィがいる。
アイツが隣にいて、いつでもその太陽みたいな笑顔を向けてくれるのだ。
「俺にはもう、必要ねェな」
スイーツドレスは今日限りで廃止だ。
化粧道具にもウィッグにも、もう用は無い。
調理台に置かれたままになっていたウィッグを掴んで、サンジはそのままゴミ箱の中へとそれを投げ捨ててしまう。
「今までの俺を支えてくれて、ありがとよ。
クソオカマの女王と、クソオカマ野郎ども…」
そして俺は今日改めて男として立ち上がろう。
この麦わら一味のコックとして、仲間を支える為に。
船長ルフィの恋人として、彼の心を支える為に。