糖度は控えめに 1





「偶然…ってのは、クソ恐ろしいもんだな」
「んぅ??あんかいっはか?さんひ」

長い航海の末、ようやく辿り着いた島国。
島と島が列なってできているその島国には、ここ暫くまともに補充が出来なかった食料、生活用品、船の修理道具などを見繕い、早々に立ち去る予定だったのに。

が、偶然。たまたま。
その日、島々全域を挙げての盛大な催しが行われていて。
お祭り騒ぎが大好きな船長がこの手の話に食いつかないはずもなく。鼻息を荒くした船長に急かされ船を降りたクルー達。

そこで目にした光景に、ある者達は瞳を輝かせ、そしてある者達は眉を顰めた。

『…こりゃ、また…』
『ヨホホ♪スゴイですねェ〜!ワタシこんな光景初めてみましたよ…あ!ワタシ、見る“目”無』
『スッゲェェ!!!チョコで出来たアーチだっ!!』
『チョッパー見ろよ!あっちにはチョコで出来た花畑があるぜぇ!?なんだここっ!!どうなってんだっ!?』
『・・チッ、匂いだけで胃が凭れそうだ。』
『あ、あぁ…オレもちょっとこれは…』

右を見ても、左を見ても。

見渡す限り一面に広がる、チョコレートで出来た装飾物。
繁華街へと続くであろうアーチから、花壇に咲く花。そして街の奥の方に見えた、茶色の液体を放出する噴水らしきもの。
そして、街中を覆い尽くす甘ったるいチョコレートの香り。空気がチョコで出来ているんじゃないかと思いたくなるその島国の名は…。



『『『ようこそ、“チョコ列島”へっ!!』』』





糖度は控えめに





このチョコ列島は、チョコレートの原料であるカカオ豆の名産地なのだそうで、年に一度、島々に住む島民の全てが総力をあげチョコレートを讃えるお祭りが開催されるらしい。
この島国で出来るチョコレートはかなり有名らしく、グランドラインだけではなく4つの海にまで流通しているのだそうだ。何万ベリーもする様なブランドチョコレートから、子供のお小遣いでも買えるような安いチョコレートは勿論、中にはチョコレートで出来た等身大の像を作ってくれる店や、チョコレートのネイルサービルなんて催しもやっている。

――― と、一般の観光客と間違え出迎えてくれた美しいレディ達からこう教わったわけだが…。


「にしても、なんだったんださっきの店は…。常識的にありえねぇだろ…」
「んう?へも、さんひ、ほれうめぇほ…っモグ」

次いつ補充できるかも分からない航海のために、普段よりも多く食材調達しなければと勇んで船を降りれば、待ってましたとばかりに背中へとへばり付いてきたこのゴム人間。
最初の店で借りた荷車は必要な物資でどんどん重くなる一方だというのに、コイツは端から手伝う気はないらしい。

おそらくだが、ルフィのお守り役としてオレが抜擢されたのだろう。
目に入るもの全てにキラキラと瞳を輝かせながらも一目散に走り出さない所をみる限り“サンジから絶対離れるな”みたいな命令が下されているとしか思えない。
ナミさんも、なんて苦行をオレに強いるんだ…そんなところもステキだけどもぉっ!!

「ルフィ、口に物が詰ってる時はしゃべんな」
「ん!もぐ…んん、ワリィワリィ、この生ネギとチョコの組み合わせ、意外にイケるもんだからついつい夢中になっちまって」
「はぁ…。あのクソ店主、いくら祭りだからって生野菜にチョコクリームぶっかけた試食なんか出しやがって、コイツ以外好んで食うヤツいねェだろうに…」
「なぁサンジも食ってみろって!結構うめぇぞっ」

その気配を察知したオレは、後方からビュンと伸びてきたゴムの腕をすかさずかわしてから背後を振り返った。
片手に生ネギを握り、顔中をチョコクリームでべたべたに汚したルフィの姿を目にした途端、どっと疲労感が増したような気がした。

「…つーか、本当にうめェかよそれ。」
「おぉ!ネギの苦味がチョコレートの甘さとマッチしてうんめぇぞっ!!」
「・・・オマエの味覚、一体どうなってんだ…。」

自然と零れ落ちた溜め息。そんなオレの様子にルフィは首を傾げ「サンジ、元気ねぇぞ?腹減ったのか?」とまったくの見当違いな問いかけをしてくる。
“オマエじゃねーんだから…”と内心呟きつつ、首を戻して歩みを再開させた。荷車を引く手にギュッと力を入れつつ前方に目をやれば、途端、視野範囲全てに溢れかえるチョコレートまみれの光景に、再び大きな溜め息を漏らした…。
このいつもよりも多い疲労感の原因は、全てがルフィの所為というわけじゃない。……ルフィに関係している事柄ではあるのだが…。



――― オレを悩ませる理由は、他にもあった。



(なんの嫌がらせなんだ、コレは…)

そりゃ次の島に着いたら買っておかなければとは思っていた。
予め用意していた買い物リストにもひときわ太い文字でリストのトップを飾っていたわけだし。


(だからって…だからって、これはやりすぎだろっ!!)

至って普通の、そして必要な分のチョコレートさえ調達できればよかったんだ。
そうすればそれとなく正午のオヤツや食後のデザートに紛れ込ませて、ハイおしまいに出来たというのに。


(……バレンタインデーが、キライになりそうだ…。)

以前のオレなら、そんな事思いもしなかったというのに…。
それもこれも・・・・・。


(コイツの所為だ、コイツのっ!!あぁーーックソ、頭にくる!)

ちらりと横目を向けた先に、アホ面でチョコまみれのネギを頬張るルフィの姿が映っていた。




《バレンタインデー》

恋のロマンス溢れる今日という日をオレが見逃すはずはなく。
昨今ではその内容も多種に派生し、自分の為だけに買う『自分チョコ』、友達同士で交換し合う『友チョコ』、
そして…、男から女性へと贈られる『逆チョコ』なる言葉を耳にするようになった。

もはやバレンタインデーという日は、男がドッカリ構えて待つだけの日ではなくなった。
ならば、オレのすべきコトはただ一つ。



『やはり男たるもの、攻めの一手だ!!
ナミさんとロビンちゃんに、逆チョコプレゼントして男の株をグンとあげるぞぉおお!!!!』



…なんてことを思っていた時期が、オレにもありました。

以前のオレなら今日この島々に着いたことを運命と感じ、喜び勇んで街中を練り歩いていたことだろう。
誰が!好き好んで!こんな暴食クソザルを連れてチョコの甘ったるい香りと、チョコを手にして淡い恋心を浮き足立たせたレディ達でひしめく繁華街を歩かにゃならんのかと!お守り役を決めたであろうナミさんにクーデターの一つも起こしていたかもしれない。

だがしかし、先ほどからオレの口をついて出るものは溜め息ばかりで、愚痴や恨み言は一つもこぼれて来ない。
コイツの突拍子もない行動や言動に呆れはするものの、さして面倒臭いだとか、鬱陶しいだとかの感情は湧いてこないのだ。



――― 理由は、はっきりとしている。



「……よりによって、なんでこんなサル相手に惚れちまったんだ、オレ…」

思わず口をついて出てしまったその言葉にルフィが、ん?と目線を此方に向けた。どうやら聴こえていなかったらしい。
なんでもねーよと、平静を装いながら視線を逸らせば、ルフィは「そうか?」と不思議そうに呟いてから再び片手に握られたネギに意識を戻したようだ。



――― 今日から数週間前のこと。

唐突に「好きだ」と云われた。何の冗談だ、罰ゲームでもやってんのか?と思ったオレはルフィを振り返って。

しかし、そこにオレの予想していた悪戯心に目を輝かせるガキの姿はなく、ただ真っ直ぐオレの瞳を射抜くような大人びた視線とかち合った瞬間、ドクンと血がざわめいた。

黒い瞳は一切逸らされることなく、じっと見つめられることに耐えかねたオレの口から「オレも、オマエが好きかもしんねぇ…」なんてえらく前向きな回答が飛び出し、自分自身が一番驚いたものだ。

無意識に出た言葉とはいえ、事の大きさにハッとし慌てて前言撤回を申し出ようとしたが、瞳をいつも以上に大きく見開いた後クシャリと破顔したルフィに何も言えなくなってしまった。

『ぜってぇ、断られるって自信があったから、…スゲェ嬉しい』なんて、言われながら抱きしめられてしまったら。


(嫌な気どころか、むしろ心地よく思えちまった時点で、もう答えは明白だった)



今日という日の為に、幾百、幾千もののパターンを用意し、我が船の麗しき航海士と考古学者、両名に喜ばれるであろうシチュエーションをねりに練ってきたというのに。
あの瞬間、オレの計画の全てがパーになってしまったと同時に…


(バレンタインなんてイベントがあるなんざコイツは知らなそーだよな。いってもマイナーなイベントだしな。
今日のこれだって、単純にチョコレートのお祭りだ程度にしか考えてなさそうだしな。…だから余計に困るんだよ…)

恋愛事にとことん疎そうなサル相手に、今日をどう乗り切ればいいのか?という超絶無理難題を押し付けられてしまったのだ。
恋の狩人と自他共に(?)認めるオレでさえ、ルフィ相手には流石に二の足を踏まざるを得ない。


(この街中に広がる甘い香りとムード…、嫌でもチョコやらなきゃなんねー雰囲気じゃねーのかっ!!
どうすりゃいいんだよ、素直にチョコレートやるべきなのか!?いやそれ以前にコイツになんて言ってからやりゃいいんだよ!
“今日は恋人同士には大切なイベントの一つなんだ”とか言うのか?いやいや、そういうのって説明してから渡すモンじゃねーだろ!何よりオレが恥ずかしいわっ!!)

この街の雰囲気で少しは察してくれないだろうか、と期待しつつ色々な店に連れ回してみたものの、
昼食前という時間帯もあってか、ルフィの意識は食うことばかり執着していて成果が得られた感がまったくない。
いっそのこと渡さないという手段もあるにはある。が、それはオレの主義に反するのだ。
相手がいくら男だからってオレがコイツに惚れてんのは事実。好きな相手に何かしてやりてぇって気持ちは異性間でなくとも変わらない。それがバレンタインデーという後押しがあれば尚更だった。

「オレが…ルフィに、チョコ…。手作りの、…チョコ、か…」
「サンジィ〜、まだ船戻らねーのかぁ?腹減ったぁ〜…」
「んだよ、オレぁ今考え・・・ルフィ?オマエ、ネギどうした??」
「んなもん、とっくに食っちまったよ」

顔中についていたチョコレートも指先で綺麗に拭い取ったのだろう。
親指の腹に舌を這わせたまま恨めしそうな顔で此方を見上げるルフィに、頬が熱くなって思わず顔を背けてしまった。

(クソッ…。コイツ、たまにエロい仕草するんだよな…
“そういう”意味でルフィを意識するようになった所為もあるだろうが、)

まだカラダの関係に至ったことはないが、それよりも濃密でクソ甘い雰囲気に陥った経緯は何度かある。
額同士を擦れ合わせて何度も何度も飽きる事なく口付けたり、押し倒されて前髪を緩く弄られたり、頬を撫でられたり…。
“触らせてもらえるだけで満足だ”と、柔らかく孤を描いた眼差しを思い出してしまい、カッと頬が熱くなってしまう。


「なぁ、サンジ?買い物まだ終わらねーのか?」

荷車を引いていたオレの横に、気配なく寄ってきて「なぁなぁ」としつこく問いかけてくる。
ふわりと鼻腔をくすぐった甘いチョコレートの香りとルフィの涎らしき生っぽい匂いが混じり合って、いよいよ脳裏にヤラシイ想像を展開させてしまったオレは思考を振りきるように若干速度をあげて歩きだした。

「…っ、分かった。必要なモノは殆ど揃ったし、戻って飯にすんぞルフィ」
「やった!昼飯っ昼飯っ♪」

ようやく昼飯に在り付けると分かった途端、上機嫌で荷車の後方を押し始めた。
すぐ帰るぞーっ!と気合を入れるルフィに、オレはふぅと息を吐いた。


(・・・花より団子だな、コイツは。)

腹に入れば何でもいい。でも出来るなら美味い方がいいに決まってる。
そんなルフィ相手に仕様がどうとか、想いがどうとか気難しく悩む前に、とりあえず美味いものを食わしてやろう。
あまりいつもと変わっていないような気がしたが、それもまたオレ達らしいなと一人笑って、船までの帰路を急ぐのだった。


《1》

2012年のバレンタイン記念小説として書いた作品になります。
当時は期間限定でフリー小説として配ってた気が・・・するようなしないような?(