糖度は控えめに 2





「もうすぐ船につくぞ。ところでリクエストは?」
「勿論、肉!」
「訊くまでもなかったな…。OK、船長。任せとけ」
「ししし、久しぶりの肉だぁ〜楽しみだなぁ〜♪」

ここ暫くの主食はおもに航海中に釣り上げた魚ばかりだったので、大好物の肉にありつけなかったルフィのフラストレーションはかなり溜まっていたのだろう。
肉屋を訪れた時なんて、生肉にさえ今にも齧り付きそうな勢いだったほどだ。

(ルフィだけじゃなく、他の野郎共も流石に魚料理は飽きがきてる…ナミさんやロビンちゃんには肉だけじゃなく野菜料理も出してあげないと。マリモ野郎は酒出しておけば問題ねぇな。
んー、これならいっそ昼は軽めの物を用意して、夜パァーっと騒ぐってのもアリだな。食材も酒も十分すぎるほど買い込んだ。今日使っちまったとしてもログが貯まる数日間は滞在することになるわけだから、いつでも追加調達できる。
何より、これまでの航海の慰労にもなるだろうし…。うん、なかなかいい案だな。)

不眠不休の混迷極まる航海、というわけでもなかったが、
常時見通しのないまっさらな海の上を漂いつづけるというのはなかなかメンタル的に堪えるものがある。
もう慣れたとはいえ、やはり陸地に上がった時の安堵感はなくならないものだ。

「なぁルフィ、ちょっと提案があるんだがよ。
無事に次の島へとたどり着いた記念ってコトで、ひとつ宴でも開かねーか??
って、オマエに訊いたとしても答えは1つしか返ってこねぇかもしんねーが、一応キャプテンだからな?
お伺いは立てておかねェと…、って・・・・

・・・・ルフィ???」

即答されるかと思いきや一向に返答がないのを不審におもって背後を振り返れば、先ほどまで荷車をぐいぐい押していた筈の人物は其処にいなかった。
何処に消えた?と更に後方に目を移せば、数メートル先で背後を振り返ったまま一人佇むルフィの姿があった。

「オィ、ルフィー??
なにやってんだオマエ、オレの話聞いてたかー??」

オレの声は届いていないらしくルフィは首だけ後ろに向けたまま一向にその場から動こうとはしない。
異変を感じたオレは、荷車から手を離しルフィの元まで近づいた。目の前の肩にトンと手を置けば、ハッとしたようにルフィがオレの方を向いて、「サンジ…?」と何処か惚けた様子で呟いた。

「どうした、急に立ち止まって」
「あ・・・あ、あぁ。
わりぃ…ちょっとボォーっとしちまってた」
「気分でも悪ィのか?」
「ううん、そーじゃねぇ。
…なんでもねーよサンジ!さっ、早くもどろうぜっ」

ニッと歯を見せて笑い返したルフィ。
途端グルリと身体を回し、オレの背に両手を宛がいグイグイと押し始めたルフィに、おかしな様子はもう見られない。


(なんでもねぇなら別にいいんだがよ…)

何か引っかかる感じがしたもののその時は深く考えず、ルフィに押されるままサニー号へと帰還したのだった。


―* * *―


先ほど訊きそびれてしまった件を改めて訊ねてみれば、当初の予想通り二つ返事で船長からの承諾を得られた。
昼食を食べに戻ってきた他のクルー達にその話をすれば、久々の宴と聞いて皆一様に笑顔を見せた。

「オィ、クソコック。酒は用意してあんだろうな?」
「してあるに決まってんだろ、マリモ君に言われなくとも抜かりはねーよ!」

あんだとテメェ!やんのかテメェ!と、毎度お決まりの口喧嘩へと発展し、
大抵ウソップかフランキー辺りが止めに入ってくるかなと思われる頃合で、この口論に待ったをかけたのは意外な人物だった。

「二人とも、ケンカはよくないわ」
「ろ、ロビンちゃん…!」
「何しやがんだロビンっ!!」
「御免なさい、邪魔はしたくなかったのだけど、ちょっとみんなに渡したいものがあって…」

ハナハナの実の能力で胸元から生えてきた手に顔面を押さえられたオレとマリモ剣士は渋々と席に腰を降ろした。
すると、ロビンちゃんが立ち上がって部屋の隅に置かれていた真新しい紙袋から、綺麗な装飾が施された包みを何個か取り出した。

「ロビン、もう渡しちゃうの?」
「えぇ、今ならみんなも集まっていることだし、丁度いいでしょ?」
「まぁー…それもそうね。オヤツの時間はサンジ君の受け持ちだもんね!」

そういうとナミさんも立ち上がり、同じ紙袋から今度は洒落た包み箱をロビンちゃんと同じ数だけ取り出し始めた。
この時点で大体の男なら予想がついただろう。勝手知ったる仲間からとはいえ、やはり貰えると分かれば喜ぶ者は少なくはない。
ガヤガヤと湧き立つ男共の前に、手に持った箱をチラつかせながらナミさんはニタリと口角を釣り上げた。

「い〜い?言うまでもないけどホワイトデーは3倍返しよ?期待してるからねぇ〜」
「……やっぱそーきたか。ナミ、そつがねぇなおめぇってヤツは!」
「あぁそうだ思い出したァー。俺チョコレート食ったら死」
「ウソップ〜??何か言ったァ??」
「イイエ、何でも御座いません!!!!」

ありがたく頂戴致します!と、至極恐縮した様子でナミさんからのバレンタインチョコを受け取ったウソップ。
続いてゾロに渡そうとチョコを差し出したものの、ゾロは顔を顰めたまま受け取ろうとはしない。

「テメェ!ナミさんからの想いが詰まったありがてぇチョコを受け取らねぇたぁ、どういう了見だ!!!」
「義理チョコだけどね。」
「んなコト言うけどなァ!コイツから物貰うってのがどんだけ恐ろしい事かテメェは知らねェだろっ!!
あーテメェなら自ら望んで飛び込んでいくか、ワリィワリィ訊いたオレが悪かった。」

マリモの癖に何を偉そうな…。
と、再び食って掛かろうとしたオレの目の前に、ルピナスのフラワーアレンジがあしらわれた包みが差し出された。

「うぉおお!ロビンちゅあん…っ」
「貰ってくれる?島で買ったチョコだけど」
「モチロンだよロビンちゅあん!!!!オレぁ、オレぁ喜びの涙で前がみえねぇよ…!!」
「ふふ。それからゾロ、アナタにも。
あとナミも、本気で3倍返しを求めているわけじゃないと思うから貰ってあげてね?アナタでも食べられそうな日本酒入りのチョコレート。これでも選ぶのに随分と時間がかかったのよ?」
「・・・、貰っておく。」
「あ、うん…。(3倍返し、結構本気だったんだけどなぁ)」

ようやくナミさんからのチョコを渋々受け取ったゾロ。
そしてナミさんが此方を向いて、オレの目の前に2つめのチョコレートが突き出された。

「ヤベェ、クソ嬉しいぜナミさんっ…!生きてて良かったと、今なら心の其処から言える!」
「あいっかわらず、サンジ君は大袈裟ねぇ〜」
「そんなことないさっ!!ナミさんやロビンちゃんみたいな美しいレディ達から、今日この日にチョコレートを貰える幸運!
この喜び全てを言い表す言葉を、オレは持ち合わせていないよ!」

二つの包みをギュッと抱きしめ感情のままに身を任せれば、横から「その鬱陶しい踊りをやめろクソコック」とマリモ剣士クンが呟いた気がするが、今は何を言われようがどうでもいい。


(しあわせだなぁ〜…、このチョコ、食べるのもったいねぇな〜
神棚に飾りてぇ…けど、そもそも神棚なんて無かったな。枕元に飾ろう!)

緩む頬を押さえられない。
やはりバレンタインデーという日は最高だ!と、改めて思っていると…


「はい、チョッパー。一気に食べないようにね?虫歯になってしまうから…」
「ありがとな、ナミ、ロビン!」
「…さて、それじゃルフィ?最後はアンタよ」

皆にチョコが配られる光景をただただ呆然と眺めていたルフィに、ナミとロビンからのバレンタインチョコが贈られる。
オレを含め他の野郎共に贈られた包みよりも若干大きめなソレに最初に気付いたのはルフィの隣に座っていたチョッパーだった。

「あれ、ルフィのチョコ、みんなよりもちょっとデケェな!!」
「何っ!?おいおいルフィ〜、おめぇやるじゃねーの、コノっコノっ!」
「ヨホホ、ナミさんもロビンさんも、本命はルフィさんってコトですかねぇ、羨ましい限りデス♪」

椅子に腰掛けたままのルフィの両サイドを年長組であるフランキーとブルックが囲んで、コノ、コノ、と肘で軽く小突いて冷やかすのだが、当の本人は浮かない様子で受け取ったチョコレートをじっと見つめていた。

(・・なんだ?)

オレ以外、ルフィの様子に気付いていないらしい面々は、ルフィを囲んで和気藹々と会話を拡げていく。

「な、違うわよっ!!」
「ふふ、そうよねナミ。なんたって船長さんなんだもの、みんなよりもほんの少しだけ特別なだけよ?」
「そうよ!ルフィの底知れぬ胃袋のこと考えたら、みんなと同じサイズじゃ食べた気しないと思っただけよっ!」
「またまたぁ〜…!!」
「そんな、隠さなくてもイイんですよ?」

僅かだが動揺をみせたナミさんを集中的に冷やかし始めた年長の二人組。
そろそろナミさんの堪忍袋が切れるだろうなと思いつつオレは周りに気づかれないよう静かにルフィの背後に忍び寄り、耳元に口を寄せた。

「あんまいい顔してねぇな…オマエ、チョコ嫌いだったか??」
「・・・。んん?そんなコトねーけど」
「だったら素直に喜んでおけ、そんな顔してっと、ナミさんやロビンちゃんが気にするだろ?」
「…そーだな、ちゃんと礼は言わねーとな!」

ドガッ、バゴッ!!という凄まじい打撃音と共に崩れ落ちたフランキーとブルック。
怒りで真っ赤に染まったナミさんを恐れずも呼びかけたルフィは、立ち上がってチョコありがとな!とようやくの笑顔を見せた。
ルフィの真っ直ぐな笑顔にナミさんはちょっと照れくさそうに、ロビンちゃんはふわりと微笑みを向ける。

その光景を眺めながら、オレは一人ルフィの異変について考えを巡らせた。


(…やっぱヘンだな、コイツ。
前回のバレンタインは確か、貰った瞬間に大喜びしてた筈なのに…)

バレンタインの意味を知らず、ただお菓子を貰ったと思い込んでいるような感じだった。


(コイツなりに何かを感じ取ったのか?
オイオイ…今更になってバレンタインの意味を知られても困るぞ…っ)

オレはこのあとに、あくまでも正午のオヤツとしてチョコケーキでも振舞おうと考えていたというのに・・・。
ナミさんやロビンちゃんのように、これといって特別な待遇はあいにくと用意していない。


(まずったな…どうしたものか)

この期においてバレンタインを学び始めたらしい恋人宛のチョコレートに、オレはより一層頭を悩まされるのだった。



―* * *―



本命相手に別のチョコを用意するほど買い込まなかったため、あるだけのチョコを用いてそれとなくアピールしてみせることにした。


――― その結果


「まさかサンジまでルフィを特別視してるたぁ、思いもよらなかったなぁ〜〜!!」
「ホントですよねっ♪可愛らしいハートのプレートだことでっ!ヨホホ〜〜♪」
「っ!!う、うるせぇクソロボっ!クソ骸骨っ!それ以上口を開いたら頭蓋骨蹴り壊すぞ!!!」

ナミさんからの怒りの鉄拳を貰ったにも関わらず一切懲りていない年長ツートップに冷やかされ、とんだ恥をかかされたのだった。


(材料が無かったとはいえ、もうちょいバレねぇように工夫すりゃ良かった…!)

ケーキを作り終えてから改めて手元に目をやれば、余ったチョコレートはチョッパーの鼻程度の量で…
なけなしのチョコを無理やり伸ばしかろうじて一枚のハートの型を取ることには成功したのだが、ケーキと対比した際プレートのサイズが余りにも小さすぎて逆に目立ってしまったのが敗因だった。


(さっさと食ってくれりゃ気付かれなかったかもしんねーのに、また固まりやがって…!)

顔全体に熱が帯びて朱くなっていないか気掛かりではあるが、ハートのプレートをじっと見つめたままリアクション一つとらないルフィの方が気になって肩を強く叩いてみた

「オィ」
「…ぁ。サン、ジ?」
「やたらトリップすんなよ…お陰で随分恥ずかしい思いさせられたっての…」
「恥ずかしい?何がだ??」
「…見て、分かれよ、」


(あからさまなハート型のプレートが!オマエのケーキにだけ!乗ってる時点で!)

まぁコイツだから仕方がないか…。
他のクルーから向けられる好奇な眼差しが痛い…突き刺すようにささってくる。


(やっぱやるんじゃなかった…)

はぁ…とガックリ肩を落としていると、何を思ったのか突如ルフィが「よしっ!」と掛け声をあげて目の前のチョコケーキをかっ込み始めたのだ。
今頃焦って食い始めても既に時遅しだというのに。むしろバレてしまっているのだから、ちゃんと味わって食ってくれた方がオレ的には嬉しいのだが…。
という作り手の思いも虚しく、あっという間に皿の上を片してしまったルフィは、すくっと立ち上がって一言。


「美味かった!出かけてくるっ」

と言って、ダイニングルームを飛び出していってしまった。


「…アイツ、こんな時間から何処行く気だ?」
「さ、さぁ…。」

オレとルフィを交互に見返しニヤニヤとほくそ笑んでいたクルー達も、ルフィの唐突な行動にはついていけなかったらしい。
なんだか微妙な空気になってしまい、一人、また一人と立ち上がりダイニングを後にするクルーを見送りながら、先ほどまでルフィが座っていた席をオレはじっと見つめた。


(どーしちまったんだろうな、アイツ…。)


《2》