紫煙に焦がれて灰を成す。 1





―――大都会グランド・シティ。



ギラギラと歪で怪しい輝きを放つネオン街には、行き交う者達の私利私欲で渦巻いている。

歩道に座り込みゲラゲラと下劣な笑い声をあげる若者達、鼻歌交じりに路上の真ん中を平気顔でぶらつく酔っ払いのサラリーマン、脂ぎった中年男にしな垂れかかる香水のキツい女性達。この街は、欲望のままに生きる者達の楽園とも呼べる場所であった。
法という概念が一切通用しない、荒んだ者達の集まるその街の影には、当然の如く闇の社会というものが拡がっている。

なかでも、数ある組織の中でずば抜けて頭角を現わしている3つのファミリーの存在。
人はコレを三大巨悪勢力と呼び、恐れ慄く。

グランド・シティ全域をほぼ3分割とし、北ブロック・南西ブロック・南東ブロックと別けられた地域を、各ファミリーが支配している為、実質このグランド・シティの覇権は三大巨悪勢力が握っているといっても過言ではなかった。
彼等の勢力図は日々変化しつづける。小競り合いなどは昼夜問わず、銃声を伴う乱闘騒ぎも度々発生する。

マフィア達は身内以外の存在を忌み嫌い、平然と命のやり取りを繰り返す。
たった一つのファミリーを残し、他が滅びない限り。


この争いは永久に終わらない…はずだった。


そんな中、大都市グランド・シティを大きく揺るがす、ある噂が実しやかに騒がれることとなる。


“今晩 三大巨悪勢力を統括する3人のドン達が、一同に介して席を設ける”

グランド・シティに生きる者達であれば、誰もが震撼することであろう。
ある者は噂の真意を確かめたいと色めき立ち、ある者は血の雨が降り注ぐことを恐れ逃げ惑う。


噂が勝手に一人歩きを始めその日はその話題で街中が大いに賑わい、街中がその動向に注目していた。


時は流れ、日は落ち。
夜の帳が下りる頃、にわかにざわめき立つ街は普段と変わらぬネオンの灯りに包まれる。

人々がその噂を気にかけながらも普段の生活を取り戻し、夜の街に溶け込み行く中…
繁華街から少々離れた、古びた一軒の料亭ではずらりと並んだ黒い車の行列と、横に一列となった黒服のスーツの男達が重々しい雰囲気を醸し出していた。

塀を囲むようにして並ぶ黒服の男達は、虫の一匹すら敷地内には入らせないと睨みを利かせ、
怯える通行人はそれを見てみぬ振りをして通り過ぎていく。



そして彼等は気付くのだろう、


―――あの噂は真実だったのだ、と。



そこへ、一台の白色のリムジンが料亭の前に着けられた。
黒服の男達の顔に緊張が走る。

すばやく助手席から降りた長身のアフロ男が後部席の扉を開くと、中から白のロングコートを肩に引っ掛けた金髪の男が降りてきた。

オールバックを装いながらも左側だけは前髪を垂らして表情を隠すその男は、ゆっくり左右を確認してから料亭内に踏み込んでいく。
金髪の男が前を通ると、整列したスーツの男達が一斉に“お疲れさまです!”と威勢のいい声をあげ、軽く頭を下げる。
そんな男達には目もくれず、金髪の男は石畳の上を足早に歩いていく。

後ろから、先ほど助手席から降りてきたアフロの男と、もう一人体格のいい青鼻の男が金髪の元に駆け寄り彼の左右を固めた。

金髪の男は左に並んだアフロの男の方を一瞥しながら右手をあげる。

「…他の奴らはもう着いてんのか?」
「それがどうも、お一方到着されていないようで…フーシャ区の、」
「チッ、言い出した張本人が遅刻たぁ、随分といいご身分だな。」

アフロの男と言葉を交わしている間に、右側を固めていた青鼻の男が金髪の右手に素早く葉巻を用意し火をつけた。

自分の任は終えたとばかりに一歩下がった青鼻の男に、金髪の男は先に中へいって様子を見て来いと指示を飛ばした。
青鼻の男が料亭内へ入っていくのを目で追いながら、火のつけられた葉巻を口に咥えて深く吸い込んだ。


“三大巨悪勢力”

北ブロック バラティエ区を統べる ドン・サンジーノ率いる“サンジーノ・ファミリー”
南東ブロック シモツキ区を統べる ドン・ゾロシア率いる“ゾロシア・ファミリー”
そして南西ブロック フーシャ区を統べる ドン・ルフィオーネ率いる“ルフィオーネ・ファミリー”

大都市グランド・シティの裏の顔とも呼べる3人のドンが、今夜 この場所にて義兄弟の盃を交わすというのだから驚きだ。

発案者は、ゾロシアとサンジーノよりも2つほど年下のルフィオーネ。
一向に終わらぬ縄張り争いに辟易していたルフィオーネが、二人のドン宛に血判状を送りつけたのがそもそもの始まりだった。
自分の代に代わる以前からずっと続いていたこの争いに、義兄弟の盃なんてもので終止符が打たれるなど、考えもしなかったのだ。
義兄弟の盃、それはすなわち停戦を表し、さらにその上今日の敵を友とし、盟友になれという催促である。ゾロシアも、サンジーノも、この無茶な提案を呑めるはずもなかった。


それならどうして彼等は、血判状に記された場所と日時に集まったというのか?

「ブルッソ、準備の方は抜かりねェな?」
「ヨホホ、勿論ですともドン・サンジーノ」

少なくとも、この金髪の男ドン・サンジーノは、義兄弟の盃に対し意欲的ではないとみえる。
なにやら物騒な臭いを漂わせる彼等の元に、青鼻の男 チョッパリーニが屋敷から戻ってきた。

「ドン・ゾロシアは既に中で勝手に酒を呷ってるみたいだ。
ドン・ルフィオーネの方は連絡があって、どうしても寄りたい場所があるから其処に寄ってから来るらしい」
「なんだそれ…ったく、どいつもこいつもふざけた野郎共だぜ。」

まぁ、それも今日までだ。とサンジーノは意味深に呟いた。



今頃屋敷の裏手では、サンジーノ・ファミリーのソルジャー達(構成員)がドンである自分の合図を待って待機している頃合だろう。

「今晩、長らく続いた縄張り争いに真の終止符が打たれる。
何故なら、他2人のドンは倒れ、大都市グランド・シティは丸々サンジーノ・ファミリーの手中に治まるからだ。」

なんとサンジーノは義兄弟の盃という場を利用して、この場で二人を亡き者にし、この長らく続いた縄張り争いに決着をつける算段をしていたのだ。
残忍で恐ろしい計画の全てを知るカポ・レジーム(幹部)のブルッソとチョッパリーニは、何故か深くため息をついたのだ。

それもその筈。
この計画に走る、ドン・サンジーノの動機が問題だった。

「これで、
グランド・シティの全レディ達は俺のモノだ〜〜〜っ♪」

先ほどまでの悪人面とは打って変わって、鼻の下がだらんと伸びきった変態面と化したドンの姿に、二人は呆れてものが言えない。
そんなくだらない野望の為に、これから自分達は騙まし討ちなどという非道な行いに手を染めようとしているのだから。
クネクネと腰を揺らしていたサンジーノが再び顔つきをかえて、ブルッソとチョッパリーニを呼び寄せた。

「いいかテメェら。ルフィオーネが到着し次第、作戦決行だ。
速やかにソルジャー達を引き入れ、騒動の最中ルフィオーネとゾロシアを討つ。
邪魔するヤツは片っ端から消せ。ただしゾロシア・ファミリー側のナミモーレとロビータに傷はつけるな、絶対だ!」

相変わらず女が一番なサンジーノに、二人ははいはい、と面倒そうに頷いた。
ようやく自分が頂点に立つ時がやってきた。サンジーノは意気揚々と用意された座敷へと向かった。

《1》

此方は2013年3月4日現在のweb拍手用お礼小説になります。麦わら劇場“仁義ないタイム”を元にしていますが、
この小説の雰囲気はどちらかといえば欧米式マフィアな様相です…。最新のものはweb拍手にありますので其方をどうぞ。