振り向いて言い放て 1








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ハッチを開ける音がしてサンジは目を覚ました。
寝呆け眼で薄闇の中ぎりぎり捉えたのは、この船の船長の草履だ。見えた足はすぐにハッチから外に消えていった。
反射で体を起こした。咄嗟に思い浮かぶのは自分のテリトリーのキッチン。 船長は万年空腹で、夜中に起きだしては食べものを掻っ攫って行く。
食料を守るべく同じように甲板に出てみると、地上と空の境界線が白み始めるかどうかという程度で、まだ朝には遠かった。 そしてさらには、キッチンに船長ルフィの姿が無い。
キッチンの扉を閉め甲板に戻りどこに行ったのかと逡巡していると、島の家々の前の道を歩いている、 赤いベストを着た男の後ろ姿を見つけた。
島に着いたのはつい先程、町が完全に眠りについた真夜中だった。 今から宿屋を探すのも大変そうだし、上陸は明日にしましょう、と言ったナミの提案で、 船は海軍に見つからないように影に身を沈めて島に着けられ、クルーたちは船の中で眠っていた。
すぐにでも島に上陸したいと言っていたルフィが、朝一番に起きだして町を歩くのは仕方がない。 けれどどう見ても町はまだ眠っていて辺り一面しんとしていた。 こんな中少しでも騒ぎが起きれば確実に注目をあつめる。 万が一のことを考えてサンジはルフィを追うことにした。 キッチンにルフィの後を追うという走り書きを置いて、サンジも急いで船を下りて行った。




「おい」
「んあ?サンジ」
暫くして見つけた後ろ姿に呼びかけると、辺りを見回していたルフィは振り向いた。
「なにしてんだ?まだどこも店なんて開いてねぇだろ」
「先に冒険しとこうと思って!」
ルフィは目を輝かせる。
「その気持ちは分かるけどな、こんな朝早くから騒動起こされちゃ…」
「俺はそんなつもりねぇ」
「それでも起こすのがお前だ。いいから一旦どこか行くぞ…。 メリー号に戻った方が無難だな」
サンジはルフィの腕を掴むと問答無用で歩き出した。
「んだよせっかく出てきたのに」
「文句言うな。まだ日にちはある」
来た道を戻って、何回か道を曲がった時だった。サンジは傍と足を止めた。 つられるようにして立ち止まったルフィはサンジの顔を覗きこんだ後、サンジが凝視している方角を見た。
「ない…」
呟いた乾ききった声が静かな町に溶ける。
「メリー号がない!!」
確かに船はこの方角にとめてあった。船を降りた時に見た店も、家の配置も間違っていない。 でも見えた海には視界を遮るものなどなく、水平線の向こうからゆっくりと朝日が顔を出しているところだった。






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「んナミさああああああああああああんんん!!!!!ロビンちゅわあああああああああああああんんんんん!!!!!」
サンジは目を真っ赤にして声を張り上げた。 けれども勿論それに答える声があるわけがなく、必死の呼びかけも海の向こう側に消えて行った。
「本当にここだったのか、メリーを泊めた場所」
「間違いねぇよ!!お前と違って俺ぁちゃんと確認してから船を降りたんだ!! 船を捜すぞ。別の場所にあるかもしれねぇ」
「だったら二手にわかれよう。その方が早い」
「よし、じゃあ大方探し終わったらまたここに集…ってお前戻って来られるのか?」
「海岸に沿って探せばまたここに戻ってくるだろ?」
「…そんなにでかい島じゃねえとナミさんは言っていたな。 …よし、お前が迷わず戻れるかは信用ならねぇけど、ナミさんロビンちゃんが第一だ!お前は左から、俺は右から行く」
が、しかし、サンジが血眼になって駆けまわっても、ルフィが探し終わって奇跡的に元の場所に辿り着けても、 メリー号の姿はどこにも見つからなかった。
そのころには陽はとっくに昇り、町の人々が動き出していた。
「ああ…!!ナミさんロビンちゃん…!!今どこにいるんだ…!! 俺…俺はここにいるよおおおおおおおお!!!!!!」
「見つからねぇんじゃしょうがねぇよ、島の奴らに何か知ってることがないか聞いてみよう」
ルフィはサンジを引っ張ると町の中に向かって行った。
「ああああああどうすんだよちくしょう!」
人々と擦れ違いながらルフィはきょろきょろと通りを見回す。 そしてナミとロビンの名前を連呼するサンジに冷やかだった。
「煩いサンジ」
「おいっお前は心配じゃねぇのかよ!? もしただ海流に流されただけなら、ナミさん達はすぐに引き返してくるはずだ。なのに船の影さえ見当たらない。 何かあった可能性が大きい。 何かに襲われた?海軍に連行された?それとも船が破壊された?…あーちくしょう!!!」
「…俺だって気にならないわけねぇだろ。でもあいつらなら大丈夫だ。 敵に襲われてもゾロがいる。それにそう簡単に死ぬような奴らじゃねぇ」
ルフィはサンジの腕を強く掴んでそう言った。
やがて人の量が増えてきて、向かう先に沢山の人だかりを見つけた。
人々の隙間から魚や野菜と思われる食材が見えるから、どうやら市場に辿りついたようだった。
「人がいっぱいいるな。あそこで、何か知ってるかどうか聞いて回ろう」
「船が消えた?」
魚を買い込んでいた男に話しかけると不思議そうな顔をされた。
しかし、それは船が消えた現象に対しての反応ではなかった。
「何でそんなことを。ああ、なんだ、よそから来たのか。そりゃあ知らねぇよなぁ。 この島じゃあ良くあることだぜ」
「良くあるのか?」
「そうとも。元々この島は諸島で島が四つある。 四つの島を繋ぐように流れる海流があるんだ。それに乗っちまったんだろう」
「じゃあ船は大丈夫なんだな!?隣の島に辿り着いているんだな!?」
「あ、ああ」
サンジが捲し立てて男が少し後ずさった。
「うっしルフィ、今から追い掛けるぞ!!」
「ちょっと待てお前さん。それは無理だ」
「何だって?」
「島を繋ぐ海流は一日一回、早朝にしか現れないんだよ。だから今日はもう移動できないぞ」
「な…!!」
「それに多分、船の方もすぐには帰って来られねえだろう。海流はものすごく速くてなぁ…。 隣の島までは普通に航海して一日以上掛かる距離だ。 だから戻ってこようとしても、半分も来ねぇうちに次の日の海流ですぐに逆戻りさ」
「でも、何か手段はあるはずだろ?この島の住人ならではの方法とかねえのか? …そうだ、反対周りに流れる海流はねえのか」
「残念だけどね…。島を流れる海流は一方通行なんだよ」
「クソ…ふざけんな…」




「そんな落ち込むなって。どうせ皆のところにはいけねぇんだし、この島歩こう」
悲嘆にくれるサンジにルフィが言う。
「お前は好きに冒険しろよ…。俺はもう少しこの辺にいる」
しかしルフィから反応がなくてサンジは顔を上げた。
「お前、冒険は?」
「んーやめる。今日はいいや。だからさサンジ、一緒に町でも回ろう」
「…お前、船が心配で冒険できねぇのか?」
「いや、さっきから言ってるだろ、大丈夫だって」
「あ、おい!」
ルフィはサンジの手を掴むとさっそく歩き出す。
「しし」
振り向いて笑ったルフィは、すぐにまた前を向いてどんどん町の奥へと進んで行った。




それから何事もなく一日を過ごした二人は今、宿屋にいた。テンションの下がっているサンジの状態も落ちつき、 ナミ達が帰ってくるまでに食料調達なり準備をしようと考え始めたのだが、まず、お金が少ない。
サンジは慌ててルフィの後を追ってきたから、買い足しのための資金など持って出なかった。 あるのはルフィが持ち出した今回の島での小遣いしかない。
サンジは二人分の食費を心配したが、幸い格安で経営している宿屋を見つけられたことと、 ルフィが「飯なら大丈夫だ」と言ったことで、宿を確保してそこにいた。
大食いのルフィの言葉をサンジはあてにしたわけではなかったけれど、 持ち合わせがなくなったとしても、 船はあと三日で二人のいる島に戻ってくる。 それにどこかに頼みこんで、一日だけでも働かせてもらえばお金は作れるだろう。
サンジとルフィの方に問題はない。
(とは言っても……!!)
メリー号の方に問題が訪れているかもしれない。サンジは眠れなくて薄闇の中目を開いていた。 他のクルーのことなら大丈夫だとルフィは言うが、町で心配な噂を聞いてしまったらおちおち寝てもいられない。
『ああ、他の島も大概はこの島と同じように穏やかだから大丈夫だよ。 …ただねぇ、この島を入れて次の次の島…三番目は少し危ないかもね』
『何だと!?何が危ないんだ!』
『うーん…女好きの領主がいるのさ。流れてきた船の女乗組員をたまに掻っ攫うことがあるから、 もし仲間に女がいるのだったら気をつけることだね』
『俺が船に乗っていないのに、気をつけようがねぇだろおおお!!!』
昼のやり取りを思い出してサンジは跳ね起きた。
「駄目だ眠れねぇ…!」
ちらと隣を窺ってルフィが爆睡しているのを確認して、ベッドから抜け出す。
しかしドアに手をかけたところで、腰に何かが絡まった。

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