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「おはよう」
朝目を覚ましてルフィに言われる。寝呆けているうちに顔を寄せられて頬に柔らかい感覚が訪れた。
「…ん?」
フニフニと次々に顔中にその感覚が訪れて、サンジはそういえば昨日の朝もこんなことがあったと思いだした途端、 眼前に手を突き出しそれを阻止した。
「なにやってんだてめーまた!!」
「サンジが寂しくねえように」
「平然と答えるんじゃねえクソ野郎!!」
「ん」
捲し立てるサンジにはお構いなしに、ルフィはサンジの唇を塞いだ。
ぐっと押さえつけられる口のせいで何も言えず、サンジは間近のルフィを見つめるしかなかった。 咄嗟には何も考えることが出来ずに、唇が解放されても暫く呆然とした。
「文句は言わせねえ。船長命令!」
「ふざけんなあ!!」
朝の宿屋にサンジの声が木霊する。
サンジは唇を指で拭い、昨日と同じように蹴られて壁に激突したルフィを睨みつけた。
そういえば、この感触を俺はよく覚えている。 顔中に落とされたキスは昨日の朝なんかではなく。もっと最近。
「…もしかして……昨日の夜も同じことをしたか…」
「夜?あ、したぞ」
「…このクソ船長!!!」
否定しろ!!とサンジが叫んでもルフィは平然としていた。
夜が明けきらないうちに宿屋を後にし、サンジはルフィに構うことなく町なかに繰り出した。
その後に追いついたルフィはサンジの背中に向かって声をかける。
「おいサンジー」
「うっせぇ!!」
「逃げてんのか?」
「何だとてめえ!!誰が誰から逃げてるって!?」
サンジは早歩きしていた足を止め、振り向き牙をむく。
「サンジが俺から…」
「今日はメリー号が戻ってくる日だろが!だからさっさと港に向かってんだよ」
「じゃあ何で俺を無視すんだ」
「それは逃げてんじゃなくて怒ってっからだアホ」
「ああ、ちゅーしたからか?」
「当たり前だ」
苛々とサンジは煙草を噛み締めた。何がムカつくかと言えば、自分の知らないところで勝手にキスをされていたことだ。
ならサンジが起きている時にキスされていれば納得したのかというと、そういう問題でもない。 意思に関係なく沢山キスをされ、しかも口にまでされたら戸惑う。
「悪かった」
「本当に悪かったと思ってんのか」
「ああ、ごめんサンジ」
「…素直だなお前。しょうがねぇから、顔のキスは朝の挨拶ってことにして、口のキスは忘れてやる。だからお前も反省…」
「いきなり口にちゅーして悪かった。でもなサンジ。俺はなかったことにはしねぇ。反省もしねぇ」
「…なに?」
「今度からは合図する」
「…ちょ、ちょっと待て、今度合図って何だよ」
ルフィの発言に困惑させられて、考えが追いつく前に、 二人が角を曲がった時にメリー号の姿が視界に入って思考が中断させられた。
船を降りようとしていたチョッパーがこちらに気付き、嬉しそうに二人の名前を呼んだ。
「ルフィィィーーー!!!サンジィィーーー!!!」
「チョッパーーーー!!」
ルフィもチョッパーの存在に気がつき、思い切り声を張り上げメリー号に向かって駆けだした。
「お、おい!!」
サンジは慌ててルフィの後に続いた。
「おーい、皆!!二人を見つけたぞー!!」
チョッパーが船に向かって告げた後、縄梯子から飛び降りルフィに抱き付く。
「二人とも!!大丈夫だったか!?どこか怪我してねぇか!?」
「大丈夫だ、ピンピンしてるぞ!それよりお前らの方は無事か!?」
「おう、俺らも大丈夫だ!あ、だけど…」
チョッパーが言葉を区切り、耳を伏せた。
「ナミが…」
「おい何があった!!!!ナミさんに何かあったのか!?」
ルフィに話は終わっていないと言おうとしていたサンジは、出てきたナミの名前に反応し叫ぶ。
「ナミさん!!!!!!」
縄梯子を登り甲板に飛び降りると、サンジは固まった。
甲板に金塊がうずたかく積み上げられており、そこにしな垂れ掛かるようにして座っているナミが、極上の笑みを浮かべていた。
蕩けるように美しい笑顔のナミは、明け方の光を反射する金塊によってまさに光り輝いていた。
「こ、これが本物の美の女神…!!!!なんと美しい…!!!!」
輝く存在に目を焼かれたサンジはその場に膝をつく。
「…ナミが昨日からずっとこんな調子なんだ」
後から登って来たチョッパーは隣に立ったルフィにぽつりと呟く。
「すげぇお宝の山だな!」
「まあ、このお宝の半分以上は俺が奪って来たんだけどな!!」
そう言って現れたのはウソップで、ふふんとふんぞり返りながらも、ルフィとサンジの無事に良かったと言葉をかける。
ゾロは手摺に寄りかかっていて、ナミに夢中のサンジに呆れた視線を送っていた。
「おーゾロ久しぶり」
ルフィが声をかけると、おう、と返事が返ってくる。
「他の島は楽しかったか?」
「物足りねぇ。ただの観光スポットだったな」
「物足りねぇとか物騒なこと言うな!!ちょっとしたハプニングはあったが、 こうしてお宝を手に入れられたし、俺は非常に楽しいバカンスを過ごした!!」
ウソップはルフィとゾロのやり取りに口を挟んでいた。
「はあー幸せ。…あ、ルフィにサンジくん」
二人の存在に気がつくと、ナミは笑みを引っ込めいつもの調子に戻った。
「んんんナミさぁぁぁぁぁん!!!!大丈夫!?無事!?どこも怪我しなかった!? 俺がいなくて寂しかった!?俺は寂しくて死ぬかと思ったよぉぉぉぉ!!!!!!」
「ん、逸れたときは焦ったけどね、でも皆無事よ。私とロビンを捕まえようとする領主がいたけど、 返り打ちにして迷惑料もこんなに貰ってきちゃった!」
再び天使のような笑みを浮かべて、ナミは愛おしむように金塊の一つに頬ずりをしていたが、ふとその動作を止めた。
サンジはお構いなしにまだしゃべり続けた。
「ロビンちゃんはどこだい??ああ、ちゃんとこの目で無事を確認したいよ…!」
ナミは金塊を撫でる手こそ止めないものの、サンジの方を見つめ返した。
「あああナミさんにそんなに見つめられたら俺…!」
正確には、ナミの視線はサンジと交わされておらずその背後を見ていた。
ゴツ、と靴音を響かせて、ウソップは一歩後ずさる。
チョッパーも同じようにナミが見つめている人間を、少し焦った様子で見上げた。
そんな周りの様子に気付かないサンジが、ナミとロビンに思いを馳せて騒いでいると、サンジの肩に急に力が加わった。 左肩がぐいと引かれ、体を振り向かされ、視線はナミから剥がされ別のものを視界に入れる。
険しい表情のルフィがサンジを見つめていた。
「…あ?」
「…」
そこでやっとサンジは、船の中に嫌な空気が流れていることに気付き、 眉をしかめようとしたがそれもルフィによって遮られた。
「サンジ」
名前を呼ばれ覗きこまれた後、すぐに唇を塞がれた。
「!!?」
ぐっと強く押し付けられ、後ろに倒れそうになる。それを耐えてルフィを押し返すがびくともしない。
勿論声を出すことも出来ず、ただ抗議するようにルフィの足元を蹴りつける。
「てめぇなにしやがんだコラァ!!!」
「朝のあいさつ!!さっきの分サンジは忘れちまうんだろ?だからもう一回。怒んなよ、名前呼んで合図したのに」
「はっ合図?んなもん関係あるか…っておい!!」
怒って隙の出来たところで、文句は言わせないとばかりに再びルフィに口を塞がれる。 強張ったせいで呼吸をしそこなった体が、口が解放されると共に息を上げた。
「は…」
「しし…」
ルフィはサンジに向かって柔らかく笑う。
ナミは一瞬目を細め、ウソップはまた無意識に数歩後ずさる。
「ナミとロビンがいなくて寂しくて死ぬなんていうな。 お前は皆が戻ってきても俺の傍にいろ」
声は厳しかったけれど、最後にはサンジが今まで見たこともない優しい目で笑う。 だからなのか、困惑が襲って来たけれど同時に鼓動が早まった。
「んー皆も、そういうことだからな!!今の聞いたよな?…あー腹減った!!三日ぶりのサンジのメシー!!」
そう叫ぶと、ルフィはサンジの手をぎゅっと握りしめて階段へと歩き出す。
「お、おい、ルフィ…!」
何だ今のは。二回もされたキス。それに発言。…傍にいろ?船に戻って来たのに何でまだそんなことを言う。 何故皆にわざわざ宣言したんだ。ルフィを見ていた仲間の表情も固かった。 サンジにも分かる。これはまるでけん制だ。そして自分に向けられているのは、独占欲、じゃないのか。
いつも通りのルフィのはずなのに何か決定的に違ってサンジは動揺した。
違和感はもう無くなるはずだった。船に戻ったのだし、これからはまたいつも通りの距離に戻るのだと思っていたのに、違う。
サンジはとりあえず聞きたいことのために声帯を震わせた。
「ル、ルフィ」
「ん?何だ?」
嬉しそうな声を出しながらもルフィは振り返らない。
サンジは思い切って聞いた。
「その…昨日とか、今日のキスってよ、もう、しねぇよな?」
ルフィの歩みが遅くなった。振り向きはしないが話は聞いているようでサンジはさらに言葉を続ける。
「別に、意味なんてねえよな。俺が忘れなきゃいいってだけだろ?もうキスも必要ないよな…?だからやめろよ」
ルフィはゆっくりと立ち止まった。サンジは待つ。 クセを持つ艶やかな黒髪、そこから覗く日に焼けた項が動いてルフィは振り向いた。
そして満面の笑みで高らかに言い放つ。
「イヤだ!!!!!」
サンジの困惑と逃げ道を吹き飛ばし、息を飲むサンジを見つめて少し悪戯じみたようににししと笑って見せる。 その細められた目が柔らかかった。
この目をサンジはどこかで見ていた。思い浮かぶのはこの三日間のことだ。 サンジは確かにこの柔らかい色の目線を何度も受け止めていたことに思い至った。
「お前…」
「あ、そうだ言ってなかった。俺、サンジのことが好きみてぇ」
ルフィはぽりぽりと呑気に、片手で頭を掻いた。しかし、もう片方の手は放さない。
こうして手を握り、冒険に出ずサンジと一緒にいたルフィ。 ルフィに、置いていくなと言われ、ここに居ろと言われ、一緒のベッドで寝た。 キスをされたのも、肉を貰ったのも頭の中で再生されていく。 いつもと少しずれた何か。違和感の力は強かったようで、放っておいたはずなのに他の記憶よりも鮮明に覚えている。
本当の意味を知り明確になっていくそのどれもが、サンジの体温を容赦なく上げていく。
「……」
「どうした、顔が赤いぞ?」
ルフィに近寄られてサンジは顔を反らす。
「…お前…ついでみたいに告白してんじゃねえよ」
「俺二人っきりになってから気がついたんだ。すぐに言っとけば良かったなー。 そうすればもっとサンジにくっ付いていられたのにな」
「気持ちを伝えたからってくっ付いていいってことにはならねえんだぞ。分かってるのか?」
「でもこれから先サンジに触れないなんて、もう無理」
「っ」
「駄目か?」
答えに詰まった様子をルフィが見過ごすはずはなかった。
「サンジの気持ちが落ちつくまで待つよ。 そうだな…じゃあさ、とりあえずよ、次の島でまた二人で一緒に出かけよう!そしたら 今日の島よりもっと楽しいと思う様になってる」
そう言ってぎゅっと手を握り締めるものだから、サンジは耐えられなくなって俯いた。
デートじゃないか。 二人でいた間もルフィがサンジを好きだったのだからそれと似たようなものだったけれど、サンジは一人こそばゆくなった。
手を繋いで歩く。二人で出店で買い物をして、一緒に食べるのだ。
この数日を思い出し、それをなぞる様に勝手に想像してサンジは熱くなった顔を片手で覆った。 けれど何故だか、またルフィが好物の肉を態々差し出すようなそんな行為が見られるなら、 特別な何かがサンジに向けられるのなら、知らないそれらをもう少し受け止めてみたい。
ずれていた何かが分かってしまった後なら、後はそれをしっかり見極めるだけだ。
ルフィと町を巡りたい。そう思ったときにはルフィの手を握り返していた。
「…でも一緒には寝てやらねぇからな」
嬉しそうなルフィにサンジは一言だけ付け加えた。
次の日、キッチンで作業をするサンジの元に、ウソップがこそこそと近づいてきた。
「…何してんだお前」
「いや〜、サンジ、お前ルフィに告られただろ?あれ、どうすんのかなぁ〜と思って」
「…」
「…ほら、な、なんかさ、サンジくんの方も、そこまで拒絶するって感じじゃなかったし…」
「…前向きに検討中だ。でもまだ付き合っているわけじゃねえ」
「でも断りはしないんだな!?よ、良かったあー…」
サンジはそこでようやく振り向いて、胸をなでおろすウソップを見た。
「なんでお前が安心するんだ」
「…お前、気がついてなかっただろ?メリー号とお前達二人が逸れるその何日も前から、 ルフィの機嫌がすぐ悪くなって大変だったんだよ。 お前がナミとロビンにいつも以上に絡んでたり、俺やチョッパーとずっと話してると、空気を凍りつかせるんだ」
それで、とウソップは区切った。
「俺なんかもう背中がびりびりしてよぉ。見ている俺達はルフィの不機嫌な様子が良く分かったんだけど、 ルフィは自分が嫉妬していることに気がついていなかったみたいだし、殺気向けられるのは俺達だけで、お前には無意識にか上手く隠してたし。 ナミもさすがにどうにかしようと言い始めたんだよ。
昨日、お前がナミに向かって寂しくて死ぬって言ったときには、俺はちょっと死の覚悟をしたなー。 あ、お前のじゃなくて船全体のな!いや実際そんなことにはならないだろうし死にはしないけどよ、そんくらい肝が冷えたぜ。 まあ、お前らが恋人になれば、ルフィの嫉妬も少しは落ちつくだろー」
一人勝手に喋ったウソップは、余程安心したのか晴れやかな表情で、良かったと言ってラウンジを出ていった。
どうやらすでにルフィの特別な感情を、俺は知らない間に受けていたらしい。
次の島についたら、見たことのなかった一面をもっと見られるだろうか。 皆には少し悪いけど、妬いたルフィに嫌な気しねえなあと思いながら、 サンジはルフィの掌の温度を覚えた手を無意識に見つめた。
END
相互リンクさせていただいております、ソノテヲ様のひざしさんから相互記念として小説を頂きました。
私のリクエスト内容は《何らかの理由で仲間と逸れてしまったルフィとサンジ。女性陣の心配をするサンジに不機嫌になるルフィ》だったのですが、
私の希望していた通りの作品に仕上がってて物凄く感動してしまいました!!!
末永く爆は・・・幸せになってくれぇぇえルフィィイイ!!サンジィイイイ!!!