「…ん、…うーん…、…?」
いつになく重たい瞼をあける。しばらく見慣れた木製の天井とにらめっこしてから気怠い身体を起こしてルフィは辺りを見渡した。
モスグリーンのテーブルクロス、石造りのキッチン。船首と同じ造形が施された操舵機構に沿うような位置に、簡易ベッド兼マットレスが敷かれており、どうやらおれはそこに寝かされていたようだ。
此処がメリー号のラウンジだと気づいた途端、急激な脱力感におそわれルフィは再びマットレスの上に倒れこんでしまう。
バフっと悲鳴をあげるマットに転がりルフィは今自分に起こっている異常を把握しようと過去の記憶を辿った。
おれたち麦わら一味は、海賊のなかの海賊を決めるレース“デットエンド”に参加した。だがそのレースは最初から仕組まれていて、他に参加していた海賊や協力関係であったはずの主催者までをも貶めた胸くその悪いガスパーデをぶっ飛ばしてやったんだ。
結局優勝賞金の三億ベリーはゴールの島で待ち伏せていた海軍に邪魔されて…そんで爺さんとアデル、それに賞金稼ぎだったシュライア達と別れ、おれたちは海軍に追われながら次の島を目指してた…はず、だよな?
終盤になるにつれて記憶が曖昧になっている。
おっかしいなぁ〜と頭を悩ませていると、突然視野が明るくなった。しかし、眩い光はパタンと鳴る扉と共に再び閉ざされてしまった。
誰かがこの部屋に入ってきたらしい。相手を確認しようとルフィは肘を支えに上半身を起こそうとしたが、気配を察知し先に動いたその人物によって止められてしまう。
肩を軽く押された瞬間ルフィの鼻腔をくすぐったのは、控えめな香水と独特の苦味が混じり合って出来たアイツの匂い…。
捲れたタオルケットを掛け直す男の手首をルフィは静かに掴んだ。
ハニーブロンドの髪がふわりと風に踊り、振り向いた彼にルフィは力なく笑った。
「さんじ…お、はよ…?」
「おはよう、ずいぶん遅い起床だなキャプテン。メシの時間はとうに過ぎちまってるぜ。…2日分、のな?」
「…しし、そりゃ、もったいねぇな…」
「心配しなくとも、ココにはテメェ程ではないが大食らいな奴がゴロゴロいるからな。余る、なんて事は一度も無かったぜ?」
「ちくしょう…12食も食いっぱぐれたなんて…」
「おい、この前より1食分上乗せされてんじゃねーか」
目が覚めて早々メシの話かよ。
一度は呆れた顏をみせたサンジだったが自分とルフィの額に手を押し当て体温を確認すると、チョッパーの言うとおりだったなと呟きその口元に確かな安堵の笑みを浮かべてみせた。
「…?なんのコトだ?」
「順を追って話してやるよ。が、その前に先ずはオレの任務を済まさねェと」
そういうとサンジは立ち上がりキッチンの方へと歩いていく。冷蔵庫からいくつかの食材を取り出し、サンジは袖を捲った。
その様子をぼんやりと見つめるルフィ。背中にささる視線を感じサンジはフライパンを手に振り返り、ふっと笑みをこぼした。
「医者の処方するニガイ薬よりも、コックの作った肉汁滴る骨付き肉のが効果絶大なんだとさ。
そりゃどんな医学だよって笑っちまう場面だが、オマエ限定でなら信憑性のある処方だと思わねぇ?」
いいから寝てろよ、出来たら起こしてやるからと背を向けたサンジに、ルフィは首を傾げた。
「…おれ、どうかなったのか?」
「爺さん達と別れた直後にぶっ倒れたんだよ。ブリキのオモチャがネジを切らしたみてぇにパタリとな。せめて海軍撒いてからにして欲しかったもんだ。チョッパーやウソップなんか、動揺しまくって使い物にならなくなっちまう始末さ」
その上麗しきナミさんやロビンちゃんまでも不安にさせやがって!と急に怒りが込み上げたらしいサンジに叱られ、ルフィは戸惑いつつもとりあえず謝っておいた。
誠意のない棒読みすぎるルフィからの謝罪に軽く舌打ちをしてから、調理の手を休めることなく船長不在のその後を語り始めた。
海軍の猛追を振り切るのは容易ではなく、道中、偶然遭遇したサイクロンに乗じて何とか撒くことは出来たが、あてにしていた優勝賞金を得られず、残金が心許ないままの一行は現在停泊中の島で各々資金調達をしているのだそうだ。ある者はその剣の腕を生かして用心棒や過去に生業としていた賞金首討伐の依頼を請け負ったり、ある者はユニークな道具を造って路上で売り歩いているらしい。
いくら資金不足とはいえ怪我人を寝かせているラウンジを使うわけにもいかず、毎日一人がルフィの看病と船番の為に船へ残り、後のメンバーは島で宿をとっているのだそうだ。
妙に静かだと思ったのはそのせいか、と一人納得するルフィ。
「…じゃあ今日はサンジがおれの看病してくれてたのか…しし、ありがとな。」
「いーえどういたしまして。復活したらみんなにも礼言っとけよ?特にナミさんとロビンちゃん!オマケでチョッパーにもな」
「おいゾロとウソップは?」
「そこ二人はァ…テキトーでいいだろ。」
ほら出来たぞ、とルフィの前にデンと置かれる大皿。ジュウと肉の焼ける音と食欲をそそるかぐわしい香りに2日分の空腹感が一気に襲いかかる。
ルフィの口からダラダラと溢れる大量のよだれに顔を顰めたサンジは、タオルをとって来ようと踵を返した。
その直後。
「ごちそーさんでしたっ、あ〜〜、美味かった」
「ってもうネェのかよ!!」
「おう、もう食っちまった」
ほんの一瞬目を離した隙に全部たいらげてしまったルフィ。本来残っていなければおかしい骨の部分さえも跡形もなく消えていた。
とても重傷の怪我を負って、丸二日間意識の無かったヤツとは思えない食いっぷりに、サンジは頭を抱える。
(ったくコイツは…、人の心配をなんだと思ってんだ…っ)
―― 救出された直後の姿は、今でも目に焼き付いている。
わき腹に大人の拳サイズの空洞。両手のひらには複数の風穴。
顔中には鬱血と裂傷が刻まれ、壮絶な死闘の跡がありありと見てとれた。
血の気のないルフィの姿に仲間全員が息を呑む中、オレは後悔していた。
アメアメの能力でルフィが捕まってしまった時、一方的に殴られ続けられるルフィの姿を目にしたのはオレだけだった。
ルフィに打撃は通用しないと分かっていてもかっと頭に血が昇る。いかなる理由があってもルフィの闘いを邪魔してはいけない。理解はしていても、放っておけるはずはなかった。
最低限の助力として、策を残してあの場を去ったが…果たしてルフィの役に立ったのか、戦闘を見ていないオレには知る由もない…。
―― …何故、あの時オレだけでも船に残ると云わなかったのか。
(どうしてこう、無茶ばっかすんだよ…)
普段であれば物足りないと一蹴されるであろう量でも本調子ではないルフィには肉一つで充分だったらしく、彼は再びもぞもぞとベットに寝転がってしまった。ぼぉっと天井を眺めるルフィに、サンジは皿を片付けようと立ち上がりかけた動きを止めてその場に腰をおろした。
動きをとめたサンジを不思議に思い、ルフィが視線を向けようとした直後、不意に目の前が真っ暗になった。
サンジの手が伸びてきたのだと気付いた頃には、サンジの白く細長い指先がルフィの顔に出来た傷のひとつひとつを労わるように優しく撫でていて。
チクリと刺す痛みはあるものの、触れるか触れないかぐらいの控えめなタッチにルフィはくすぐったそうに微笑んでから、おもむろにサンジへと両腕を伸ばした。
まるで幼い子供が甘えるような仕草に、サンジは苦笑を零してからルフィの催促に乗った。
抱き寄せられルフィの上に覆いかぶさるような態勢になり、体重をかけてしまわないように気遣うサンジの首筋にルフィの柔らかな唇が押し当てられた。
耳の裏側に生温かく湿った何かを這わされサンジはおい、と困った様子で擦り寄るルフィを軽く剥がした。
「…怪我人のクセに、調子のんじゃねぇ…よ」
「なんかよ、サンジ。よくわかんねぇけど、からだが熱ィんだ…これってもしかし「アホ!
すきっ腹にいきなり食い物詰め込めば身体もビックリするに決まってんだろ、怪我も完治したワケじゃねーんだ、熱をもっていても不思議じゃ…って……!?」
一瞬の隙をつかれ、体制は逆転し、サンジはルフィに組み敷かれる形となってしまった。
見上げた先には、荒々しく呼吸を繰り返し、高揚とした表情と潤んだ瞳を向ける明らかに様子のおかしいルフィの姿。熱に浮かされたような、もしくは本当に熱が上がったのか定かではないが、細められた眼差しからは過去何度も経験してきた二人だけの濃密な時間を思い起こさせた。
(そんな瞳で、みるんじゃねェー、よ。)
今ならオレとルフィ以外誰もいないしこのまま流されてもいいかもしれない、と囁く悪魔。
しかしそれに反発する天使の一言でサンジは正気を取り戻した。相手は重傷級の怪我人。無茶をすれば再び悪化させるに違いないのだ。
慎重にこの事態を回避しなければならない。
「あー…ルフィ。オレまだやること残って」
「後でしろ。」
「あ、汗掻いちまったから風呂入りてぇし…、ほら、そこ退」
「別に臭くねぇぞ。風呂ならヤったあと入りゃいい。」
「あの、なぁ…」
ダメだ。何を言っても聞く耳すら持たないようだ。
いつにも増して強引に事を押し進めようとするルフィに、サンジはすでに気迫負けしてしまっている。
迫り来るルフィの濡れた瞳。底のない沼のように黒く、そしてどこまでも深い闇を前に、拒否する気持ちも次第に薄れて消えていく。
身をジリジリと焦がすような熱視線は、サンジの奥底に眠る淫らな自身を呼び起こす。グッと押し付けられたルフィの中心部の猛り具合に小さかった火種はあっという間に身体全体へと拡がっていった。
「抱かせろ。」
熱い吐息とともに情欲に濡れた低音で囁かれてしまっては、サンジに拒否する術など残されてはいなかった。
劇場版ONEPIECE『デッドエンド』その直後のお話です。ガスパーデ戦のイチャつき具合が堪らなかったんです。
あの大怪我が一瞬で治ってたまるかーっ!どうせならサンジにエロエロ看病してもらいなさいという流れで書き始めちゃったワケだけども…
どうしてそうなったよ、私…(汗