アンティークに愛されて 1





“Straw Hat Crew”シリーズという、アンティークをご存知だろうか?


茶器、花瓶、宝石箱、オルゴール等、ジャンルもバラバラな8種類の陶磁器からなるそのシリーズは、かつて、とある豪邸の主の元でたいそう大事に扱われ、煌びやかに光り輝く8種の陶磁器達のそれはそれは整然たる様に、多くの好事家達の目を魅了していたのだという。
だが時代が流れ、主が死に、子そして孫へと受け継がれていく最中、1つまた1つとその姿は消え、8種の陶磁器達は散り散りとなってしまったのだ。

好事家達の間でひっそりと話題に上る“Straw Hat Crew”シリーズ。
今となってはその存在すら危ぶまれるほど、それらの消息は途絶えてしまっていた。


しかし。


収集家の間で高値取引の一角に位置するその“Straw Hat Crew”シリーズの一つを、幸運にも偶然手にした一人の貧乏青年がここに居る。

だが、青年は知らない。彼の手にした陶磁器がまさか何千万もの価値を秘めている事に。
だが、青年は知っている。“Straw Hat Crew”シリーズに魅了され、喉から手が出るほど欲している好事家達は知らない、“Straw Hat Crew”シリーズに秘められた真実を。


かなりの価値を秘めたアンティークであるコトを知らない青年から言わせるならば、それは・・・



「不思議カップ。」

『まぁそうだろうな。けどそのアホ面で答えられると妙に腹が立ってくるぜ』





* * *



出会いは、なんとゴミ集積所。

日々、ギリギリの生活を送る貧乏青年、モンキー=D=ルフィ。現在大学2年 一人暮らし。
築何十年にもなる木造建築。六畳一間の安アパート(風呂・トイレ込み)に住み、大学生活とアルバイトに勤しむ彼には大きな悩みがあった。

それは、大学に入ってから一人暮らしをするようになって発覚した。彼はとことん不器用なのである。
兄であるエースから聞きかじっただけの家事をこなすことは、なんとか出来た。
が、いくら家事が出来ようと結果へ至るまでの過程が、如何せんともし難いのだ。

掃除なら、掃除機がなんでも吸い込むのが面白くて、目に見えるゴミやそうでない必要なモノまで勢いのままに吸い込ませれば、ボォン!!という爆発音を上げ掃除機が動かなくなってしまった。新品のほうきとチリトリを手に家へとやってきた兄が、開口一番『そんな事で泣きついてくんなっ!!』と怒鳴り散らしたのは、今となってはいい思い出だ。
洗濯なら、まず洗剤の分量が分からなかった。日々洗濯物の量は変わるので、毎回同じ量を投入すればいいという訳ではない事には一人暮らしを初めて半月経ってからようやく理解できた。一時期、洗濯したのに粉っぽいザラザラとしたものがこびり付いていたのが気になったが、どうやら原因は其処にあったらしい。
買い物なら、賞味期限というものがあった事に気付かなかった。3週間は持つだろうと高を括って置いといた市販のポテトサラダが、いざ開けてみれば変色し異臭を放っていて。給料日前で、なけなしのお金で買ったのも相まって、楽しみにしていたのにとその日は一日中涙にくれたものだ。

そして、炊事なら。レンジでチンならほぼ合格点。焼くと、炊くぐらいは出来るのだ。ただ問題なのは、彼はすぐ食器を割ってしまうという事だけだろう。
大量生産のご時勢、食器ぐらいなら100円ショップでいくらでも買い放題ではないか。と思うのだが、彼の場合その度合いが尋常ではないのだ。もし10枚皿を買ってきたとしよう。おそらくその日のうちに10枚全部を割ることになる。主に食器を洗う際に。お蔭で1つのゴミ袋が食器のカケラで埋め尽くされるなんてこともよくあるのだ。1枚100円、されど積もればうん千円。貧乏学生のルフィにとって、食器一枚買うのも生活を切り詰める要因となってしまう。
さらに、食器の破片の処分はといえば。半ば凶器じみたゴミをしょっちゅう出してくる住人に、周りはいい顔をしない。

そこでルフィは、自らゴミ集積所まで赴き、直接破片の詰ったゴミを持っていくようになった。前置きが長くなってしまったが、本題はここからだ。
ゴミ集積所からの帰り道。ふとゴミ山の方を伺った時にルフィは気付いたのだ。ゴミの中に混じって、まだちゃんとした形を保っている食器が紛れ込んでいることに。よくよく捜してみればまったく開けられていない引き出物の皿やコップなんかも見つかるのだ。

ルフィにとってゴミ山は天国そのものだった。集積所の管理の人に、ゴミの一部を持ち帰ってもいいか?と願い出てみれば割りとあっさり許可をもらえた。
まだまだ使える物も多くあるから必要ならば持っていきなさい、と笑顔で返してくれた管理の人に感謝しつつ、ルフィは使い古されたものから新品同然の食器やコップ、それから生活する上で使えそうな道具を幾つか拾って持ち帰ったのだった。


それから週に1回。不燃ゴミの出される日の翌日、ルフィはゴミ山に姿を現すようになる。


その日も、怪我をしないようにと管理の人から制服一式を貸してもらい、ゴミ山をあさっていたのだ。


――そこで、“彼”を見つけたのだ。

「・・すっげぇ、高そうなカップだな〜」

今までゴミに塗れていたとは思えないほど汚れのない真っ白な側面に、揺らめく紫煙のような蒼色のラインの入ったおしゃれなティーカップ。裏側には、“S、H、C”と抽象的な模様で描かれた刻印が入っている。同じような模様の入った紅茶碗皿も程なく見つかった。
これまで拾った中で一番高級そうな陶磁器に、まるで宝物を見つけた少年のようにはしゃぐルフィ。その日はそれ以外にめぼしいものを得られなかったがルフィは満足顔で帰路についたのだった。


―――まさかそのティーカップが、何千万もの価値を秘めているとは露知らずに。

そして・・・

―――まさかそのティーカップに、とんでもない真実が隠されているとは、露知らずに。


家に着いたルフィが早速手にしたティーカップをキレイに洗おうと洗面台へと走る。もちろん細心の注意を払って、慎重に、慎重にだ。
割らないよう食器拭きだけでも何分掛けて、ティーカップと碗皿を古びたちゃぶ台の上に置く。この家唯一のテーブルだ。
碗皿にカップを置いてみるとこのボロっちい室内には大変似つかわしくない、高級かつ気品あふれるティーカップの存在がより一層浮いた気がした。

「ま、まぁカップなんだから使えりゃそれでいいんだ…、よしっ」

そういうとルフィは早速冷蔵庫に走り、中から冷えた麦茶を持ち出してきた。市販の麦茶パックを煮立てて出したそれは、節約のためにパックを使い回ししているので、かなり極薄の麦茶に仕上がっていた。
オリジナルといえば聞こえはいいが、殆ど水道水を沸騰させてカルキ抜きが施された水にちょっぴり麦茶の味がする程度の代物。だが貧乏学生のルフィにとってはそれも生きていくために必要な貴重な飲み物の一つなのだ。

「しし、気後れするっちゃぁ、するけどな〜・・」

気品高いティーカップを前に、麦茶を注ぐ手がついつい止まってしまって一人苦笑いする。
何を食器に遠慮する必要があるんだ、とルフィは手を傾け、ティーカップの中にルフィオリジナル極薄麦茶を注いだ。

カップに広がる、ほぼ透明に近い麦茶。だが、何故かそれがとても美味しそうな飲み物に見えてくるから不思議だ。
中身は本当に麦茶の成分が配合されているのか疑わしい極薄麦茶な筈なのに、ティーカップがおしゃれってだけでこうも違う印象を受けるものなのか?ルフィは首を傾げながらもカップの持ち手をぎゅっと握った。

口元に運ぼうとした一瞬、水面に金色の輝きを見たルフィが動きを止める。が、覗き込むようにして水面を見つめるも特に変わった様子は見られない。
気のせいかと、ルフィがティーカップに口をつけ、カップを傾けた、その時だ。


『んんぅっ!!』

「え、…なんだぁ、いまの声・・・、・・っ!?」

一口、麦茶が喉を通って流れていくのを感じたその瞬間、かなり近い位置から発せられた奇声に驚いたルフィがカップから口を離し、そして水面を再び覗き見た途端、ルフィの表情が驚愕に染まり、そのままピタリと固まってしまう。
するとルフィの視線に気付いた“彼”が、顔を真っ赤にさせて怒りだしたのだ。

『いいいいきなり、な、な・・なにすんだテメェは!!
つーかテメェ誰だよっ、このきたねぇ馬小屋は一体なんだっ!!』

“彼”は、ティーカップの中で怒りに震えルフィに当り散らしまくっているようだが、当のルフィはそれどころではない。
何故、カップの中に人が映ってるんだ?何故そのカップの中にいる人らしきものに行き成り怒鳴られなくちゃならないんだ?
疑問は尽きない。尽きないのだが、とりあえず今わかることは、自分が拾ってきたティーカップはどうやらただのティーカップではないらしい、というコトだけ。


・・・・・。


「うわぁあああああああぁぁあっ!!!」
『ちょ、おぃ投げん・・・っ!!!!』

覚醒したルフィが思わずカップを放り投げてしまった。中にいた人?がどうなるかまで考慮せずに・・。
そして、頭上遥か高くに放られてしまったティーカップに待っているのは、悲惨な末路のみ。
ルフィはそれに素早く気付いて、狭い室内の中で派手に滑りながらもティーカップをキャッチしようとしたのだが。
あまりの動揺の所為か落下地点を見誤ってしまい、ティーカップはルフィの真横をすり抜け、そのまま床へと落ちていく。


(しまった、割れ・・・!!)

割れた、と思った。確実に割れたと思った。
が、ゴトンという鈍い音をあげたもののティーカップは割れず、床をゴロゴロと転がっている。
随分と丈夫なティーカップだ、とルフィが感心しながら、そしてふと、先ほどカップの中に居た人?の姿を思い出して慌ててティーカップを拾い上げる。

「お、おぃ大丈夫か!?・・・大丈夫か、でいいのかよく分かんねェけどっ!」

ティーカップを両手で持ち上げてカップの中をぐるっと覗き込みながら、無事かと声を掛ける姿はあまりに異様だ。だがルフィはそんな自分を一切不思議とおもっていない様子で、傷が出来てないかつぶさに側面や裏側、底を確認している。麦茶はティーカップを放り投げた瞬間全てぶちまけられてしまったので空っぽになっていた。
確認してみるもカップの中に、人?の姿はない。いや本来はそれが当たり前なのだ。でも確かにルフィは見た。そして聞いた。金髪の髪に左目を前髪で覆っていて、何故か右眉がクルンと円を描いていて、ちょっと目つきの悪い感じの男性の姿を。

「いねぇ・・なんでだ?さっきは確かに・・」

そしてルフィは一つの結論に行き当たる。
もしかして、麦茶が無くなったからか?ティーカップを満たすものがなくなったから、消えてしまったのか?

ルフィのその予測は、当たっていた。

『クソ野郎…っ、オレに、あんなマネしといて、今度は放るたァ、一体何様のつもりだ!』
「わ、わりィ。まさか人が出てくるなんて思わなくてよぉー…」

ルフィの言い分はもっともなのだが、この金髪の男の家(?)を危機に晒してしまったのは事実だったので、ルフィは素直に謝った。
すると金髪の男は、何処から取り出したのか分からないタバコに火をつけ、偉そうにプカプカと吸い始めたのだ。カップの中で。

「・・どうなってんだ、マジで。」
『オレが知るかよ、それよりここは何処だ、何でオレはここにいる?そんでテメェは誰だ。』
「立て続けに質問しすぎだろっ!!」

いつのまにか水面に映る彼は、これまた何処から出てきたのか分からない黒革のソファに悠然と腰掛け、さっさと答えろと催促するようにタバコを持った指先を此方に向けた。何度も言うようだが、ティーカップの中で、だ。
が、タバコの煙たい匂いはしてこないし、麦茶の中に異物が入っているような気配もない。

「・・不思議カップ。」
『ぁ??』
「いや、なんでもねぇ。じゃあおれが答えられる範囲は答えてやるから、その後オマエの事も聞かせろよ」
『なんで野郎にわざわざ話さなきゃならねぇんだか…ま、気が向いたらな。』

不思議カップの中に住む住人?の金髪へ、ルフィの手元にティーカップが転がり込んできた経緯を簡単に説明すると、中の男はムッと不機嫌そうな顔をしてルフィを睨みあげた。

『つーことはだ。オレはゴミとして捨てられてて、オマエに拾われたと。そんで飲み物注いでみたら、オレが映ってたまげたもんだから放り投げた。そんで今はこの状況、そういうコトだな?』
「そうだぞ。まさか、ティーカップに人が住んでるなんておれ知らなかったな〜、エースもなんで教えてくれなかったんだろ、面白れぇ〜」
『バァカかテメェは。んな事、普通有り得ねえよ』
「そうなのか?じゃあ、オマエは一体何なんだ?」
『・・・。その話からしなきゃならねーのか、面倒だな』

男は盛大にため息をついてから、自分自身の存在についてポツポツと語り始めた。

彼はこのティーカップに宿った魂なのだという。森羅万象に命が宿るというアニミズムという考え方からいえば、精霊と云っても良いかもしれない。
この陶磁器を作った人物に、それはそれは大切にされ・・そして他者の手に渡った先でも、彼等はとても大事に扱われたのだという。

『オレ達は、毎日数回、使用人達が代わる代わる拭き掃除をしてホコリ一つない状態で、豪勢な棚に飾られていたんだ。
主人の、客人の目を喜ばせる事がオレ達にとっての至福の時だった』
「“オレ達”って事はオマエの他にもセイレイ?がいたのか?」
『オレを含めて8人な。・・大事な、とても大事な仲間達だ』
「へぇー・・逢ってみてぇな」
『ハッ、ムリムリ。離れてこの方 他の奴らの気配はもちろん、噂すら聴かねぇんだ。見つかりっこないさ。』

そういうと男は俯いて銜えたタバコのフィルターを軽く噛み締めてみせた。諦めている風を装ってはいるが、本当は仲間に逢いたいのだとルフィはすぐに気付いた。

「そんなコト言うなよな!もしかしたら、オマエを見つけたゴミ山ん中にいるかもしれねぇだろ?!」
『他の奴らと別れたのは、とうの昔。テメェがまだ生まれてもいなかった時の頃だぞ?それなのに偶然このタイミングに皆が集まってくるかっての。第一、もし他の仲間が近くにいたんならとっくにオレが気付いてらぁ』
「そんなんやってみねぇと分からないだろ!ゴミ山にいなかったら他の場所捜せばいいだけの事だ」
『云っとくが。万が一テメェに仲間を捜せたとしても、果たしてこんなクソ汚ねぇ家に住んでるオマエに、オレ達を揃えるだけの資金力があるのか?』
「・・・高い、のか?」
『そりゃ、目玉が飛び出るほどに、な?』

うぅ・・とルフィは一瞬怯むが、しかし負けじとカップの男に食って掛かる。

「でもおれは諦めたくねぇ!オマエを、仲間に逢わせてやりてぇ!」
『そうかい、気持ちだけありがたく受け取っておくわ』
「どうせ出来ねぇと思ってそういう態度見せてんだろうけどな、おれはやるって決めたことは絶対やり通すぞ!驚くなよっ」
『へぇへぇー、期待しないで待っててやるよ』

そういうと男はソファから立ち上がる。するとソファがふわっと消え、男はひらひらと手を振りカップの水面から伺える範囲から出ようとしていた。
ルフィは慌てて男を呼び止めた。

「お、おぃ!オメェ名前はっ?」
『名前?なんでそんなもんが知りてぇんだ』
「おれがどうオマエの事を呼べばいいか分かんねぇ!
それにもしオマエの仲間に逢えたら、オマエの名前出して今はおれん家にいるんだって教えてやれるだろ?!」
『・・・・プッ』

男はルフィの言葉に噴き出して、さも可笑しそうに大声で笑いだしたのだ。
なんという、変わったヤツなんだろう。突然現れたティーカップの精霊を名乗る妙な存在に、其処まで親身になれるものなのだろうか?
単にバカなだけかもしれない。が、男は水面の向こう側にいる人間に、少しだけ興味が湧いたのだ。

人間へと振り返った男は、かろうじて水面から伺える位置でそっと“サンジ”と呟いた。
すると人間の耳にちゃんと届いていたらしく、確認するようにもう一度その名を聞き返してくる。


が、サンジと名乗った男は今度こそ水面から姿を消し、呼びかけても現れることはなかった。


「・・アイツ、名乗ったんならおれの名前ぐらい聞いてけよな。」

サンジが去ったティーカップを前に何故だかそのカップを使う気になれなくなってしまったルフィは、中身の麦茶を空いたお椀へと移した。
そしてティーカップを綺麗に拭いてから椀皿に乗せ、食器棚の一番高い場所へと仕舞おうとした。

が、備え付けの質素な棚にはガラスなんて高価なものは張られておらず、そのまま閉じれば真っ暗になってしまう。
サンジの昔の話を聞いてしまった今、其処に押し込んでしまうのには気が引けて・・・


「・・枕元でいっか。」


と、ルフィは再び椀皿を手にとり、ルフィがいつも寝ている寝台のすぐ傍にある大きめなサイドテーブルにそっと置いた。
大事なものを並べるときに使うそのサイドテーブルの上で、一段と際立つティーカップは。


ルフィの何気ない気遣いを喜ぶように、きらりと光を瞬かせたのだった。

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パラレルワールドの王道ともいえる人間×精霊のお話です。
このサイト屈指の長編作を予定していますので、気長にお付き合い下さいませ。