宇宙《そら》をも絡めとる 1





“もしもし、・・はい。・・またルフィが居なくなった?
・・いや、コッチには着てない。けど心配することでもないだろ?2,3日したら戻ってくるだろうさ。”



あの日。焦りを滲ませたルフィの兄からの電話に、俺はそう応えて受話器を下ろした。
そしてそのまま携帯を取り出して、掛けた先は大学で知り合った女友達の一人。ルフィに見られたあの彼女ではなかった。
甘い言葉を交わして、そのまま家を出た俺の目的は、ルフィを探す為じゃなかった・・。そう、俺は遊びに出かけたのだ。

いつもの事だと高をくくって。

2日、3日、1週間、1ヶ月経って、今回は長いな、と頭の片隅に思う程度。腕にしなだれかかってくる女性は、今日街中で声を掛けた子だった。
2ヶ月、3ヶ月と経った頃に、まだ見つからないルフィにようやく俺は事の重大さに気付くことになる。女の子の履歴で埋め尽くされた携帯から久しぶりにルフィの番号を引き出し、コールしてみる。・・出たのはエースだった。
半月経てば、無作為に女性に声をかけるような事はなくなっていた。そんなコトをしている時間があれば、ルフィを探す方に全力を注いでいたから。
なんの成果も上がらぬまま、ルフィを失ってから1年経ってしまった。頻繁に掛かっていたお誘いの電話は、いつの頃からかピタリと止まり、手元に残されたのは、心から望む相手へと繋がらなくなってしまった、ただの機械の塊で。

ルフィの心が弱かったんじゃない。俺が、アイツを守ってやれなかっただけなんだ。追い詰めてしまっただけなんだ。



だから、オマエが謝る必要なんて、ないのに。



「・・サンジには、メイワク掛けっぱなしだったよな。」

少し、背が伸びただろうか?雰囲気も、何処か大人っぽくなった。
・・いや、それは着ているものの所為かもしれないが。
大きな漆黒の瞳にはっきりと俺の姿が映っていて、けれども以前のような眩しさは感じられなかった。



* * *



パーティーズ・バーと看板に書かれているのを確認した俺は、迷う事なく店に入った。
こじんまりとした店は、けれども内装はとても穏やかで落ち着ける雰囲気があった。店を経営しているらしい女性に、すぐルフィの名を尋ねると彼女は驚きながらも今は裏でゴミの仕分けをしていると教えてくれた。
ルフィに話があってきたので、これで失礼します と店を出ようとすると彼女・・マキノさんは、俺を呼び止めて一言だけ、こう言った。

“ルフィの事、お願いね”

その言葉の意味がどうあれ、ルフィが4ヶ月もの間、この場に留まっていた理由が分かった気がした。
優しいその微笑みに、俺はしっかりと頷き返して店の裏側に回った。

そこにルフィは居た。
汚れひとつない白いシャツに真っ黒のフロアーベストを着こなした彼は、おそらく客が適当に捨てたのであろうゴミの袋から可燃と不燃とに仕分ける作業を黙々とこなしていく。
こちらに背を向けテキパキとゴミを見極め、正しく可燃と不燃に仕分ける姿は、以前の彼からは想像がつかなかった。何故なら以前の彼には生活に必要な能力は、殆ど皆無だった。ただひたすら真っ直ぐに自分の生きたいように生きる、それが彼だったから。


・・そんなルフィを捻じ曲げてしまったのは、他でもない自分だ。


「この前な」

どうやって声をかけていいものか悩んでいた俺に降りかかった、3年ぶりに聴く彼の声に思わず涙が出そうになった。
ハッとしてルフィの背中を振り向くが、彼は此方を向いておらず、ゴミを分ける手も止めてはいなかった。・・独り言?いや、そんな。

「黒髪の、すげぇキレイな女の人が来たんだ。いかにもオマエが好きそうな、大人の女性って感じの」
「っ!」

ロビンさんの事だ。・・やっぱり、ルフィは、俺に気付いている。
俺は息を飲み込んでルフィの次の言葉を待った。

「おれの事をやたらと訊いてくるから。いつか今日みたいな日が来るって、おもってた」
「・・・」
「実際来てみるとアレだな、やっぱキンチョーしちまうもんだな」

そういうとルフィは、分別を終えたゴミの袋を縛って「これ置いてくる、ついでに手洗ってくるから」と言い残し店へ戻っていった。
俺に気付いているうえで残した発言ならば、戻ってくるまで其処で待っていろ、と捉えるのはごく自然だろう。
ルフィが入っていった裏口の扉の真正面にあるビルの壁に凭れ掛かって、タバコを一本咥えた。ルフィは緊張していると言っていたが、

(俺は、オマエ以上に緊張してるよ。…いや、ビビってんのかもしれねェな)

勢いのままに来てしまったが、本当に俺は、ルフィに逢いにきて良かったのか?
3年経ったルフィの姿を前にした途端、この数年間ずっと俺の心の中に渦巻き続けていた疑念が過ぎる。
逢いたいと願っていたにも関わらず、3年間も行動に移せなかった理由。

(あんだけヒデェ事言って突き放しておいて、今更逢いに来て、言う事が好きだ愛してる、なんて…無理あるよな)

ルフィが失踪してすぐの頃、俺はオマエを探そうともせず、女の子達と遊び呆けていたんだぞ?
しかも不特定の女性と、両手両足数えても足りないぐらい沢山の女性を相手にしていたんだぞ?
その中で、キスしたことだってあるし、抱いた事だって少なくない。
オマエとまだ付き合っていたはずなのに・・俺はそんなコトばかりしていたんだぞ?

(これを、最低と云わずしてなんと言えばいい?ルフィ、オマエがこれを知ったら、どう思うんだろうな…)

それとも、もうオマエはなんとも思わないのだろうか?
こんな最低のクズヤローには、愛想尽かしちまったのだろうか?


答えを得るのが、急に怖くなってきた。



「・・ゴメン、マキノに説明してたらちょっと遅くなった」
「いや、そんなに待ってねェよ」
「そっか、うん、そっか…。」

フロアーベストは脱いできたらしくそれでも3年前の姿からは遠くかけ離れた大人っぽいルフィの姿を前に、俺は思わず無愛想に応えてしまった。
以前のルフィは、季節感など構う事なく常にTシャツ半ズボンが主流だったのだから。こんな、白いウィングシャツにクロスネクタイ、黒のパンツ姿のルフィを俺は知らない。

(・・そんなカッコイイ服も、着こなせるようになったんだな)

俺の知らない3年間のルフィを前にして憤りを感じないわけがなかった。俺自身に。
どうしてもっと早く、行動できなかったのかと、何度も悔やんだ。

「・・なぁ、サンジ」
「ん?」
「前に、さ。レストランのオーナーがどうとかって言ってたの、あれ・・どうなったんだ?」
「・・あぁ、あれからジジィの跡継いで、一応名ばかりだがオーナーにはなれたよ」
「そっか…すげぇな。店持つの、サンジの夢だったもんな、」

もう一度すげぇや、と呟いたルフィの表情はほっとしているようで…。
だけど俺が気になったのは、俯いているわけでもないのにどんよりと陰を帯びるルフィの瞳の方だった。それがとてもよく似ているのだ、あの予兆に。
焦りを感じはじめた俺は、早々にここへ来たワケを話そうと口火を切った、が

「ルフィ…あのよ、俺…オマエに言いたい事があって!」
「サンジ。」

けれどもルフィが、俺の言葉をやんわりと阻止した。
ルフィも俺が何に焦りを感じたのか、どうやら気付いたのだろう。
この3年でかなり縮まったであろう身長差、それでもまだ数センチ上に位置する俺の目をじっと見つめるルフィは、何かを悟ったような顔をして話始めた。

《3》