「最初の頃はな?確かにおれの意思だったんだ。
…あぁ、でも、一番初めだけは、ちょっと違ったかも」
「・・・」
「おれが初めて家を飛び出して、2日間居なくなった時な。
あの女の子におれとサンジのコト、気持ちわるいとかフケツとか云われて、頭ん中真っ白になった。考えてみれば当たり前だよな、フツウじゃないってコトにもすぐ気付けた。
それでもやっぱおれはサンジが好きで、好きで、どうしようもなかった。間違ってるっていわれても、あきらめられなかった。
けど、おれはそれで良いとして、じゃあサンジはどうなんだろうって。おれの所為で、後ろ指さされてヘンな噂がたったりして。それでサンジの夢、ぶち壊したりなんかしたら、おれ、自分が許せなくなる。」
「ルフィ…」
「真っ白になってたハズの頭ん中が、今度は一杯になって、ぐるぐるぐるぐる、回りだした。
パンクしそうなぐらい、ぐるぐるぐるぐる、してたら・・気付いたらもう知らない場所に立ってた。
ここどこだろ…って考えてみるんだけど、一歩踏み出したら別に何処だっていいじゃんかってなって…。わけも分からずフラフラしてたら、面倒なことぜんぶ、考えなくてもよくなってきて」
楽になれるような、気がしたんだ。
ルフィはゆっくりと瞼を落として、けれど…と続きを話し始めた。
「目を開いたら、汗だくになって息を切らしたサンジが目の前に立ってた。何やってんだ家にも帰らないで!って怒鳴って、ギュッと抱きしめてくれるサンジが其処に居たんだ。
すげぇビックリした。そして、嬉しかった。・・サンジがこんなに取り乱して、おれのコト捜してくれてたんだって思ったら、頭ん中で回ってた面倒なことぜんぶ、吹き飛んだ。サンジの蒼い瞳におれだけが映ってる。ただそれだけで、重たいもんから解放された気がしたんだ。」
そしてルフィは再び瞼を開ける。
其処にはやはりどんよりと濁った瞳が拡がっている。焦点も僅かにブレていて、段階としてはかなり危ない所まで来ているのが見てとれた。
どんどん募る不安感。一刻も早く伝えなければと思うのに、ルフィはサンジに喋らせようとはしない。
「おれが居なくなると、みんな心配してくれた。何よりも、サンジが心配して、捜して、見つけてくれて、怒鳴ってくれて…それが一番嬉しかったんだだから何度も何度も、繰り返してきた。その時は気付かなかったけど、ただサンジにかまってもらいたかっただけだったんだ。
けれど、そのことがサンジを苦しめるなんて、おれ気付かなかった。あんまり嬉しかったもんだから、ずっと…甘えてたんだ。勝手に舞い上がって、サンジにはこれっぽっちもその気がないのに頼って甘えて、・・そりゃ、怒るよな?
だってサンジはずっと女の人が好きだったんだ。ちょっと考えてみりゃ分かることだったのに、おれ、バカだから。」
「違っ…ルフィ、あの時の言葉はっ!!」
「うん、サンジ疲れてたんだよな?知ってる。ちゃんと分かってる。けどな?本当にただ疲れてるだけじゃ、あそこまで出ないんじゃねーか?『たかが“男友達”』、『鬱陶しくてしょうがなく』、『付き合ってる気なんてこれっぽっちもなかった。』って」
「信じてくれ、あれは違」
「心の奥底で…ほんの僅かでも、そういう気持ちがまったく無かったと断言できるか?」
「っ・・・!」
ルフィと付き合うことになった経緯を思い返してみる。確かに、流された感はあったと思うし、男同士ってことに抵抗を持っていたのも本当だ。
けどそれは昔の事で、今は・・・! しかしルフィは俺の言わんとしている事が分かるのだろう。
「おれにとっては、あの時が“すべて”なんだ。」
「・・・!」
「あの時、おれの時間は止まっちまった。サンジを想う気持ちも、サンジを恨む気持ちも、ピタリと動かなくなって。なんにも感じなくなっちまってた」
「ルフィっ」
「今も、正直ぼんやりしてるんだ。世界のすべてがぼんやりとしていて、ココにちゃんと立ててんのかすらわかんなくなる時がある。」
――それで、気付いたんだ。
瞬間、ルフィの瞳孔が大きくブレた。
「おれ、この癖に自制が効かなくなってんだ。」
「!?」
「いつ頃からかも分かってねェんだけど、気付いたら知らねぇ場所に居た。
今日の今日まで、どうやって生きてきたのかすら曖昧で、唯一覚えてることといっても、あんま良いことじゃねぇのがほとんどだ。
マキノは行き倒れになってたおれを拾ってくれて、スジョウも分からないヤツに働く場所と住む場所をくれた。
すごく良くしてもらって、おれもやっと落ち着けるとおもってた。けど・・・」
結果はこの通りだ、と浅く息をついたルフィに、サンジはハッとした。まさか…っ
「俺が、ロビンさんを寄越した、から・・」
「それは違うぞ。おれがこうなったのはもっと前からだった。サンジは関係ねぇよ」
「・・・・」
関係ない、とそうはっきり言われてしまった。
サンジは少なからず心を痛める。ルフィは何処まで気付いているのだろう、
俺がどうしてココに着たのか。そのワケに、ルフィは果たして気付いているのだろうか?
「ルフィ…、今頃になって探偵を雇ってまでオマエの居場所を突き止めた事…怒ってるか?」
「何でだ?」
「いくらなんでも、今更過ぎんだろ…?」
「そんな事ねぇよ。というか、おれからしたら、サンジがまだこんな面倒くせぇヤツ捜してくれたことに一番驚いてんだから」
「・・・面倒くせぇとかいうなよ。」
しょうがねぇ、ほんとうのコトだ。
そういって微笑を浮かべたルフィに、サンジはもう我慢が出来なかった。
今を逃せば、おそらくこの先、ルフィを掴むことは出来なくなる気がした。今、言わなければ次のチャンスはもう無いのだ。
「俺が今日、ココへ来たワケを訊いてくれっ」
「・・・ダメだ、訊かない。」
「な、なんでだよっ!俺はオマエに逢」
「訊きたくない。」
「ルフィっ!!!」
「・・・どんな事を訊いたとしても、おれの未来は変わらないんだ。」
「・・ルフィっ」
なんとしても訊いて貰わなければと前に乗り出した俺に、ルフィはやんわりと手で遮った。
そしてルフィは、自身の揺れる瞳孔に瞼をギュッと閉じて頭を素早く振ってから瞳を開いた。
どんよりと影を帯びていた瞳に僅かだが光が宿り、先ほどまでひっきりなしに揺れていた瞳孔も今は静まっている。
嫌な、予感がした。
「ゴメンな?サンジ。
・・サンジには、メイワク掛けっぱなしだったよな。」
3年前、俺の前から居なくなる直前まで見せてくれていた、ルフィの笑顔が今、目の前にある。
真っ白な歯を全開に見せて、ニッと人懐っこく笑うルフィ独特の笑い方。
俺は、その顔が、嫌いじゃなかった。
いや、好きだった、大好きだったんだ。
今でもそれだけは変わらず、好きなんだ・・・!
「にしし、サンジっ!!!!」
言うな。・・・それ以上、口を開くな。
オマエの言いたいこと、分かったから、
分かったからこそ、それ以上訊いてはいけない。
「おれ達、別れよ・・っ!!」
噛み付くように寄せた唇が、かろうじてその言葉がこぼれるのを防いだ。それは、唯一おれとルフィを繋ぎ止めていたものを引き千切る言葉だったから。
強引に抱き寄せて無理やりその唇を貪る俺に対し、再びどんよりと濁った瞳に戻ってしまったルフィは、キスを交わしている間にもかかわらず目を開いたまま成り行きを観察しているようだった。
俺からキスしたのは、これが初めてなのに。何の感情も湧いてこないのか、ルフィの表情は変わらない。
本当にルフィの心はあの瞬間に、刻を止めてしまったのか…?もう、呼び起こすことは無理なのか?
絶望的な未来しか見えなくなった俺は、それでも、何のために勇気を振り絞ってここまでやってきたのか、と自分を奮い立たせ最後の最後まで、悪あがきをしてみることにした。
まだ諦めてしまうには、早すぎる。それに、まだルフィから一番大事なことを訊いていない。唇を離して、少し下に見えるルフィの瞳を覗き込んだ。抱きしめた腕は、放さないまま。