「ルフィ、俺は納得しねぇぞ。」
「何をだ?」
「オマエ、今とんでもないこと言おうとしたみてぇだが、まだ一番重要な事を訊いてねぇ。」
「・・何が、訊きたいんだ?」
「オマエは、まだ俺の事、好きでいてくれてんのかっ、ってことだよ!」
「っ・・」
そんなコト訊ねられるとは微塵にも思っていなかったらしい、揺れっぱなしだったルフィの瞳孔が一瞬動きを止めた。
僅かな可能性を感じ、サンジは畳み掛けるようにルフィに問う。
「さっきから黙って聞いてりゃ、自分の言い分だけベラベラ喋りやがって…
その癖、なんかもう悟っちまってるみたいに結論急ぎやがって!」
「だって、おれにはもう時間がねぇ」
「それがオカシイっつってんだろ!何勝手に決め付けてんだよっ、」
「もう、逢えないかもしれないだろ・・!?だったら、今サンジを解放してやらないでいつ解放してやりゃいいんだよっ」
「俺がいつそんなコト望んだよっ、解放してくれって、頼んだ事が一度でもあったか!?」
「頼まれてはねぇ…でも、おれとの間に残ったまんまになっちまってるこの中途半端なつながりが、今後サンジの重荷にならねぇようにって、それでおれは…!」
「・・それは、今も俺のことを、少しは想ってくれているって、捉えてもいいんだよな?」
俺の言葉に、ルフィはハッと顔をあげた。
大きく開けられた瞳に、俺は出来るだけ優しく微笑み、ルフィの髪に擦り寄った。
「オマエは俺の負担にならないよう、俺の為に別れようなんて言い出したんだろ?
俺に対してなんの感情も働かないって言ったヤツが、そんなこと思うかよ。」
「っ・・・」
「オマエの想いは、ここにあったじゃねぇか。」
「・・・」
「ルフィ、オマエの気持ちはまだ変わっちゃいねぇんだよ。止まっちまってもいない。ここに残ってる。それなのにどうして、別れなくちゃならない?」
「・・・おれは、そうかもしれない。けど、一方的な想いじゃ・・・・・サンジっ!?」
ようやく肯定と受け取れる言葉がルフィの口から訊く事ができた。
あとは、俺が今までしてきた所業の全てをルフィに伝えて、許して貰えるか否かで、決まる。そこから、俺達の未来が変わるんだ。
先ほどよりも力の込もる腕にルフィが驚く。いっそう近づいた距離に、サンジは苦笑を浮かべた。
「ルフィ。これから、俺が今日ここに至るまでの経緯を話す。
それを訊いて、オマエがどう思ったか、素直に訊かせてほしい。」
「・・・」
「オマエの話はさっき聞いてやったんだ、そのぐらいの時間は残ってるはずだろ?」
「・・・」
こくんと、首を縦に降ったルフィに、サンジは意を決して話し始めた。
ルフィと付き合い始めた頃から話は始まり、俺に気のある女性が、ルフィを罵声した時、助けてやれなかったことの謝罪と、その訳。男同士という負い目が、どうしても拭いきれなかったこと。でも、ルフィという人間を嫌いではなかったのは確かだったこと。恋人としてではなかったかもしれないけど、それでも大切に想っていたのは事実だということも。そして、あの日のことも。
一言も口を挟まずに聞き手に回ってくれたルフィ。乱れきった複数の女性との交友関係についても、ルフィは何も言わずに最後まで聞いてくれた。そして、ルフィという恋人が居たにも関わらずそんな行為に走ってしまった事を謝罪すると、ルフィは首を横に振り、
「そんなの、おれだって同じだ。この3年…、生きてく為に、サンジに云えないような事もたくさんシてきたから。・・・おあいこって言ったら、怒るか?」
「・・・怒らねぇよ」
そりゃ、そうだよな…。
身分証明も何もない未成年が土地勘のない街に飛び込んで、生きていくのに苦労しないわけがない。
このバーの主であるマキノさんは人柄も良い感じの人だったのでちゃんとした生活を送れていたのかもしれないが、だったらその前のルフィは…、そう思うとサンジはどうしてもっと早くこうしなかったのか、と胸を痛める。
もう二度と放したくない、そういう気持ちを込めてさらに抱きしめる力を強めると、流石にルフィも苦しいのか表情を少し歪めてみせた。
悪いとは思う、けれど今は少しでも隙間を作りたくはなかったから。
一通り話し終えた俺は苦しがるルフィを放してやりたくて、答えを急ぐことにした。
「サンジ、」
「改めて俺の事、どう思った?
居なくなった恋人放っておいて3年も経ってからようやく、のこのこと姿を現した最低ヤローだぞ。嫌いに、なったか?」
「・・・・ならねぇ」
しっかりと、確かに聴こえたルフィの呟きにサンジは手の力を緩めてもう一度訊ねてみた。
今のではまるで脅迫しているようにもとれたから。どんだけ必死なんだ、俺は…と内心苦笑を溢しながら訊ねた問いに、ルフィはやはり「ならない」と答えてくれた。
「おれの気持ちは、ずっと変わってねぇ…。変わって、なかったんだな。」
「みたいだな。俺としてはホッとしたよ」
「んん…?なんで、ホッとしてんだ…?」
あぁ、そうか。俺ばかり喜んでいては意味がない。
ルフィの気持ちが俺の最低最悪な過去話をしても、まだ其処に変わらずあるのなら、俺もルフィに言うべき言葉があるのだ。
「…ルフィ。ずっと、伝えたかった。」
「サンジ…」
ルフィの顎に手をあてがい、そっと力をいれると自然とルフィの顔が上を向く。
裏口を照らす蛍光灯の明かりが、確かに其処にあるのにどんよりと闇を湛えたルフィの瞳は、光を拒絶するように真っ暗のままだ。
たとえ、ルフィがこの予兆に呑まれてしまったとしても、俺の気持ちはもうここにある。
もう二度と、ルフィの癖が治らないのだとしても、俺が傍にずっと居てやる。
だから、もう怯えなくていいんだ。
ルフィの闇は、俺が払ってやるから。
「ルフィ…好きだ、オマエのことが、誰よりも好きだよ」
「っ・・!!!!!」
しっかりと抱き留めて、ルフィの前髪を掻き揚げ、額にそっと唇を押し当てた。
俺の言葉に吃驚して、大きく瞳を開いたまま固まってしまったルフィに苦笑を溢した。
信じて、もらえたのだろうか?また否定されてしまってはたまったものじゃないとばかりに、サンジは立て続けにルフィへ愛の言葉を囁いた。
「信じて欲しい、ルフィ…オマエを愛してる。
3年前はハッキリしてなかった俺の気持ちも、今なら真っ直ぐオマエに伝えてやれる。」
行きずりの女性を口説くのと、本命を口説くとではこうも差が生じるものなのだろうか?
果たして上手くルフィに伝えられているのだろうかと何度も心配になりながら、サンジは出来うる限りルフィの心を揺さぶるような言葉を投げかける。
予兆に呑まれてしまう前に、俺の言いたいことを全て伝えて、もし万が一呑まれたとしても、その手を絶対放さない。
だが、そう固く決意を決めていたサンジに思わぬ事態が発生した。
「・・・ルフィ?」
まったく反応しなくなってしまったルフィを不審に思った俺は、瞳を全開に開いたまま固まるルフィを覗き込んだ。
そして俺は、ルフィの瞳を確認して驚愕することになる。
先ほどまでブレていた瞳孔が、どんよりと濁った色を見せていた黒い瞳が・・・光を宿しているのだ。
「ルフィっ!!」
肩を揺さぶってルフィを起こそうとしてみるけど、まったく反応がない。
けれどもその瞳は、確かに明るさを取り戻しているのだ。蛍光灯のあかりにもその漆黒の瞳は反射して白い輝きを瞬かせている。
「ルフィ、起きろ!ルフィっ…!!」
今度はもう少し大きく肩を揺らしてみると、ルフィはようやくサンジの存在に気付いたようで、まるで夢から醒めたときのようにほわんとした様子でサンジを見上げた。
「サンジ…?ゴメン、おれ、今どうしてた?」
「ったく、ぼぉーっとして急に動かなくなっちまったから焦った…っと、それよりもルフィ!瞳がっ」
「ひとみ?…あれ、なんか頭ん中がいつもよりもハッキリしてるような、…んん??」
さも不思議そうに首を傾げたルフィに、以前の彼の姿を見た気がした。
それは、付き合うことになってすぐの頃の、俺を好きだという事に何の迷いも見せなかったルフィの姿。
「ルフィ、オマエ、もしかしたらあの癖、治ったんじゃねぇか・・?」
「そ、うとは思えねェけど、どうなんだろ?サンジから見たら、そんな感じすんのか?」
「俺もただそんな気がするだけなんだけどよ…今のオマエ、さっきまでと全然違う感じがする。」
「んー・・・よく分かんねぇ…。けど、ずっとぼんやりして見えてた世界が、クリアに映ってんだ。
サンジが、その・・・えっと、」
「??」
「す、好きって、言ってくれた瞬間、なんか…靄みてぇなモンがぱぁーっと一気に晴れたみてぇで」
後頭部をぽりぽりと掻きながら照れた風にそう言ったルフィにサンジは思い当たる節があり、思わず声が出そうになって慌てて口元を押さえた。
(そういえば、俺、ルフィに好きだって…一度も言ったことがなかったかもしれない。)
まさか、いや、そんな事があるのだろうか?
もしサンジの考えが正しかったとすれば、俺達はなんて途方もない時間を無駄に費やしてきてしまったのだろうか?
(ルフィを繋ぎ止めるためのカードは、ずっと俺が握っていたんだ。)
もしも、俺がもっとルフィの想いに応えられていたら。
素直にルフィに、想いを伝えられていたのなら。
(俺からの“好き”という言葉を、ルフィはずっと欲しがっていただけだった。)
なんだ、そういうコトなのか。なら簡単なことじゃないか。
サンジはルフィの前に手を差し出した。ルフィはその手を不思議そうに見つめる。
「ルフィ、一緒に帰ろう」
「・・・」
「そんな不安そうな顔すんなよ。
断言してやる、もうオマエは勝手に居なくなったりしねェよ?」
「・・サンジ、でもおれ」
「うじうじすんな、オマエらしくねェ。もうなんも心配することなんかないんだ。」
“万が一オマエがまた居なくなったら、地の果てまでも捜しにいって何度でも囁いてやる”
“ルフィのことが、好きだってな”
そういうとルフィはようやく表情を緩め、にしし、と笑ってみせたのだ。
サンジっ!!と、胸の中に飛び込んできたルフィに、手出してんだから空気読んで繋げよバカ!と軽く頭をポカンと殴ってやる。
すっかりわだかまりのなくなった二人は、指先を絡ませ合うように手を繋いだ。
頬を摺り寄せてきたルフィに、くすぐったそうに身を捩りながら、サンジは繋がった手に目を向ける。
(・・もう、離さないからな。絶対に。)
ゆっくり唇を寄せてきたルフィに応えつつ、戯れるように指先を何度も絡ませる掌に満足そうに目を細めたのだった。
雲さえも掴めるように
“手を伸ばして、ただ捜し続けた。”
そして、ついには。
“暗い空の下、蹲るキミを見つけて。”
宇宙《そら》をも絡めとる
“ありったけの声で、キミに叫ぶ。”
(この掌と同じように、想いを通わせあうこと。)
(“好き”という言葉のチカラが、二人をより強く、つなぎ止めた。)