雨よけの成就 4





まるで時間が止まってしまったかのようだ。

シンと静まり返った室内を、窓ガラスに叩きつける激しい雨音だけが耳障りなほどに木霊した。
耳について離れないその雨音を追うように顔をあげたルフィはその視線を窓の向こうへと移す。今日は一日中ずっとヘンな天気が続いていた。どうせなら晴れてくれればいいのに…。
雨の日はどうしても気が滅入ってしまう。分厚い真っ黒な雲を見ているだけで重苦しくなってくるのだ。


(こんな天気じゃなかったら…、違ってたのかもしれねぇ…)

いずれはこうなっていたのかもしれない。でも、それは“今日”ではなかった筈だ。

(…雨、止まねぇかな…。)


どんよりとした灰色の空を恨めしげに睨みつけていたルフィ。
ふいに肩の辺りに何かが当たるのを感じて、目を軽く見開いたルフィはハッと其方へ振り返った。

そこにはルフィの肩に凭れ掛かるように頭を寄せるサンジがいて。
目線はルフィの方を向いてはおらず、此処ではない遠くの方を見ているようなぼんやりとした様子。
不安になってルフィが声を掛けようとするも、遮るようにサンジはゆっくりと口を開いた。

「・・・女を泣かすヤツはクズ以下だ、そうクソジジィに叩き込まれて育ってきた。別にジジィの言葉だからって訳でもねぇけど、オレはそれを忠実に守り続けてきた。
きっとそれは、これから一生、生涯、変わることはねぇ」
「そうだな」
「ましてやコニスちゃんは、オレやおまえにとっての大切な仲間の一人だ。そんな彼女を傷つけちまうなんて…オレには、考えられねぇ…」
「うん。なら、」
「……けどっ」

ルフィの言葉を遮りサンジは勢いよく起き上がってルフィと正面に向かい合うと、目の前にあるルフィの目を、真っ直ぐ見つめ返した。

「けど、これだけは譲れねェんだ…っ!誰を悲しませるとしても、誰を傷つけるとしてもっ!!

何があろうとオレは、」


『―― ルフィを、選ぶっ!!!!』


―― 澄んだ海のように淡いコントラストを描くその瞳には、はっきりとした決意の色が浮かんでいた。
叫ぶように言い放たれた言葉と同時にルフィの両肩を掴んだサンジの手には、ひんやりと冷え切った室内には似つかわしくない程、―― 温かくて。嘘じゃない、信じて欲しいと…その手の熱さが物語る。

余りお目に掛からない、サンジの真摯な姿に一瞬圧倒されたルフィだったがその瞳にゆらゆらと揺れる光の輝きを見た途端、ルフィは目尻をやんわりと落とし、サンジには何も答えずそっと目の前にある金髪に手を伸ばした。
目的の場所まで伸ばした掌をゆっくりと左右に動かせば涙の膜に覆われていたサンジの瞳が一際大きく見開いて、サンジはぎこちなく身体の力を抜いて…微笑み返した。

ルフィには分かっていた。
これは、おれに涙を見せまいと堪える表情ではない。

―― サンジは、今、コニスのことを思って…泣きたくても、泣けなくて…苦しんでいるのだ。

ルフィはサンジをやさしく引き寄せ、カタカタと震える肩を必死に押さえ込もうと強張るその背をゆっくりと擦ってやる。
ゆっくりと緊張しきった身体が解けていくのを感じながら、ルフィはそっとサンジの耳元へ顔を寄せた。

「…心配すんな、コニスはおまえが思うほど、弱くねぇ…。アイツの心の強さを、信じろ…」
「………、っ…」

回した腕にしがみ付くように伸ばされた手…。震えが徐々に大きくなっていく。
力強く抱き返して、ルフィは瞼をそっと閉じた。


―― 彼女のことを想って、涙するサンジをおれは誇らしく思う。

―― そして、

―― こんなにも優しく…強い心を持っているサンジを、おれは尊敬する。


“サンジの一番が、おれじゃないんだとしても”
“サンジが幸せであれば、それでかまわない”

“何よりも、サンジのためだから”と。
おれはその言葉を言い訳にして、ただ逃げていただけだと、思い知らされた。


『何があろうとオレは、ルフィを選ぶ』


本当は誰よりも不安で、自分に自信が持てなくて。
サンジは根っからの泣き虫だけど、それと同じぐらいおれは・・・根っからの、意気地なしだったらしい。

あんな風に、真っ直ぐ想いを伝えられる勇気がおれにあれば…、こうは、ならなかったかもしれない。
サンジの淀みのないキレイな想いに、おれも、ちゃんと応えてやりたい。

「なぁ、サンジ」
「・・・?」

―― いや、応えなきゃならないんだ…、

「コニスにさ、ちゃんとおまえの気持ちを伝えて、そんで、コニスも納得してくれたら、よ?
おれも、おまえに、言わなきゃならねぇことが出来た。…いや、あるんだ、」
「、なにを、だ…?」
「…に、ししっ…、それはまだ言えねェ!…でも、」

痛々しいほどに目尻を腫らせたサンジが訝しげな表情を浮かべつつ上目遣いにおれを見上げてきたので、ニッと微笑みかけてからそっと首を傾けて素早くサンジの頬に唇を落とした。
チュッと音をたてて離れていった子供っぽいキスに、金縛りにでも遭ったのかってぐらいガチガチに固まってそのまま動かなくなってしまったサンジ。
穴が開くほどじっと見つめられ、居心地の悪くなったルフィは照れ隠しをしたいがために夢中で目の前の金髪を掻き抱いたのだった。
雨の匂いがまだ僅かに残る制服の胸元へと抱き込まれてしまったサンジはハッと気付いてジタバタと抵抗を始めた。
しかし、この攻防戦は上を取っているルフィの方が優勢で、一向に脱出できなくて四苦八苦するサンジを見て、ルフィは楽しげに、しかし何処か照れくさそうに笑うのだった。

「ちょ、ルフィっ! 今の、なんだよルフィっ!オィ、っ!!」
「にっしししーー。まー、気にすんな!」
「気にすんだろフツーっ!、なぁ、今のどーいう意味でやったんだよっ、なぁってっ!!」
「だぁからぁー、ちゃんとコニスを納得させてから話すって言ったろっ!それまではぜったい言わねー!」
「だったらキスなんかすんなよっ!期待しちまう…の前にっ、とりあえずホールド解けっ、こんなんじゃ息、まともにできねぇよ!!」

ルフィの身体を押し返そうともがくサンジに、頬が緩んでしまってどうにもニヤついてしまう表情を見せまいと暴れるサンジを抑え付けるルフィ。
全てにまだ決着がついたわけでもないのに、じゃれあう二人の姿は、まるで幼き日の頃に戻ったようで…。

体制を逆転させ、ルフィの上に跨るような形になったサンジは、スンと小さく鼻を啜った後、はにかんだ笑顔を見せた。
ルフィもサンジに応えるようにニッと白い歯を惜しげもなくみせ、二人は暫く顔をつきあわせ笑った。
そうして馬乗りで圧し掛かられたまま笑っていたルフィの上に、突然オレンジ色の光が差して二人は自然と窓の外へと視線を向けた。

今にも沈んでしまいそうだが、其処には確かに、眩いオレンジ色の輝きを放つ夕陽があった。


・・・いつのまにか、雨は止んでいた・・・。


-*-*-


―― サンジとコニスが別れたのは、それからすぐのことだった。


次の日、ホームルームが終わるのとほぼ同時にルフィ達のクラスへとやってきたサンジ。授業を終えてざわつく教室内へと入ってくるとその足はルフィの席の前で止まった。
影が差したことに気付いて目線をあげたルフィとサンジの視線が合う。少々強張った表情のサンジは、ルフィと目が合うとぎこちなく表情を緩ませそして小さく頷いてみせてからその場を離れていった。

(あぁ…、もう、覚悟は決まってんだな、)

サンジの足は真っ直ぐコニスの方へと向かっていた。
コニスの横にサンジが立つ。二言三言会話したコニスは慌てて帰りの準備を始めた。

…が、教科書をしまうコニスの肩に手を置いてやんわりと停止を促し、サンジは教室を出て行く。
不思議そうに小首を傾げたコニスも、サンジの姿が見えなくなると慌てて教室を飛び出していった…。カバンは、残されたままだ。

置いてけぼりにされてしまったコニスのカバンに、胸が締め付けられる思いを感じてルフィは軽く胸を押さえる。

(…コニスは、なんて答えるんだろう……、)

彼女の天使のような優しい微笑みが、ふと頭の中を過ぎていく…。
ルフィは立ち上がり、椅子にもたれかかって携帯をいじっていたウソップに呼びかけた。

「ウソップ。」
「おー。…どーしたよルフィ?なんか難しい顔してんなぁ…」
「今日、ヒマか?」
「え、えぇぇー!?まさか今日もかよー、流石の俺様もお財布事情がぁ」
「いや、そーじゃねぇんだ。もし予定なかったらでいい、ちょっとよ、…コニスの事、気に掛けてやってくれねーか…?」
「…へ?どういう事だ?」

訝しげに眉を寄せたウソップに、ルフィは目の前でパンッと両手を合わせて「頼んだ!」と一言だけ残して早々に教室を飛び出した。
急に飛び出していったルフィを呼び止めようとしたウソップの大声を無視しルフィは一気に階段を駆け下りる。靴を履き替え正門まで走り向けて、正門を出たところでようやく一息ついた。


(まるで、逃げたみてぇじゃねーか。)

―― 自嘲的に笑って、ルフィはゆっくりと歩きだした。
サンジの事だから、おそらく包み隠すことなく全てをコニスに話すだろう。他に好きな人が出来たというだけでも辛いというのに、まさかその好きな相手というのが幼馴染の男だ、なんてすぐには受け容れられないことだろう。

(コニスならもしかしたら、男同士なんて普通なら気味のわりぃ関係も、認めてくれたかもしれねぇ…)

しかし、男だろうが女だろうが目の前に自分の恋人を奪っていった相手が居ては、心穏やかにいられるわけがないのだ…。

(コッチの気も知らねーで代わるがわる新しい彼女を連れてきてはわざわざ紹介してみせて、その上自慢話まで聴かされてきた。
いくらおれがサンジの幸せを願って身を引くと心に決めていたとしても、つれぇものは、つらかったんだ…。)

培われた経験のお蔭というか、所為ともいうか。だらしのない顔で彼女にベタベタと擦り寄るサンジを前にしても、平気な顔で祝福してやれるようになったおれとは違う。
もしかしたら、誰かと付き合うこと事態、コニスにとって初めてのことだったかもしれない。
なのにほんの数ヶ月で別れ話を持ちかけられるコニスのことを思うと、会わせる顔がない…。

(今日はこのまま帰ろう…。そして明日からは、普段通りにする。…逃げ出すのは、今日でぜんぶ終わりにするんだ…、)

結果がどうなろうと、何が起ころうと…これから起こることから絶対逃げない。
夕陽を背に歩くルフィは、静かに決意を固めぐっと拳を握った。


―― 家に着いてすぐ、ウソップから電話が掛かってきた。

『何があったよルフィ…おまえなんか知ってんだろ?』

静かに尋ねられたその声音に普段からお気楽としたウソップの柔らかい雰囲気が感じられなくてルフィはすぐに返事を返すことができなかった。
問われている意味は分かる。何のことを指し示しているのかも、理解できていた。

けれどおれは、ウソップになんて答えていいのか分からなかった。ウソップが何処まで知ったのか…何処まで知らせるべきなのか。その判断がおれには下せなかった。
仲間内の出来事なのだから全てを包み隠さず話すべきだと囁く自分と、これは二人の問題であって周りが不必要に関わっていいことではないと忠告する自分が、頭の中で言い争いを続ける。

論争は一向に終わらぬまま時間だけが過ぎていく。その間ウソップは根気よく電話口の前で待っていてくれたのだが、5分経っても返事を返さないルフィにとうとうウソップは口を開いた。

『…分かった。おまえらは首突っ込むな、って…そういうことだな。』
「っ、ちげぇよウソップ!そういうんじゃ」

深い溜め息と共に続いたそのセリフに背筋がひやりと冷める思いをした。
慌てて否定したおれに対して、ウソップは急に雰囲気を和らげて『まてまてっ、最後まで聞けよ!』と返したのだった。

『おまえが口篭るなんてのはよっぽどの事だろ?分かるよそんくれーはさ。
…“今”は言えねぇってだけで、時期が来りゃちゃんとおまえ…、おまえ達は、話してくれる。俺達は、そう信じて待ってっから…、』
「…ウソップ、」
『へへっ、いい親友もっておめぇは心底幸せもんだぜぇ?…コニスの事は一先ず俺らに任せとけ!
そんでおまえは、サンジの方を気に掛けてやれよ?アイツ…、コニス以上になんかすっげぇ、落ち込んでたからさ。』

“まるでこの世の終わりを一心に背負ったかのようだった”
なんて、随分と大袈裟な表現をしてくれたウソップだが、あながち冗談ではないだろうなと通話の途切れた携帯をぼんやりと見つめ、思った。

携帯を操作し、アドレス帳を開こうとしていた指が急にピタリと止まった。ウソップに、気に掛けてやれよと言われた手前、さっそく行動に出ようと考えたは考えたのだが…

「…やめとく、か。」

コニスを呼び出す前の、アイツの真っ直ぐな瞳を思い出す。一片の曇りもない澄んだ蒼い瞳は、『ちゃんとけじめ、つけてくるから。』と、語りかけてくるようだった。
男として…それ以前に人として。コニスを裏切ってしまった罪から逃げ出さず、筋を通すと腹にくくったアイツの決意を、見届けるべきだとおもうから。

「サンジは根っからの泣き虫だけど芯の強さは誰にも負けてねぇ…。
大丈夫、アイツなら乗り切れる。」

―― サンジのことは、おれが一番よく知っているんだ。
だからこそ、アイツの強さにおれは、賭けるのだ。

携帯を充電器へと置いたルフィは、うーんと一つ大きく伸びをして部屋を後にした。


―― その日、ルフィの携帯が鳴ることはなかった。



-*-*-


翌日の朝、気持ちのいい晴天の下、通学路をノンビリ歩いていると十字路の角に見知った金髪を発見し、一瞬驚いたもののそれを顔には出さず、ルフィは軽く片手をあげた。
相手は端からルフィを待っていたらしく、ルフィが気付く前からその姿を視界に捉えていた風だった。
サンジとの距離が徐々に近づいていく。目の前を通り過ぎる直前、普段通り…と、一度脳裏で呟いたルフィは、人懐っこい微笑みを浮かべてサンジの前で一度立ち止まった。

「おはようサンジ!いー天気だなっ」
「おはよう、ルフィ。朝っぱらから無駄に元気だな、」

呆れ顔で返したサンジ。普段とあまり変わらぬやり取りに、ウソップの言っていたような悲愴な様子は微塵も感じられなかった。
ルフィが歩き出すとサンジはその横を並んで歩き始めた。サンジの機嫌は良好らしく、妙に饒舌だった。
次々と新しい話題を提供してくるサンジに違和感を覚えはしたものの、いつになく楽しげに話しかけてくるサンジにルフィの気分もどんどん上昇していった。

(やっぱ、微笑ってる時のサンジが一番好きだ、)

―― 何処か幼さを残したサンジの笑顔、一体いつ振りに見ただろうか?

サンジから距離を置くのに必死で、笑顔はおろか、ろくにサンジの顔を見られない日々は、本当は、ほんの少し…辛かった。
こうして、子供の頃のようにまた二人で並んで歩くなんて…もう、ない事だと思ってた。

だから…
(たったこんだけのコトで、嬉しくてしかたねぇんだ…)

湧き上がる幸福感に浸っていたルフィに、「あ、そうだ、」とサンジが何かを思い出したような風で呟いたので、ルフィは何気なくサンジの言葉にふと耳を傾ける。
次いで出てきた言葉に、ルフィはぽかんと呆けてしまうことになるのだが…。

「オレ、ちゃんとコニスちゃんに話したから。」
「・・・、…お、おぉ」
「なんだよその薄いリアクションは…」
「いや、まさかそんな 忘れ物しちゃったみてぇなノリで切り出されるとは思ってなかった」
「あぁ、ま…そーだよな、」

ルフィがそう思うのも最もだ、とサンジは照れくさそうに前髪の一房を指で掬いあげくるくると遊び始める。
その表情に曇った様子はない。むしろ晴れ晴れとした爽快感すら感じられて…。

「コニスには全部話したのか?」
「あぁ話した。…」
「コニスは、なんて?」
「……すぐには、気持ちの切り替えが出来ないから整理する時間が欲しい、って。
当たり前だよな…。何一つ彼女に落ち度はねぇのに、急に別れてくれなんて言われたら…混乱もするだろう。」
「…だな。」

コニスは決して、サンジに怒鳴り散らしたり、当たったり…まして泣き喚いて引き止めるようなこともしなかったそうだ。
サンジの言葉を最後まで真摯に受け止めて、そして最終的に出した答えが、それだったのだという。いきなりの別れ話にもかかわらずサンジと真剣に向き合ってくれたのだ。

(サンジとコニスって、やっぱ何処か似てんだよな…芯の強ェとことか、優しいとことか、ホントそっくりだ。)

間違いなく、二人は似合いのカップルになってただろうと思いながらルフィはふと空を見上げた。
このままで本当にいいのだろうか…。ヘンな雨が続いたあの日から、幾度も過ぎる疑問が再び脳裏に浮かび上がる。

そうしてぼんやりと上を向いて歩いていた所為か、肩に引っ掛けていた鞄が肩のラインをなぞるように滑り落ちてしまう。
砂埃をあげボスっと地面に落ちてしまった鞄を掛け直そうと、ひとり立ち止まった。
ルフィに合わせるようにサンジも足を止めた。その場で待ってくれているのかと思いきや、サンジは急に深く深く息を吸い込んでから、突然ルフィの目の前へと立ちふさがったのだ。

擦り上げていた鞄から目を移し、目の前に立つサンジを見上げる。
逆光になっているため、影が差したサンジの表情はぼんやりとしか分からなかったが…。


―― おれの目が間違っていなければ…目の前のサンジは、いつもよりも朱色が増しているような気がした。


「だからっ、もう少しだけっ!オレに時間をくれっ」
「…なんのことだ?」
「おま、それ本気で言ってんのかっ!?!!
オレがコニスちゃんとの事にちゃんとけじめつけたら、おまえ、オレにいうコトがあるっつってたろう!!?」
「………あー、その事か…。でも、それでなんで時間が欲しいんだ??」
「ばっ!!……はぁ〜〜〜〜〜…。」

ガクンと肩を落としてしまったサンジにルフィは本当に言われた意味が分からないといった様子で首を傾げた。
こういうヤツだったよ、そうだよオマエはそういうヤツだよ。と一人愚痴るサンジは、渋々ルフィにも分かるように説明した。

「つまり…コニスちゃんの気持ちの整理がつくまで、おまえが言おうとしているソレをもう少しだけ延期して欲しいって言ってんだよ…。」
「おお…そりゃ当たり前のコトだからいいんだけどよ?なんでわざわざサンジにお願いされなきゃならねぇんだって意味で訊いてんだぞ、おれは。」
「………、……、だ…よ…」
「んん??小さすぎて聴こえなかった」

ルフィがそういうと、サンジはくわっと眉を吊り上げ、ルフィに掴みかかったのだ。
怒らせたか、と反射的に身体を引きかけたルフィに、サンジは顔を先ほどよりも赤らめ叫ぶように言った。

「一分一秒でも早く、おまえの気持ちが知りてぇからだよっ!あの時の頬キスの意味が、オレの思ったとおりの意味かどうかも定かにされてねぇんだぞ?!
おまえ、あれ以来それっぽい素振り、一切見せねーし…、なんかすげぇ余裕っぽいし、

……不安にもなるだろうが、―― 気付けよ、クソ野郎…っ」


―― 目が点になるというのが、どういうものなのかを今はじめて知ったような気がした。


「なんか、言えよ…」
「いや、なんていったらいーんだろう…。……ゴメン、やっぱわかんねぇ…」
「…ま、いいさ。…不安になってんのはコッチの勝手ってヤツだ。結果がどうあれ、おまえの気持ちが聞けるってのを再確認しておきたかった…」

耳まで赤く染め上げたサンジは恥ずかしそうにそう呟くと、呆然と立ち尽くすルフィを置いてさっさと駅の方へと向かって歩いていってしまった。
だんだんと小さくなっていくその背中を暫し眺めていたルフィは、急激に込み上げてきた感情を隠しきれず、表情を破顔させた。
頭で湯が沸かせるんじゃねーかってぐらい顔中が熱くて、ふわりと身体が浮くような奇妙な感覚に襲われて、ルフィはこれが“めまい”ってヤツかと頭の片隅でぼんやりと思う。

「アイツ…あんな可愛いこというヤツだったっけ…?」

サンジに対する愛おしさが、ぐんと増して…いますぐその背を追いかけて飛びつきたい衝動に駆られてしまう。
よくもまぁ、これだけ愛おしくて何十年も片思いだけで満足できていたものだ。今日ほど過去の自分を感心する日はもう来ないかもしれない。

なかなか追いついてこないおれを不審におもったらしいサンジが此方を振り返って「遅刻すんぞっ!」と遠くのほうから声を荒げている。
まだ頬に若干の朱色を残したサンジに向かって、おれは大きく「おぉ!」と返事し、その背に向かって勢いよく地面を蹴り上げた。






―― “空は、今日も、明日も…快晴である。”


END (2012/06/30)


《10》

なんかもう、汗から糖がでてきそうな歯がゆい作品になってしまいました。こんなはずじゃなかった・・・。
この後日談みたいなエピソードが、Pictにありますシムズ画集のところにあります。ちょっとした小話もあるので良ければ其方もご覧下さいませ。