雨よけの決意 1

※微NL要素 有
サンジが殆ど出てきませんが、ルサンです。




―――覚悟はしていた。




今の関係を壊す気はなかったし、そもそも俺にそんな勇気もなかったんだ。
ただ、一日も早く、アイツを理解してくれる人と出会い、その人と幸せになってくれればいい。それだけを願った十数年間。
そのために俺は自分の心を偽り、幼馴染 兼 親友という仮面を今までかぶり続けてきた。


でも、それも今日でおしまい。
もうアイツには、“幼馴染(おれ)”は必要なくなるのだから。

案外泣き虫なアイツは、もう泣く事はない。その必要がない。
いつも慰め役をしていた幼馴染の俺のポジションは、彼女がきっと勤めてくれる。信頼できるヤツだから。





―――サンジはもう、大丈夫だ。





「…ウソップ〜…抱っこ〜」
「はぁあ!?っておぃルフィ!重っ!
てか抱っこてオマッ何歳だよっつぅか重っ!!」
「いいじゃんか〜〜…なぁウソップ抱っこぉ〜〜」

許可もなく全体重をかけて圧し掛かってくるルフィに、運動面に自信のもてない非力なウソップは案の定潰されてしまう。
ぐぇ・・とカエルが潰されたようなポーズで床に這い蹲ったウソップを、彼等と同じように登校してきた生徒達が哀れんだ目でみていた。
そんな周囲の目をまったく気にしないルフィはといえば、ぐりぐりとウソップの首筋に顔を押し付けてはこのまま教室まで抱っこ!と駄々をこねはじめる始末。

「そんな体格差ないとはいえ、男を抱っこしてやる趣味は俺様にはねェの!
ほら、分かったらさっさと退けよルフィ!遅刻になっちまうだろーっ」
「ウソップ〜頼むよ、今日だけだからー」
「いくら親友だからって、聞ける頼みと聞けない頼みがあるだろうっ!?
というかサンジはどうしたんだよっ!そういうのはサンジの役め……ルフィ?」

“サンジ”という名がウソップの口から出た瞬間、ルフィはあからさまにビクリと震え動揺してみせた。
そこに異変を感じたウソップが肩越しにルフィの表情を伺う。噛み締められた唇は力が入りすぎて白くなっていて…。
全ては見せないといった様子で顔を隠そうとするルフィに、ウソップはそっとため息を溢した。

何かあったのだ、とウソップは瞬時にサンジという名は今のルフィにとってタブーであることを察知する。

「…わぁーったよ、仕方がねェーな!
おぶってってやるから、とりあえず一旦退けっ!このままじゃ立てねェ」
「…おぅ、サンキューな」

先ほどのふざけた態度から一変したルフィに、ウソップは確信を得る。
ウソップの上から退いたルフィの表情はまだ暗く、カバンを握り締めた指先は僅かに震えている。
そんなルフィに気付きながらも、今はその時じゃないと、ウソップは立ち上がり腰を屈めた。
もぞもぞと負ぶさってくるルフィの重さに身体が悲鳴をあげる。が、我慢だ。自分達の教室が1階で本当に良かったと心底思いながら、ルフィを背負ったウソップは顔を引きつらせながら一歩を踏み締めたのだった。





『ルフィ聞いてくれ!
とうとう、…とうとう俺に、春がやってきたァーーー!』

『へぇーそっか。そのセリフもう何百回目なんだろうなァー?
ま、いっか。で、今度はどんな女なんだ?』

『オマエなぁ、もうちょっとノってこいよ。つまんねェなー。あ、さてはオマエ…僻んでんのか?』

『それだけは絶対ない。…で?』

『…ホント面白くねェヤツ。でもなルフィ、今度の今度ばかりは俺ァ本気だぞ?』

『ほぉー』

『ようやく俺の時代が来たんだな。まさかあの子から告白されちゃうとはよぉーー…うひひっ♪』

『あの子?俺も知ってるヤツなのか?』

『知ってるもなにも、聞いて驚け!そして羨ましがれっ!
俺の新しい彼女の名は……!』






「へそっ!!
おはようございます、ルフィさん、ウソップさん」

その声に、ルフィは顔をあげた。
丁寧に会釈をして、あげられたその表情はとても穏やかで優しい笑みを浮かべていて。
金色の髪と白い透き通るような肌、大きな瞳をやんわりと細めてウソップと背負われたルフィを見比べる彼女の名はコニス。
クラスメイトで、俺達の仲間で…それから、

―――サンジの、新しい彼女。

「おはようコニス、どっか行ってたのか?」
「えぇ、…ちょっと其処まで」

ウソップの問いにほんのり頬を赤らめたコニスに、ルフィは気付く。
おそらくサンジの教室に行ってたのだろう。アイツとはクラスが違うから。
彼女の方から出向くぐらいだ、二人の仲はそれは睦まじいものなのだろう。
ルフィはちくりと痛む胸の痛みを抑えながらもコニスに笑いかけた。

「おっす、コニス!」
「ルフィさん、どうかしたのですか?ウソップさんに背負われて…」
「んん?あぁコレはちょっとな!あ、怪我とかじゃねェーぞ!?ちょっとした戯れだ、戯れっ♪」
「俺様はたいそうメイワクしてるんですがねぇルフィ君よぉ?」
「いーじゃんか、減るもんじゃねェし!」
「俺様の体力はガンガン減っとるわボケェ!朝っぱらから重労働させやがってコノヤロー!」

俺達のやり取りにクスクスと微笑ったコニスをルフィは一瞥して、そっと瞼を落とした。
今まで、女を“そういう”対象としてみてこなかったルフィでも分かる、コニスはとても可愛い。品もあるし礼儀正しく、そして何より優しいヤツだ。
そんなコニスから告白されたとなれば、男なら誰だって喜ぶだろう。それがサンジならば、尚更のことで。
おしとやかに微笑っていたコニスが教室を覗き込んで壁にかかった時計を確認する。

「とにかく、教室に戻った方が宜しいですよ?
そろそろ鐘が鳴ると思いますし」
「おっとヤベェルフィ!
こんなトコでバカしてる場合じゃねぇ!さっさと席いくぞっ、つぅかもう降りろ!」
「わっ、いってぇー!ウソップいきなり振り落とすなよな!」

慌てて教室へ駆け込んでいくウソップを恨めしげにみつめていたルフィに、コニスが遠慮がちに手を伸ばす。
腰をしたたかに打ちつけたルフィは、一瞬その手をみて眉を寄せたが、自力で起き上がるには少々辛くて、伸ばされたコニスの手に縋り付いた。

「…ごめんなコニス」
「いいえ、腰、平気ですか?」
「おお、今はイテェけど直ぐ治るだろ」
「後で保健室で湿布を貰ってきます。酷くなってしまってはいけませんし」
「本当に平気だぞ?」
「ダメです、悪化してからでは遅いのですよ?」

本当に心配してくれているコニスに、ルフィは軽い罪悪感に苛まれる。
ちょっとでも、コニスの手を拒絶しようとした自分が愚かしかった。

コニスの所為じゃないのに。コニスは微塵も悪くないのに。
これは、己が招いた 自業自得だというのに。

ルフィは頭を軽く振ってから、ありがとなっ!とコニスに微笑ってみせた。
心配してくれて有難うという気持ちと、ゴメンナサイという謝罪をこめて…。





あっという間に一日が過ぎ、放課後を告げる鐘が校内に響き渡る頃、ルフィは机に突っ伏してずっと考え込んでいた。
コニスは先ほど迎えに来たサンジと一緒に帰宅した、らしい…。俺に何か話しかけようとしていたらしいが、反応のない俺を見かねてウソップが対応してくれたそうだ。

「ルフィ…今日一日ずっとそんな調子だったよな、大丈夫か?おまえ」

教室に残っているのが僅か数名になった頃合を見計って、ウソップはとうとう切り出してきた。
おそらく今日一日ずっと、聞きたくて聞きたくて仕方が無かったのだろう。

ルフィのこんな調子は数年の付き合いの中で始めての事で、普段から何が楽しいのかってぐらい元気いっぱいのルフィの姿は影も形もない。
らしくない姿に、ウソップは困惑していた。そしてもし自分の力でどうにか出来ることなら、どうにかしてやりたいと思っていた。
こんなにも辛そうなルフィを、これ以上見ていたくなかった。

ルフィの席の前の椅子を引いて、椅子を跨ぐようにして腰掛ける。
突っ伏したままのルフィからは何の返事もない。

「…なんかよ、オメェが静かだと調子狂うんだよ。…俺でよかったら、話聞かせてくれ。」
「・・・・」
「カヤと帰る予定蹴ってまで、オメェのことを心配してる親友の気持ち、ちっとは汲んでくれよっ!」
「・・・っ」

ウソップは現在、隣のクラスのカヤと付き合っている。コチラも最近出来たばかりカップルである。
手をつなぐことだけでもあわあわと慌てふためく二人に仲間内でも初々しい恋人達だことと、何度冷やかしたことか。
そんな二人の邪魔をしてしまったのか…と、ルフィは重い身体に力を込め、ゆっくりと起き上がる。

「ごめんな、ウソップ」
「…あ、べ、べべべつに、オマエが悪いっていってんじゃねェぞっ!?
俺が勝手に心配して、そうしただけだからなっ勘違いすんなよっ!?」
「うん、分かってる。だからこそ感謝してんだ、いい親友を持てて、俺は嬉しい」

素直に感謝の気持ちを述べ、軽く頭を下げたルフィにますますウソップは困惑する。
確かにルフィはどちらかといえば素直な方で、間違ったことだと知れば己のプライドを簡単に捨て去ってでも頭を下げる。そういう真っ直ぐなヤツなのだ。
だが、今のルフィは違う。ルフィの言葉からは 助けて欲しい、と訴えかけてくるようなせつなさが滲みでていたから。

「…ルフィ、おめぇ相当参ってるだろ。」
「ん、…分かっちまう?」
「…ったりめぇーだ。俺様を侮んな。…聞かせて、くれるんだよな?」

ルフィは一旦押し黙り、間を空けてからぽつり、ぽつりと言葉を繋げていく。
語られた内容に最初ウソップは吃驚した。が、次第にルフィへ抱いていた疑問の数々が、語られる内容によって一つの直線へと姿を変えていく。
ルフィが今の今まで恋人というべき存在を作らなかったこと、それ以前に興味がまったくないような素振りばかりする事。
異常なほどに仲がいいように取れた、ルフィとサンジの関係。だがそれは何処となく、ルフィの一方通行のようにも見えていた事。

それが、ルフィの口から一番最初に語られた衝撃の事実で、全てに合点がいった。
ルフィは、サンジを愛している。


それから話は、二人が出逢った頃へと遡る。

《2》

雨よけシリーズ、決意編です。全2話になります。
ルフィとサンジの過去について語られます。…この回はウソップが主役かも?(笑