―――昔、ルフィがよく口にしていた台詞がある。
『おれ、泣き虫キライだなーっ』
その言葉が出るたび、溢れ出ていた大粒の涙は急に止まり、口を噤み、鼻を啜った情けない姿で“泣いてねぇもん!”と反論したものだ。
ルフィに嫌われてしまうことを恐れていた。見限られてしまうのが怖かった。
『ルフィ!おれな、今日もケンカに勝ったんだぞっ
クソジジィから教わったこのケリがあれば、もうあんなヤツらに負けたりしねぇ!おれもう泣いたりしねぇぞっ』
『すげぇなサンジ、そのケリ、超カッコいいぞーっ!』
泣いてしまうような事態にならないよう自分を鍛え、強くなろうと頑張った。
俺をいつも庇って盾になってくれていたルフィを、いつか自分も守れるように…。ルフィは誰かに守られるような弱いヤツじゃねぇって分かっていても、俺はアイツと“対等”でありたかった。
やられる一方だった虐められっこが力をつけたことで、俺へのいじめが沈静化していくのは時間の問題だった。
『ルフィ、ありがとな…。
オマエがいなかったらおれ、きっとまだ泣き虫のまんまだった。ほんとうにありがとう』
『・・。そんなの礼言われるほどのコトでもねぇよ、きにすんな!』
一瞬、ルフィが見せた複雑そうな顔に違和感を覚えたものの、ニカッと歯を見せたルフィに俺も最高の笑顔で返した。
この関係は一生変わることがない。俺はそう信じていた。
『あ、ルフィ!
今日ヒマかっ?この後レディたちと駄菓子屋行くんだけど、ルフィも行…』
『わりぃサンジ。今日はウソップたちとサッカーする約束しちゃってんだ』
『……。そ、っか…。
もっとはやく、さそえば良かったな…』
『・・ごめんなサンジ、一緒に行けなくて』
『っ!い、いいんだっ!!先約があるなら仕方ねぇよっ
また今度さそうから、そんとき一緒にいこう!…あ、ハシャぎすぎて怪我しねぇようにな、ルフィ!』
『おお、サンジも女にエッチなことすんじゃねーぞっ、じゃな!』
『しねぇーよ!!………また、明日、な』
泣き虫が治ったと喜んでいたのも束の間、その頃から急にルフィが冷たくなった。
あの頃は冷たくなったと思い込んでいたが、実際はそうではない。虐められなくなった俺に安心したルフィが、別の友達相手と同様の距離をとるようになっただけの事。
ルフィは俺を特別視するのではなく、それこそ俺が望んでいた“対等”な友として見始めてくれていた証拠だった。
それなのに・・・。
『なんだよ…ルフィのやつ。
俺の方がウソップたちよりずっと先に友だちになったってのに、…』
ルフィの特別ではなくなった途端、俺の中に湧き上がった不満。
前は、俺が泣けばルフィがいつでも慰めてくれて。傍に来て、泣き止むまでずっと一緒に居てくれた。
何においても俺を優先してくれて、放課後となれば日が暮れるまで二人で遊んでいたのに。
『・・・。俺もう、泣き虫じゃねーのに・・・。』
もうルフィに嫌われることはないはずだった。
それなのに、以前よりもルフィが遠く感じて・・・。
『・・・なんで、こんなにもさみしいんだよ・・・』
「似てる…」
帰宅して早々、制服のままベットによじ登って壁を背に体育座りで蹲っていたサンジ。
おもむろに顔をあげたサンジは、窓の向こうから微かに聴こえた音に耳を傾けた。
「夕立か…。ほんと、今日はヘンな天気だな」
まぁどうでもいいか。自分は夕立に降られる前に家に帰ってこれたわけだし。これから外に出る用事もない。
雨が降ろうと関係のないことだと、サンジは再び膝の上に頭を乗せた。
「あん時はどうしたんだっけ、俺。」
以前にも、今と同じようなことがあったのを思い出したサンジは、過去の記憶を頼りに解決策を探していた。
しかし今と昔とでは少々状況が違っていて、参考になりそうな記憶は一つも見つからない。
「・・あぁ、そっか。
付き合ってると勘違いした俺が、レディに抱きつこうとしておもっきり殴られたんだよな…。
その子めちゃくちゃ力強くて、次の日頬が腫れちまって…」
ルフィが、すげぇ心配してくれたんだった。
『サンジ!!』
『っ、ルフィか…ビックリし』
『どうしたんだその顔!はれてんぞ…これ、』
『え、えっ…あぁ、これは』
『いじめられたのかっ、誰にやられたんだ!』
『ち、違う!』
強張った顔でぺたぺたとオレの頬を何度も撫でてくれて。
頬を撫でられる心地よさに浸りつつも事情を話し終えれば、ルフィは心底あきれ果てた様子でオレを見つめていて。
『なんだよそれぇ〜、心配してソンした!』
『なっ!!お、オレは傷ついたんだぞっ!?
心痛めた親友をいたわる気持ち、オマエにはないのかっ!!』
『んーーー。』
『そこは悩むなよっ!』
『んーー。
ま、なんもなくて良かった…。』
渋い顔をしながらも、ルフィはそういってオレの肩を掴んで、ぎゅっと抱きしめてくれた。
撫でられるのも、抱きしめられるのも随分と久しぶりな気がして、与えられる感触が嬉しくて素直にルフィへ擦り寄ったものだ。
ずっとルフィが冷たいと感じていた所為もあったのだろう。そのぬくもりから離れがたくて、もっと、欲しくなって。
「…あの頃から、レディに見境なくなってたかもしんねーな」
改めて考えてみれば。あれは一種の“刷り込み”だったのかもしれない。
虐められることがなくなって、ルフィはオレを守る必要がなくなった。近すぎた距離が急に離れたような気がして、オレは焦っていたのかもしれない。
そんな中、起こった小さな事件。ルフィは変わらずオレを心配してくれると知って。
“あぁ、また同じことをすればルフィは前みたいに傍にいてくれるのではないか?”
“また、オレを一番に想ってくれるのではないか?”
そんな事を、ふと思ってしまったのかもしれない。
「なぁ、オレ。
そうまでしなきゃなんねーほど、ルフィが大事か?」
自分に問いかけてみれば、答えはすぐに返ってきた。
血が沸き立つ。次第に早くなる鼓動。心が、身体が…全身が、ルフィを必要だと訴えかけてくる。
離れたくない、傍にいたい。
ルフィの一番でありたい。
「…意外と、一途だったんだな、オレ。」
はっきり言って、自分には無縁だとおもっていた。
ルフィへの恋心を自覚しても尚、可愛らしい女性や美しい女性には目を惹かれるだろう。
けれど、おそらくもう恋という観点で彼女達を見つめることはない。
「ガキの頃からずっと、ルフィの事が、好きだったんだな…」
雨よけシリーズ、成就編です。
凄くどうでもいい話なんですが、いつも成就と入力する際[セイジュ]と入れてしまいます。オバカ丸出し…