雨よけの消失 2





「おお、ゾロ遅かっ・・・サンジ!?それにコニスもっ!?」

ゾロの後ろからやってきた俺の姿をみた瞬間、正門に凭れ掛かってカヤちゃんと談笑していたウソップが目を剥いて飛び上がった。
急な事態に動揺を隠しきれていないウソップの様子に多少の苛立ちを覚えながらも、表情を和らげ、よぉと片手をあげた。

「オマエ等の電話のやり取り、聴いちまってな。俺達も同行させてもらっても、いいよな?」
「お、・・う、いやー・・二人はその、今日はおデートなんかは、致さない、カンジなんでショウか?」
「・・・滑舌悪くなってる上に言葉がヘンだぞ。何をそんなにビクついてんだよ。」
「えっと、デスネ?なんていうかぁー、サンジ君がいつもよりとっても威圧的だナーって、思ったりなんかしちゃったり?」

えへへへへーと、冷や汗を流しながらおちゃらけて返すウソップに、俺はニッコリと微笑み返してから、そっとウソップの耳元に口を寄せた。
誰にも気付かれないよう、ウソップにしか聴こえない程度に音量を調節して・・・

「・・・・よぉく分かってんじゃねーか。」

と、ドスの効かせた低音で返してやれば、ウソップはヒィ!!と奇声をあげながら耳元を押さえ飛び仰け反った。
テメェがこの集まりの中心人物なのであれば、どうして俺やコニスちゃんたちに声を掛けなかったと、その低音に含ませたことに、ウソップは気付いているのだろう。
腰を抜かしながらもウソップは眉を寄せて俺を見る。コッチにも色々と事情があるんだよ・・と、その表情が訴えていた。
いっそこの場でとことん問い詰めてやろうかと思ったが、

「ウソップさん、大丈夫ですかっ!?」
「お、おおカヤ悪い。なんでもねーんだ、ちょっと驚いただけな!」

吃驚した様子でウソップに駆け寄ったカヤちゃんの手前、それは控えることにした。
踏み出しかけた一歩をさり気なく引っ込めていると、横から成り行きを見守っていたらしいナミさんが、サンジ君。と俺を呼んだ。
振り返ると、ナミさんが指を一本伸ばして、俺の眉間のところにぴたりと指先を当てた。

「ナミさん、急になに」
「し・わ。すっごい濃い皺出来ちゃってるわよ。…コニスが心配してるわ」
「!!」

意図的に抑えられたナミさんの声に、すぐさまコニスちゃんへと振り返れば、コニスちゃんは どうかされたのですか?と戸惑いがちに言葉を掛けてくれて。
慌てて大丈夫、なんでもないよ!と笑顔で答えれば、多少気にしているものの、そうですか…と微笑み返してくれた。

「ナミさん、有難う。」
「どーいたしまして、お礼は3倍返しってことで♪」
「・・ハハハ、…ところで、」

相変わらずのナミさんに浅く笑い返しながら、俺はもう一度周りを見渡した。
遠めからこの集まりを伺ったときから既に気付いてはいたが・・やはり、俺の目当てにしていた人物は其処には居ない。
言い掛けて、そのまま辺りを気にするような仕草を見せる俺にナミさんはピンときたらしく、

「ルフィならまだよ。ちょっと用事頼んじゃっててね」
「あ、・・・そうですか」
「サンジ君って、昔っからホント、ルフィにベッタリよね」
「そ、そんなことないですよっ!!」
「またまた。私はほら、昔は友達でもなんでもなかったからたまに二人を見かけるぐらいだけど、なんだかいつも一緒にいる印象があったのよね〜、アンタとルフィ。」
「いや、だからそんなコトは…!」
「そうなのですか?ナミさん」

昔の話をされて、大いに慌てまくる俺を面白そうにからかうナミさん。
と、そこへ興味が湧いたらしいコニスちゃんも話に加わってきて、自分の恥ずかしい過去話をやめさせる雰囲気ではなくなってしまって。

「そうなの!サンジ君って昔はかなりの泣き虫さんで、事あるごとにルフィに泣きついてたのよー?意外でしょっ」
「ナミさぁん・・・もう勘弁してくださいって!」
「そうだったのですか、…ふふ、思えばサンジさんってルフィさんと一緒に居る時、普段よりもいきいきとしていらっしゃいますものね」
「・・そう、かな?」
「そうなのですよ、今日も久しぶりにルフィさんと遊べるって、先ほどまではしゃいでいらっしゃったじゃないですか」
「こ、コニスちゃん・・・」

まさか、そんな風に彼女の目に映っているとは思いもしなかった俺は、なんて返せばいいのか分からなくなってしまいぽりぽりと後ろ髪を掻いた。
ルフィと自分の話をされると、なんだかこそばゆい感じになる。照れくさいというか、恥ずかしいというか。

「あら、噂をすればなんとやらってね。」
「やっと来たのか、アイツ。」

ナミさんとゾロの言葉に、俺は身体ごと昇降口の方へと振り返る。と、コチラに向かって大きく手を振りながら走ってくる人物は、俺が逢いたかったルフィに間違いなかった。

「わりー、わりー!遅くなったっ!!」
「ル、ルフィーっ、おせぇよホント!何やってんだよもぉー!!」

と、ウソップが俺達の間を掻き分けるようにルフィに駆け寄って、なにやらボソボソと耳打ちをし始めた。
さっきからウソップの様子がおかしい。一体なんだというのだ。そんなに俺達が居ちゃマズいことでもあるんだろうか?
ウソップの耳打ちに、ルフィは一瞬目を見開く。そして、ゆっくりとコチラに顔を上げて。俺に視線を止めた。


――瞬間、ドキンと胸が高鳴った。


そして、ウソップに微笑みかけながら一言三言話して、ルフィはまっすぐ俺とコニスちゃんの前へとやってきた。

「サンジにコニス!おめえ等も来たのかっ」
「ルフィ・・・」
「ルフィさん、へそ!呼ばれてもないのに、お邪魔しちゃってます。すみません」
「んん、なんで謝るんだ?謝られることなんて何一つねぇよ?」

本当に不思議そうに首を傾げるルフィ。どうやらルフィは俺達を歓迎してくれているらしかった。
その事にホッと安堵しつつも、俺は気にかけていた疑問を直接ルフィにぶつける事にした。そうしなければ、ずっとこの言い知れない不安が延々と続くと分かっていたから。

「ルフィ。…なんで俺達に声かけてくんなかったんだよ。」
「・・?サンジ怒ってんのか??俺、二人の邪魔したくなかっただけだぞ?毎日毎日、幸せそうに二人並んで帰ってくの見てたら、フツー誘えねぇって!」
「・・そんなの、今まで気にしてなかっただろうが。デートだってのに、無理矢理遊びに連れ回したヤツは何処のどいつだよ。・・らしくねぇ事、言うなよな。」
「しし、そうだなゴメン。今度からは誘うぞ?約束だっ」

ルフィの、独特でそれでいて眩しい笑顔。俺の一番大好きな笑顔を向けてくるルフィに、俺は胸の内がほっと暖かくなった。
穴が空いてしまったと思っていた空虚な部分が、その笑顔一つで満たされていく。

「・・絶対な?」
「おお、絶対だ!」

ルフィは一度約束したら絶対に破らないと知っている。けど、確認するように訊ねたのは、ここ最近のルフィ不足によるものなのかもしれない。
子供の時から、ずっと一緒に居たのだ。着かず離れずな距離を保ってくれるルフィは、俺にとって居心地が良すぎるのだ。


――この関係が、ずっとずっと続けばいい。


「なぁ、ルフィ…」

数日まともに顔を合わせていなかったルフィともっとたくさん話がしたくて、ルフィに一歩近づく。が、

「お、やーっと来たか!」

ルフィは俺の呼びかけに気付かず、昇降口の方へと身体を向けてしまった。
俺から見ればそれは背を向けられた形になり、少なからずショックを受けながらも、ルフィの言葉に疑問符を浮かべ昇降口へと目線を移せば。


「ルフィさーん、待っ、早すぎよぉーっ」

水色の流れるようなロングポニーテイルの大層美人な女性が、ルフィに向かって手を振っていて。
目を丸くした俺に気付いたナミさんが、トントンと俺の腕を突いた。

「彼女、先々週あたりに私のクラスに転入してきたのよ。名前はビビ、仲良くしてあげてね。」
「・・・そう、なんですか。い、いやー、知らなかったなっ!あんなカワイイレディが転入してただなんて…っ」
「アンタはコニスに夢中だったもんね〜」

くすくすと笑うナミさんに、コニスが顔を紅く染めてしまう。
可愛らしい彼女の反応に、しかしサンジは気付く気配がなかった・・・正直、周りに目を配る余裕が、なくなっていたのだ。

《5》