雨よけの消失 3





「ルフィさん、はぁっ、足、速い、はぁ…ですね…」
「あー、ワリー。」
「オマエ、ビビの事呼びに行ってたんだろ?何ブッチギリで置いてきてんだよ…」
「んなこと言ってもよぉゾロ!俺がその辺気遣うタイプに見えるか?」
「胸張っていうことじゃねーよ。」
「そういうオマエも、そこらへん無頓着じゃねーか。」
「あんだと、ウソップ!」
「ビビさん、大丈夫ですか?何か飲み物買ってきましょうか?」
「あ、ありがとうカヤさん…だい、大丈夫、です…っ」

初めてみるビビという名のレディは、すでに他のメンバーとは馴染んでいるらしく自然な様子で振舞っていた。
ルフィの横に、息を切らせながらも笑顔で並ぶビビちゃん…。二人の姿に、ちくりと胸の奥が疼いた。

と、ビビちゃんはコチラに顔を向けて、始めてみる俺とコニスちゃんを何度も見返してから、困り顔でルフィを見つめた。
するとルフィは彼女の意図に気付いたのだろう。ビビちゃんを連れて俺の前にやってきたルフィの笑顔が、何故だか、真っ直ぐ見られなかった。


――俺の、大好きなルフィの笑顔なはずなのに・・・。


「サンジ、コニス!紹介すんな、コイツはビビだっ!で、ビビ。コッチの二人はサンジとコニス、二人も俺の仲間だ!」
「初めまして、ネフェルタリ・ビビと申します。」
「近くに、デッケェ学校あるだろ?アラバスタなんちゃらっていう…」
「・・・アラバスタ大学付属高等学校、な?」
「そう、そこだウソップ。そのなんちゃら学校ってトコから、事情があって転入してきたんだと」
「・・えぇ、そうなんです。」

其処って確か、名前だけはかなりの有名学校だった。とはいえ、有名というのは成金ばかりが集うといわれている学校、というあまり芳しくない評判なのだが…。
ルフィの言葉に表情を曇らせたビビちゃん。・・訳有りなんだろうな、という事は気付けたのでそれ以上掘り返す必要はないと、俯いてしまったビビちゃんの前に手を差し出した。
ハッと顔をあげるビビちゃんにニコリと微笑んで、よろしくと呟けば、ビビは頬を和らげ俺の手に小さく可憐な手を乗せた。ちょっと人見知りな感があるのだろう、伸ばされた手は遠慮がちで少しだけ震えていた。

「よっし、自己紹介済んだな?んじゃ、行くぞみんな!」
「キャッ!ルフィさん待って!!!」
「ちょ、ルフィ!急に走り出すなっ」

本当に簡単な自己紹介を済ませれば、ルフィは待ってましたとばかりにビビちゃんの腕を掴んで先頭切って歩き始めた。
慌ててウソップとカヤちゃんが続き、やれやれと肩を竦めたナミさんとゾロが後を追った。


「・・サンジさん?皆さん行ってしまわれましたよ?」


――が・・俺は、なかなか動け出せずにいた。
仲良く並んで先頭を行くルフィとビビちゃんの姿に、俺は・・・どうしてか、泣きたくなった。


行き先はどうやらボーリング場らしい。
『4人以上でいけばオリジナルストラップがもらえるんだぞっ!!』と、嬉しそうに話すルフィに、ビビちゃんが『そうなんですかっ、私も欲しいです!』と微笑みながら返している。
先ほど俺にみせた妙な反応。どうやらルフィには見せていないらしい。

それがどうにも気になって。だから、俺はすぐ前を歩くナミさんに聞いてしまったのだ。

「ナミさん…あの二人って、もしかして・・・付き合ってる、のかな?」
「ん?ルフィとビビぃ〜…?んーー、どうなんだろ、やたらと仲はいい気がするけど、二人の口からそんな話聞いたことないわね」
「・・そっか。じゃあ別の質問。ビビちゃんて、もしかして人見知りの気があったりする?」
「あー、それはあると思うわ。転入したての頃、ビビってすっごく無愛想だったのよ?なんていうか、人を寄せ付けないって雰囲気あって…。
でもそれって寂しいじゃない?だから、前に今日みたくみんなで遊びに行った時無理矢理ビビを連れて来たのよ。」

“そしたら、ルフィがビビをいたく気に入っちゃってね?あっという間に打ち解けちゃったのよ。”
そう続けたナミさんに、俺は酷く動揺していた。
ルフィは人を引き寄せるのと同時に、相手の警戒心を削ぐことに長けている。閉じられた心を開かせるのが上手いのだ。


――俺も、そうだったから良く分かるんだ。

だから…


もう一度二人に目を向けた。ルフィは以前に貰ったらしいボーリング場のオリジナルストラップをビビちゃんに見せているようで、二人の距離はぐんと縮まっている。
この人形すごくカワイイっ!とはしゃぐ彼女は、とても可愛い・・。ここにいるナミさんやコニスちゃん、カヤちゃんに引けを取らない可愛らしさがあった。

はっきり言って、二人はかなりお似合いだった。
男前だけども、性格が幼くて子供っぽい表情を見せるルフィと、可愛らしい仕草を見せるものの時々大人っぽい魅力を感じさせるビビちゃん。

「恋人じゃねーって方が、嘘に聴こえてくる・・・」
「?? サンジさん?」

コニスちゃんの心配そうな声にも、曖昧な笑顔を向けることしか出来なかった。





――もしも、ルフィに恋人が出来たとしたら。俺は、ルフィに、見捨てられてしまうのだろうか?


絶対不変と信じていたものが、脆くも崩れていくのが分かる。ガラガラと騒々しい音をたてて、それはやがて塵となった。
舞い上がった塵が砂埃となって、俺の視界を悪くする。その向こうに、確かにルフィが立っていて。ルフィは、俺に背を向けて真っ直ぐ奥へと歩いていってしまう。

伸ばした腕が、虚しく宙を彷徨い・・。
張り上げた声は、音になり損ね、ただ空気を震わすだけに終わった・・。



これを、なんと言葉で現せばいいのだろう。

そう、しいていえばこれは・・・・・。




「・・ジさん、サンジさんっ」
「っっ!!」

弱弱しくだが、肩を揺さぶられる感覚に気付いて前を向けば、心配そうに見つめるコニスちゃんを筆頭に俺を不思議そうに見つめる仲間達の姿がいて。

「大丈夫?サンジ君。今日なんだか様子ヘンよ?」
「とうとうイカれたかエロまゆげ。次はテメェの番だ、後がつかえてんだ早くしろ」

膝にクソ重たい玉を乗せられて息を詰めれば今の状況をハタと思い出した。
あぁ、そういえばボーリング場に着いてすぐ、飲み物買ってくると自販機に走っていったルフィ。その後をビビちゃんが慌てた様子で追っていく。そして今、二人は受付の前にいる。種類豊富なボーリング場でしか貰えない限定ストラップを手にとり、どれがいいだのこれがいいだの言い合って・・遠目から見ても、すごく、楽しそうで。


“置いていかれる”・・ルフィの背に、そう感じた瞬間、頭ん中が空っぽになってしまって。
先ほどの光景が再び脳裏に蘇ってくる。


「・・っ!!」
「サンジさんっ!…すごく具合悪そうです、すぐお医者様に・・」
「・・っ大丈夫だよ、コニスちゃん。少しだけ気分が良くないだけなんだ。平気だよ」
「でもっ…!」
「サンジ、ホントに大丈夫かよ。顔真っ青だぞ?」

ウソップの指摘に、顔に出てしまっているのかと気付かれないよう肝を冷やした。周りを伺えば、犬猿の仲であるはずのゾロまで何処となく心配した様子でコチラを見ていて。
この場に居続ければ、いずれボロが出る。いや、もう出てしまっているのかもしれないが、なによりも、俺の異変を、ルフィにだけは気付かせたくなかった。

ルフィに心配されたら・・。
必死に我慢しているものがすべて溢れてしまいそうだったから。


「・・・。っはは、ここに居てもみんなに心配かけちまうだけだよなっ!
無理言って混ざった手前わるいんだけど、先帰らせてもらってもいいか?」
「そうした方がいいわね。サンジ君が体調崩すなんてよっぽどだし」
「あの、私いいお医者様知ってますから、よければ案内しますよ」
「心配してくれるのかいカヤちゃん、嬉しいよっ。でもホント病気とかじゃないから、一人で帰れるよっ」

心配してくれる麗しき女性陣に何とか笑みを送って、カバン片手に立ち上がる。
と、同時にコニスちゃんも腰をあげたので、コニスちゃんはみんなと楽しんで、と立ち上がりかけた彼女の肩をそっと押して再び座らせた。見上げる彼女の瞳が悲しげに揺れる。

「・・でも、」
「たまには仲間同士で楽しむことも必要だからさ。俺ばかりコニスちゃん独り占めしちゃったら、みんなに悪いだろ?」

冗談めかしてまだ納得のいかない様子の彼女にそう言えば、渋々と首を縦に振ってくれた。
ありがとう、と彼女の手の甲に忠誠の口付けを送ってから俺は急ぎ足でその場を立ち去ったのだった。



――幸か不幸か、ボーリング場を出るまでルフィ達に気付かれることはなく。

外に出てから一度だけ立ち止まり、ボーリング場を振り返った俺は深々と息を吐いたのだった…。

END (2011/11/05)


《6》

流れが無理矢理すぎたかなぁ・・と後悔しつつも、
書いていて楽しかった作品です。次の章でラストになります。