雨よけの決意 2





幼い頃から金髪に蒼瞳という大変目立つ容姿をしていたサンジは周囲から浮いた存在で年代の近い子とは馴染めず、忌み嫌われ、そしてついには苛められていたのだそうだ。
苛めといってもあくまで子どもがすることなので、小石を投げられたり靴に砂を詰められたりと、それほど酷い事態ではなかったらしい。
それでもサンジはどうして自分が苛められなければならないのかと疑問を抱き、そして傷ついては、ルフィ家の近所の小さな公園の木の下でいつも泣いてたのだそうだ。


『オメェ、なんで泣いてんだ?』

当時引っ越したばかりのルフィには当たり前だが友達が居なくて。一人でたまたま遊びにいったその公園で、サンジと出逢ったのだそうだ。
最初サンジはルフィもその自分を苛めた仲間だとおもって相当警戒していたらしいが、ルフィが引っ越してきたばかりでサンジ同様友達が居ないと知るとサンジはゆっくりと警戒心を解いてくれたのだ。

『オレ、みんなとちがうから…だからきらわれてるんだ』
『ドコが?ドコがちがうんだ?』
『めとか、かみとか…色が、みんなとちがうだろ?』
『そんだけでいじめられるのか?なんで?』
『だからっ、オレがヘンだから、いけねぇーんだって…!』
『みんなとちがうのがいけないのか?なんでいけないんだ?』
『だからそれはっ……オレにも、分かんねーよっ!!』


サンジはどうして自分が苛められているかが、分かっていなかったんだそうだ。
どうすれば友だちが出来るのか、どうすればみんなとおなじになれるのか。そればかり気にして、ずっと一人、苦しんできたのだという。
ポロポロと零れ落ちる涙が、悲しくて…切なくて。ルフィはどうにかして、それを止めてやりたいと思った。

『いっしょじゃなきゃ友だちになれないんなら、そんな友だちいらねェ』
『・・・。』
『だからオレ、サンジと友だちになりたい!じゃなくて、友だちになろう!』


ハッと顔をあげたサンジの目からは、吃驚しすぎて涙が止まっていた。
大きな青色の瞳に、ルフィの姿がくっきりと浮かび上がる。

『…!!で、でもオレと友だちになったら…オマエもみんなにきらわれるかも…』
『だから、おなじとか、ちがうとか、ワケわかんねぇーこというヤツなんかと友だちになりたくねぇし、いらねぇもん!』


小さく蹲ったサンジに、差し出されたルフィの手。
掴んでいいものかと手とルフィを何度も見返すサンジに、ニカッと笑いかけた。

『今日からオレがサンジの友だちだっ!いいな、サンジっ!』

差し伸べられた手を、サンジはうん!と力強く頷いてから握り返す。
もうサンジは泣いてはいなかった…。




「多分、あの時から好きだった。気付くのはもうちょい後だったけどな…まだ子どもだったし、何よりサンジのことを守るのに必死で、そこまで考えが回らなかったっていうかさ…」

サンジが苛められそうになる度に、ルフィが庇った。サンジは何も悪いことをしてねぇのに、なんで苛められなきゃならないんだと主張して。
それを何度も何度も繰り返すうちに、ルフィの真摯な対応とルフィ自身の持ち前の人懐っこさが功を相して、次第にサンジが苛められることはなくなった。

そればかりか、いつのまにか人気者になっていたルフィを通して、サンジにも沢山の友達ができたのだ。
周りがサンジを受け入れ始めると、ルフィの背中に隠れるばかりだったサンジも少しずつ心を開いていき、苛められてめそめそ泣くようなことはなくなっていったのだそうだ。

「完全に虐めがなくなってから、改めて御礼を言ってきたサンジの笑顔は、今でも鮮明に覚えてる。
ずっと見たくて、見たくて、しょうがなかった。…泣いてる顔なんて、もう二度と見たくなかった。
これで解決したんだって思う反面、同時に俺の役目は終わったんだなって…もうサンジに必要とされることはなくなったんだなって。」

その時初めて、サンジへの友情以外の気持ちに気付いたのだという。
でももうその時には、別の問題が浮上していたので、ルフィはサンジにその想いを告げることはなかったのだそうだ。

「いじめられてた頃もそうだったけど、アイツ女相手だけは今も昔も変わってなかったんだ。まぁ虐めの問題が片付いた後からだんだんと酷くなっていくんだけど。
可愛い子が居た!って駆け出していったとおもったら、次の瞬間その子の手を引いて連れてきてなんて言ったと思う?“ルフィ、オレのフィアンセだっ!”って。
バカだろ?…まだまだガキの時分にフィアンセって…。相手の子も何のことかサッパリって顔して、結局逃げられて…。

…虐められて泣いてたと思ったら、今度は女の子に振られたーって泣きべそかくんだよ、アイツ…」

お役御免だったはずの自分は、再びサンジの慰め役としてサンジの傍にいる事を余儀なくされた。
決して、それは義務ではなかったけど、ルフィがサンジを放っておけるはずがなかったのだ。
あの子の事が大好きだった、どうして振られたのか分からないと泣き続けるサンジを慰め、
元気を取り戻したサンジが一日も経たずに新たな女の子を追いかけている姿を、ルフィはずっと見てきた。

「言えるわけねぇーよ。
アイツが生粋の女好きだってことを、誰よりも身に染みてんだからさ…」

だからルフィは、サンジの望むままの“ただの幼馴染”であろうと決めたのだ。
そうすれば、少しでも長くサンジの隣に居られたから。
一分一秒でも長く、隣に居させてもらえるように。

「酷いこと言ってるかもしんねェけど、サンジって女を見る目が全くねぇんだよなっ。
跳ね返るボールみてぇに、飛んでったと思ったら即効振られて戻ってくるから、俺は幼馴染って居場所にそれなりに満足してたんだよな…」

けれど、
ルフィはそっと顔を伏せた、額を支える手に、力がこもる。

「今度ばかりは、多分もう戻ってこねェ。
コニスなら、そんな跳ねっ返り癖のあるサンジの事も、しっかり受け止めてくれる。
コニスは信頼のおけるヤツだ。何の心配もしなくていいって思える程に、な…。」

だから、今度こそ、俺の役目は終わったんだ。
けれどいざ、この日を迎えてみるとやっぱし辛くてよ…
込み上げてくる何かを、抑えるのに必死で…今日一日、授業はおろか、何にも頭に入ってこなかった…。


最後の方は小声に近くて、なんとか聞き取れたルフィの隠された本音に、ウソップは心を痛める。
無理やり聞き出した感が否めないウソップにとって、ルフィのその言葉はとても重く圧し掛かってくる。
聞いてはいけなかった事かもしれない。ルフィはずっと、それを耐えてやり過ごそうとしていたのだから。

「…それで、どうすんだ、ルフィ?」
「どうもなにも、どうもしねェよ…。
俺はサンジにとって、ただの幼馴染だ」
「でも、それじゃオマエが…」

報われねェだろ…!と、振り絞るように囁いたウソップの目は僅かに潤んでいて。
ルフィの辛い心境を思い、涙脆いこの親友には少々キツいものがあったかもしれない。

「報われなくていーんだ。
俺はサンジが泣かなくて済むんなら、それで満足だ」

それに、ウソップに話したことで、俺の想いは救われたから、と。
誰にも告げられることのないまま、十数年を共にしてきた、大切な想い。
それが今、ウソップに語ることで形を成した。それだけで十分だ、と。

ルフィが微笑うから…。
感謝を滲ませるように、でもドコか悲しげに目を細めて、微笑いかけてきたから…。
とうとう、ウソップの涙腺が崩壊してしまった。

「…ルフィ…うぅ゙…ぅう」
「ちょ、おい、ウソップ泣くなよぉ〜」
「ゔるせぇっ!俺はオマエみたく強くねェんだよ゙っ!
本当はテメェが一番泣きたい癖に、サンジや俺にさえ心゙配かけねぇようにっ、必死で耐えようとしている親友の姿見せられでっ、
泣゙くなっていうほうが無理だろっ…ゔぅ…!!」
「ウソップ……」

心優しい親友の姿に、ルフィは破顔してみせる。

自分は泣けなかった。これは自身が招いた、なるべくしてなった結果なのだから、と。
そんなルフィを知ってか、泣きたくても、泣けないルフィの代わりに、ウソップが全てを背負いこんで友の為に泣いてくれている。
話を聞いても俺には何もできない、何もしてやれないからと、涙を流して訴えてくる。

聞いてくれただけでも有難いというのにこの友は、…ルフィは改めて、ウソップへの感謝の気持ちを深めた。


「じゃあさ、泣けない俺の代わりに、全部流してくれよ…」
「任゙せろバカ野郎ォー!!元々オメェに涙は似合わねェ゙んだ大バカ野郎ォー…!!」

わんわんと本格的に涙するウソップにルフィは逆に微笑ってかえした。
親友が、俺の痛みを全て請け負ってくれた。サンジへの恋心は未だ消えてはいないけれど、それでも痛みや苦痛は幾分か無くなった。



完全に消えてしまう前に、

誰かに話せて、本当に良かった。





靴に履き替え、学校を後にする二人。
気付けば校内はしんと静まり返っており、長い時間話し込んでいたんだなと、改めてルフィは目元をパンパンに腫らしたウソップに感謝する。


「ウソップ、俺さ
“脱・サンジ”作戦、決行しようとおもうんだ」

サンジと距離を、置こうとおもう。

校舎を出る寸前、ルフィは急にそんなことを宣言してみせたのだ。
○○作戦とか…子どもっぽいぞそれ、と喉まででかかった言葉を何とか押さえ、ウソップは鼻を啜りながら心配げにルフィをみる。

「本当にそんでいいのかルフィ…?」
「今日一日かけて、ずっと考えてたんだ。
ウソップが悲しいのとか辛いのとか、全部持ってってくれたお蔭で踏ん切りがついた、あんがとな」

ルフィは、にししと笑ってみせた。その顔には今朝から続いてた暗い面影は感じられなかった。
空元気かもしれない、それでも、自分は少しでも親友の力になれたことを実感したウソップは誇らしげカンジ、それから何をおもったのかドンと胸を叩いてみせる。

「…よぉーーし!その“脱・サンジ君”作戦、俺も協力するぞっ!」
「え、いやウソップ流石に其処までは…」
「明日っから遊びまくるぞルフィ!あ、オマエの部活がない日限定でな?
…でも、二人だけじゃつまらなそうだからゾロも呼ぼうっ、うっし、そうしよう!」
「有難ェけどさ、ウソップ…カヤはどうすんだよ」
「ん〜〜…カヤも誘えたらいいけど…それじゃルフィが」
「そういう意味でなら、俺のコトは気にしなくていいぞ?
ウソップとカヤが一緒にいるとこ見んの、キライじゃねェんだ。けど女がカヤ一人だけじゃいくらなんでも可哀相じゃねぇ?」
「そんじゃ、ナミも誘おう!俺様ナイスアイディア♪」
「…はは、そうだな、ナミも誘ったらカヤも安心するなっ!
久しぶりだな〜〜、皆で遊ぶのっ、明日が楽しみだっ」


さっそく皆に確認だー!と携帯を取り出したウソップに、ルフィはもう何度目かも分からない感謝の気持ちを心の内でそっと呟いた。

きっと一人だったら、こんな風に笑っていられなかっただろう。
俺の不審さに、サンジも気付いてしまうところだったかもしれない。

気付かせてはいけないんだ、俺の想いは。
この想いは、アイツの幸せを壊してしまうのだから。







『なぁ、サンジ』



『ん?なんだよ』



『今、幸せか?』



『野暮な事聞いてくれるなっ、幸せの絶頂だぜっ♪』






それなら、いいんだ。


俺もいつかはきっと、幸せになれる。


俺の幸せは、曇りのない空に差す穏やかな日差しのように。




サンジの笑顔が絶えることのない


そんな未来の中に、あるのだから…−―――

END (2011/09/15)


《3》

誰のものであろうと欲しければ奪い取ってでも自分のものにする!がルフィなのかもしれませんが、
大切なヤツのためなら身を引いてでも尊重する心の強さも、彼にはあると思うんです。そんな彼を囲う仲間達もまた、カッコイイ人達であるはず…。