雨よけの消失 1

※微NL要素 有




―――胸にぽっかりと穴が空いたような、そんな感覚だった。




朝から肌寒いなぁとカーテンを引けば、外は生憎の空模様。
しとしとと静かに降る雨に眉を寄せれば嫌な顔を見せた自分に反抗するかのように、雨足は徐々に強くなっていく。

ひと通り準備を済ませ階段を降りれば、店の方と兼用になっている厨房からいい匂いがしてきた。

「おはよう、クソジジィ」
「チビナス…俺が厨房にいる間は“オーナーゼフ”と呼べと、何度言やァ分かんだ?」
「その“チビナス”って呼び方止めれば考えてやるよ」

カウンター越しにジジィのネチネチとした嫌味に耳を傾けながら席につけば、程なくしてジジィが二人分の朝食を手に席へとついた。
この絶妙なタイミングは流石長年料理をしてきただけのことはあると、常々感心するばかりなんだが口にしたことは一度もない。つけ上がらせたところで一文の得にもなりはしないのだから。
特別会話を楽しむこともなく、黙々と食べ進める二人。僅かに鳴る食器の音に被せるかのように窓の外から聴こえてくる雨音が次第に大きくなっていくのを感じていた。

――早めに出た方がいいな。電車も混むだろうし・・・
コニスちゃんは大丈夫かな…迎えに行ってあげたほうがいいかな?

そんなコトを思っていたら、

「……、…は、最近落ちてねぇようだな。」
「…?なんだって?」
「・・・人の話はちゃんと聞いとけチビナス。まぁ、聞いてなかったんならいい。」
「・・んだよ、どうでもいい事なら文句言うんじゃねーよ。」

うるせぇよクソ野郎。とジジィは鬱陶しげに呟いてから、再び無言になってしまった。
本人がどうでもいいというなら、気にする事はない。…その筈なのに、どうしてか。ジジィの言葉がどうにも引っかかってなんだか落ち着かなかった。


サンジの中に、妙なしこりを残したその発言の意味を理解したのは、その日の放課後だった。



「あーあ。スッカリ晴れちまって…折りたたみ持ってくりゃ良かったな、クソっ…」

午前中の雨が嘘だったように、夕方になった途端カラっとした夕焼けを見せた空に思わず恨み言が漏れる。
と、そこへ俺の独り言を聴いていたらしい人物がからかうように口端を斜めに釣り上げた。

「天気予報見てなかったのかよ、グル眉。午後から晴れるって言ってただろうが。」
「ケッ、たまにしか見てこねぇヤツがたまたま当たった予報で何を偉そうに…。」

これ見よがしに、折りたたみ傘を片手でくるくると回すソイツの名は、ロロノア=ゾロ。
クラスメイトであり俺たちの仲間内の一人もであるのだが、俺はどうにもコイツとはそりが合わないらしく、顔をつき合せれば即口論、もしくは殴り合いの喧嘩に発展する事で校内ではちょっとした有名らしい。
既に教室内では俺たちがいがみ合ってるのを気にしてか、他のクラスメート達がざわついている。先生呼んで来た方がいいんじゃない?という可憐な女性達の小声も聴こえてくるほどだ。
目の前のマリモ頭は気に食わないが、彼女達を悲しませるような事はしたくない。
今にも飛び掛っていきそうな勢いで睨みを利かせていた俺が、渋々ながらも身を引いたことに目の前の男は相当驚いたらしい。

「・・大丈夫かテメェ。今朝肌寒かっただろ、風邪でも引いたんじゃねーのか?」
「うるせぇよ!生憎こちとら病気にかかったことは一度もねぇんだよ!」

いちいちムカつくヤローだ…!!このままマリモ頭を見ていたら、そのうち世界中のマリモを踏み潰してしまいたくなる衝動に駆られてしまう。
一刻も早く、我が愛しのマイハニー、天使のコニスちゃんの笑顔を見て癒されよう、そうしよう!
ルンルンと胸を弾ませ帰り支度をしていると、急に様子が変わった俺を訝しげに見ていたマリモ頭のカバンから高音の機械音がけたたましく鳴り始めた。

「…ココ学校だぞ、せめてマナーにしとけよクソマリモ」
「あ?うっせぇ黙れ」

親切心で忠告してやったのにこのクソ野郎は…。もういい、さっさとコニスちゃんに逢いにいこう!と、カバンを肩に引っ掛けていると、
マリモ頭の携帯に掛かってきた相手はどうやら俺達の仲間内の一人のウソップだったらしく、俺に見せていた嫌悪感そのものの表情から一転させ、普段の無愛想な顔つきに戻っていた。

「今日もか?オマエな、コッチの財布の都合もちったぁ考えて・・・オィ、誰も行かねぇとは言ってねぇだろうが。」

マリモ頭の電話の受け答えを聴いている限り、これからウソップと何処かへ遊びにいくようだった。
男同士で何が楽しいんだか…。つーかウソップ、テメェにはもったいねぇほどの美人な彼女がいるだろうが。カヤちゃん放っておいてなに男とつるんでんだよ。

「あぁ、んじゃ正門の前で待ち合わせな。
…俺のほかに誰が来るんだ?…結局いつものメンバーかよ。」

マリモと長っ鼻の会話に興味がなくなりつつあった俺は、教室を出ようと扉の方へと向かっていた。
のだが、最後に聴こえた“いつものメンバー”という言葉に、思わず歩みを止めてしまう。
そしてマリモ頭を振り返れば、ヤツは仕方がねぇなと呆れ気味ながらも、この後にひかえる集まりを楽しみにしている様子で・・・

「・・おお、今から向かう。んじゃ後でな」

ピッと、電話を切ったマリモ頭が、早々に荷物片手に教室を出て行こうとするものだから、俺は慌ててマリモ頭を呼び止めた。

「お、おぃ、待てマリモ!」
「んだよ、テメェとの話はもう済んだだろうが。コッチは急いでんだよ」

俺を振り切って出て行こうとしたヤツの腕をがっちりと捕らえ、俺はマリモ頭ににじり寄った。

「なぁ、今の電話・・ウソップとこの後出掛けるみてぇな話してたよな?
それもオマエとウソップ以外に他にも誰かいるような口調で・・・」
「それがどうしたってんだよ。」
「・・・誰だ。そのほかのヤツって。」

いや、“いつものメンバー”っていった時点でおおよそ検討はついていたはずだ。けど、・・それならどうして?

「何焦った顔してんだか…いつものメンバーっつったらいつものメンバーじゃねぇか。
ルフィにウソップ、ナミだろ?それにカヤと・・・あぁ、そういえば・・」


マリモの口から飛び出した複数の名前の中で、“ルフィ”の名が一際大きく聴こえたような気がした・・・。





――やっとわかった。
俺の中で、ぽっかりと空いてしまっていたこの空虚な部分の正体。

――それは・・。


黙りこくってしまった俺に訝しげな表情を見せたゾロ。
が、ウソップ達を待たせている事を思い出し、ゾロは再び俺の手を振りほどこうとした。が、暴れだしたゾロの腕を、今まで以上に力強く締める。


「待てよ」
「まだ何かあるのかよ…」
「なんでだよ。」
「はぁ?」
「何で、俺にお声が掛かんねぇんだよ。
いつものメンバーって、ようは仲間内の全員、って事だろうがよ。それなのになんで俺は・・俺と、コニスちゃんには誘いの電話が来ねぇんだよ…」
「そんなの俺が知るかよ」
「今日もか、って事は、もう何度か集まって遊びに行ってるってことだよな?」
「・・あぁ、ほぼ毎週行ってんじゃねーのか?
コッチの小遣いちっとも気にしねぇで誘ってくるから、お蔭で今月は金欠だな。やってらんねーぜ。」


ほぼ、毎週・・?
俺は耳を疑った。そんな事があるはずがない。仲間内で集まるときは必ず全員で集まっていたのだから。


『俺達は一人でも欠けちゃいけねーんだ。全員集まれねーんなら、俺も行かねぇ!』


仲間内の中心的存在であるルフィが、以前カヤちゃんが体調崩して遊びに行けなくなった時に言った言葉だった。
一人でも欠けたら面白くない。楽しめない。そう主張するルフィに、仲間達も同意していた。
その言葉がルフィの唐突な我侭で発せられた言葉じゃないと、彼等は知っているから。仲間一人一人を大切にしているルフィだからこそ、言える言葉なのだから。そんなルフィだったからこそ、自然と周りに人が集まるのだ。


――ルフィが、居るから。

――ルフィが、・・居るのに。


「ルフィは、何も言わないのか…?俺やコニスちゃんが居ねぇってのに。」
「いや?……そういやぁ、アイツには珍しく何も言わねぇな?
メンバー集めてる中心はどうもウソップらしいんだけどよ」
「・・・。」
「まぁオマエ等に気遣ってんじゃねぇのか…?付き合ってんだろ、コニスと。」
「っ!そんならウソップとカヤちゃんはどうなんだよっ!!あの二人も付き合ってんじゃねーかっ!条件は一緒だってのに、なんで俺達はっ!!」
「・・いきなり怒鳴んなよ。」

耳に指を突っ込んだゾロが、本気で嫌そうな顔をしたので一歩後ろに下がりワリィ…と謝った。
一体、どうしたんだ俺。これじゃまるでゾロにあたってるみてぇじゃねーか。

「もう、いいな?んじゃ俺は行くぞ」
「あぁ…。いや、待て!…その集まり、俺やコニスちゃんも飛び入り参加していいか?」
「はぁ?…別に構わねぇんじゃねーか?直接ウソップに訊いてみろよ。まぁ断りゃしねーと思うがな。」
「・・そうだといいが。」

さっさと行くぞ、と俺がゾロの背中を押せば、テメェが引き止めてたんだろうが、とお決まりの喧嘩腰で返してくる。
が、今はその喧嘩に乗ってやる暇はない。一刻も早く、その待ち合わせ場所とやらに向かうほうが先決だった。
途中、コニスちゃんが待っているクラスに立ち寄って事情を話し、快く承諾してくれた彼女を伴って昇降口へと向かった。

階段を降りている最中、俺はずっと考えていた。

コニスちゃんとお付き合いするようになってから、放課後になると毎日欠かすことなくコニスちゃんのクラスまで出向いていた。一緒に帰ろうと彼女を誘うために。
彼女のクラスにはルフィとウソップが居る。それなのに、いつの頃からかルフィの顔をまともに見た記憶がないのだ。確かに毎日会っているはずなのに。
さっき迎えにいった時も、俺はすぐさまルフィが座っている席に目を向けた。絵なのか、それとも文字なのか判別不可能な落書きが残されたその机はルフィの使っているものに違いなかったがやはり其処に主の姿はなくて。笑顔の彼女を目の前にしながら、俺は心の底からガッカリしていた。
最近のルフィの顔が、おぼろげになってしまっている。



――はやく、会いたい・・。

《4》

雨よけシリーズ、消失編です。全3話になります。
王道の展開ですが、こういうベタなカンジが私は好きです。シンプルで分かりやすい…。