「釣れねーなー…」
「そうだなぁ〜…」
「退屈、ですねぇ〜…」
「そうだなぁ〜…」
「俺、眠くなってきたぞォ〜…」
「そうだなぁ〜…」
ルフィ・ウソップ・チョッパー、そしてブルック。
彼等は横一列に並んで釣り糸を垂らし、一向に引く気配のない退屈な釣りに飽いていた。
ある者は釣竿を足に挟み手元では新作兵器の改良に興じ、ある者は優雅に紅茶を嗜む。
そしてある者は穏やかな陽気と静かな波音に誘われて夢うつつと舟を漕ぎはじめた。
そんな何気ない午後のひと時に終止符が打たれたのは、ウソップの第一声によるものであった。
「…おいルフィ、おまえの竿、引いてないか?」
「Zzz…んん、…お!ホントだ」
既に夢の世界へと片足を突っ込みかけていたルフィ。
ウソップに揺さぶられて渋々顔をあげると、ピンと張った釣り糸としなを作る釣竿の先が目に飛び込んだ。クイクイと確かに引っ張られる感覚に、間違いなく何かが掛かっているのを確信した。
だがその引きはとても弱く、容易に巻き上がるリールの感触にも期待はもてそうになかった。
どうやらハズレのようだ。
「なんだァー、ちくしょー!せっかく掛かったと思ったのにっ!」
「ヨホホ!残念ルフィさん」
「こりゃ〜釣り上げたらリリースした方がいいんじゃねぇ?」
まぁ落ち込むなよ、次こそ大物取るぞォー!と渇をいれるウソップに、一同揃ってオー!と返事を返しながらルフィは軽快にリールを巻き上げる。
相手は小ぶりの魚かもしれないが、釣れたことには違いない。サンジのところへ持っていって、料理できる魚であれば何か作ってもらおう。
そんな事を考えていると海面に微かな魚影が浮かび上がってきた。
ユラユラと揺れる黒い影は水面に近づいても大きさは変わらない、やはり小魚なようだ。ルフィはその魚を力に任せて一気に引き上げた。船の手摺りに立って海面にあがった小魚を手繰り寄せようと手を伸ばしていると、網を持ってトテトテと慌てた様子で駆け寄ってくるチョッパーが視界の端に見えた。
ルフィ達が気付かない間に、どうやら網を取りにいってくれていたようだ。心優しい気遣いを有難いとおもう反面、釣り上げた魚がこれでは…とルフィは苦笑する他なかった。
「ルフィー!網持ってきたぞぉーっ!!」
「あぁチョッパーありがとな!でもこの小ささじゃ網はいらね」
と、言いかけたその時。
―――ザバァァァアアアアアアアアアアン!!
突然の大きな波しぶきと共に先ほどの小魚を覆い隠す…いいや、船さえも覆い尽くすような巨大な影に周囲が支配される。
言うならばそれは山。突然現れた山に、チョッパーは悲鳴あげる。
続いてウソップ・ブルックも言葉にならない悲鳴をあげてその場で腰を抜かしてしまった。
「お、おおおぉぉおいいい…
ココ、コココレって、ま、まさか…」
「ま、まさかも…何も…これって、つまりアレですよ、アレ…そうアレしかありません…っ!!!!」
「「「超大型海王類だぁあああーーーっ!!!!」」」
3人の息の合った絶叫に、他のクルー達は何事かと次々に甲板へとやってきた。
そして、目の前に聳え立つ巨大海王類を視界に捉え、唖然と目を丸くするのだった。
「な…なに、コレ…。」
「あら、大きなお魚さんね?」
……顔面真っ青にする人もいれば、あまり驚いてもいない人もいるようで。
そんな中、一味きっての戦闘員ゾロは既に戦闘体勢に移っているらしく腰に差した3本の剣の柄に両手を添えて状況を詳しく理解しようと声を荒げた。
「ウソップっ!一体こりゃどういう事だ!!」
「お、俺達釣りしてて、今ちょうどルフィが、ちっさい魚を引き上げたトコだったんだ…っ…。多分だけど、この海王類はルフィが釣り上げたそのちっさい魚を追ってきたんじゃねェかな、と…っ」
「たた、確かにワタシも見ました…!見る目、ないですけどぉ!…ルフィさんが釣り上げた魚さんにパックンと食らいつく、海王類の姿をバッチリと!」
もしそれが本当ならば、こいつらまた余計なお客を連れてきやがって…とゾロは飽きれるしかなかった。兎も角、なるべく早くお引取り願うしかないと一歩足を踏み込んだ。
いつ襲ってくるか知れない海王類に怯え、慌て、そして臨戦態勢で構えるクルー達。
しかし、
…ある異変に一番最初に気付いたのは2階船尾から船全体を見渡せる位置に立っていた、フランキーだった。
「状況は把握できた。…のはいいんだが、オィ。なんか、足りなくねェか?」
そう。この船に乗ってるのは全員で9名。だがこの場に居るのは8名。
―― 一人、足りないのだ。
「…!!オイ、あれっっっ!!!!」
声を荒げたサンジが指差した先には…。
「あひゃひゃ〜〜っ!どうしよ、ぜんっぜん抜けねェーっ!」
海王類の口元…。小魚を引き上げようとした腕ごとパクリと食われ、食いちぎられることはなかったようだがそのまま歯と歯の間に挟まれ腕が抜けなくなってしまったらしいルフィの姿が…。
「「「「ルフィィ!!!」」」」
「何やってんだよアイツはっ!!」
「…あんな絶体絶命な状況下でも楽しそうだなー、流石はルフィ。」
いくらなんでもポジティブすぎんだろ、とウソップが思わず疼いたツッコミ精神を発揮させる中、
ルフィを捕らえたままの海王類は小魚を得ることで目的を果たしたとばかりに海中へと引き返そうとしていて。
「まずいぞっ、あのままじゃルフィも一緒に海の中だ…っ!!」
「あんのクソ船長!騒動起こすことにかけちゃ世界一だな、たくッ!!」
躊躇なく飛び込んだゾロを追うように、ジャケットを脱ぎ捨てたサンジが続いた。
海王類の巨大さを考慮し援護に回れる者が居た方がいいと提案したフランキーと、なかば無理やり連行されたウソップも続いて海へと飛び込んでいった。
人影が無くなり、シンと静まり返る船内で、ナミとロビンは表情を険しくさせた。
「何事もなければいいのだけど…」
「本当ね…。大丈夫かしら、みんな」
誰しも一度は手を出してしまうであろう記憶喪失ネタです。
あくまでもルフィ、サンジが中心ですが、麦わら一味全員の良さを活かそうと奮闘した作品なので其方にも注目していただければ嬉しいかな…。