「ルフィ!おかえりなさいっ」
「ルフィーーっ!!おめぇ、記憶戻ったんだよなっ、なっ!?」
「おぅ、ただいまみんな!記憶戻ったぞーっ!!」
それから数時間後、ミニメリー号に乗ってロビン・チョッパー・ルフィが戻ってきた。
3人の帰りを、主にルフィの帰りを心待ちにしていたメンバーは先頭をきって甲板に現れたルフィを一斉に取り囲んだ。
心配かけちまったなみんなっと、歯を見せながら満面の笑顔を見せたルフィにウソップはまったくだ!と肩を抱き、ゾロは安心したように頭をぽんぽんと撫でた。
「買ってきた荷物はまだ下のドックに置いてあるの、運ぶの手伝ってもらえないかしら?」
「アゥ!力仕事なら任せとけ!おぃゾロ、オメェも手伝えっ!」
「…仕方ねーな」
「何が“仕方ない”わよっ!!アンタ今日一日中ずっと寝っぱなしだったんだから、それぐらい文句言わず手伝ってきなさいっ!!」
「へェへェ。」
梯子を降りていく二人を見送った後もルフィを囲むクルー達の安堵の声は鳴り止まない。
それだけ、ルフィはクルー全員にとってかけがえの無い存在なのだ。
「それにしてもとんだ“災難”だったわね」
妙に災難という部分を強調するナミの言葉に、ルフィは大袈裟なほどに肩をビクつかせた。
「な、ナミ…オメェ、知って」
「ブルックが教えてくれたわよ?ふふっ、でもまさかルフィが」
「うわぁぁあうわぁぁあーーっ!!待て、待て待てナミっ!!それ以上はっ…っていうかブルック!!いねェと思ってたら先戻ってたのかよっ!!なんでまた余計な報告をっ!!!」
「余計ななどと、とんでもない!皆さんルフィさんの事が心配で仕方が無かったんですよ!?」
「だからってっ……全部、話したのか?」
「えぇ、包み隠さず、ヨホホ〜〜♪」
「・・・・・」
ブルックのなんとも気楽な言葉に、ルフィには珍しく顔面蒼白にしてゆっくりと顔をあげた。途端、ルフィの表情が強張ったのをナミは見逃さなかった。
ルフィの見上げた先にある場所は?と考えればすぐ行き当たる。したり顔でルフィの視線を追えば、そこにはやはり思ったとおりの人物が立っていた。
「サンジくーん、ルフィの記憶、戻ったって〜♪」
「そうらしいですね、良かったな、ルフィ」
「お、おお・・・おぅ…ありがとな、サンジ。」
おや?とナミは首を傾げた。
キッチンの扉の前で腕を手摺りに預け、こちらを見下ろしているサンジに違和感を覚えたからだ。
そこに浮かんだ表情はナミがいくつか想像していたものの、どれとも当てはまらないのだ。
なんというか、無関心。どうでもいいといった雰囲気。けれども視線はルフィから逸らされない。
じっと、まるでルフィに何かを問おうとしているような物言いたげな目をしている。
そんなサンジの視線に晒されるルフィはルフィで、なんだか落ち着かないようにそわそわとしている。
ブルックから“あの話”を訊いた後にしては、なんとも釈然としなかった。
と、サンジはようやく動き出し、くるりと踵を返しながらあぁナミさん、と声をかけた。
「もうすぐ夕食の用意が出来ますんで、他の野郎共にそう伝えておいてください」
簡潔に用件を告げると早々にキッチンへ戻っていってしまった。
その様子に、ルフィを除いた他のクルーは呆然とする。
「…アイツ、ブルックの話本当に聴いてたのか?」
「聴いて、なさそうよね、アレ。」
「でも、もし“あの話”を知っていての反応なら…」
「ル、ルフィ…?」
チョッパーが遠慮がちにルフィのズボンのすそをツンツンと引っ張る。
だが、ルフィはキッチンへと消えたサンジの姿をまだ追うかのように、視線を其処から外そうとしない。閉じられた扉を、悲しげに見つめ続けていた。
* * *
夜の帳も下りて、クルー達がおのおの床に着く時刻。
いつも一番最後に風呂へ入り浴槽を軽く掃除したあと男部屋へ向かうのだが、彼がその足で向かったのはキッチン。そのままキッチンに立ち、何を思ったか明日の朝食の仕込みを始めた。
本当ならすぐに寝てしまいたかったのだけど、昼に一度寝てしまったせいかどうにも目が冴えてしまっており、とても寝れる気がしなかった。
軽く仕込みをして、それでも眠気が来なければ寝酒でも呷って無理やり落ちてしまおう。そんなことを思いながら、手は休むことなく動き続ける。
僅かに開いた窓の隙間から夜風がひゅっと頬を撫でると、サンジは一度手を止めキッチンの扉の窓から展望室の方を見上げた。
「…ちゃんと起きてんのか?アイツは…」
目が冴えてしまっている原因は、単に昼寝してしまったからだけではない。
目線の先にある展望室。其処には本日の不寝番である、船長ルフィがいるはずなのだ。
ここ数日、随分とみんなに(ほぼサンジに)メイワクをかけたのだからと、嫌がるルフィを半ば無理やり不寝番にしたナミさん。
文句を垂れ渋るルフィにナミさんは何か耳打ちをすると、ルフィは真面目な顔をして、あっさり不寝番を引き受けたのだ。
(ルフィに、なんて言ったんだろうか…?)
気になって、仕方が無い。
ルフィの事が…こんなにも。
ルフィに関わる全ての事柄に、異常なほど敏感になって反応する自分。
そして、アイツの顔を見るたびに訊いてしまいたくなるんだ。
“俺の事、まだ好きか?”って。
「…全部、掻っ攫われちまったんだな、あの夜に。」
触れ合った唇から、常識だとかモラルだとか、俺がアイツの想いを否定する全ての概念を、あの口付けが奪い去っていった。
その証拠に、俺は今日一日どこかイラついていて、落ち着かなかった。その癖、ルフィからの接触がないことを、何処か寂しくも感じていた。
もう一度、触れてみたいと思った。
今度は自分から、ルフィの唇に。
答えは出ているようなものだったけど、確認したかったんだ。
自分の中に生まれた、この不確かな感情の正体を…。
「ルフィ…」
ヤローを想って、まるで恋焦がれたようにその名を呟くとか…。自嘲的に笑ってから、サンジは再びキッチンへ立つ。
朝食用に仕込み終えた材料を横に退かし、冷蔵庫から手ごろな肉とパンを取り出した。
ルフィの腹は底無しで、ほぼ一日中腹を空かしている。不寝番ともなればそれは必須事項。サンジはルフィのために夜食を用意しようとしているのだ。
これは以前にも気が向いたら作ってやっていたので、不審がるような事はないだろう。
「…アイツが忘れちまったっていうなら、今度はコッチから攻めてやる」
変わらぬ日常に、突如、降って湧いてきた激情。
たとえルフィの中からその想いが消えてしまっていても、俺は覚えている。
愛してると云われた事も、愛されていると感じた事も。
あれが一体どういう理由で誕生した想いかまでは分からないが、それでも少なくともルフィが俺に好意を寄せている可能性があることだけは確かだと思う。
じゃなければ、記憶を全て失ったはずのルフィにどうして“俺を好き”という気持ちだけが残っていたのかが説明出来ない。
「原因は兎も角、テメェが撒いた種だ。きっちり責任とってもらわねェと」
そうこうしている間に、ルフィ用に作られた特製肉サンドが完成した。ルフィを釣り上げる餌を片手にサンジは意気揚々とキッチンを出た。
さて、不寝番をしているのであれば展望室にいるのが定石、だが…サンジは縄梯子を少し登ったところで、ルフィのお気に入りである船首の先端に目を向けた。
「…居るし。」
まぁ、想定の範囲内だな。
サンジは夜食を落とさないよう慎重に縄梯子から飛び降りてから船首へ向かって歩き始めた。
夜の海には近づくなと、昨日も忠告したばかりだというのにアイツは…。
あぁ、そうか。覚えてないから其処にいるのか…?
「ルフィ。」
「っ!?!!…サンジかー、あぁー吃驚したっ…!」
この反応、軽くデジャブを感じたが、振り返ったルフィの表情は昨晩のように暗く沈んではいない。
にしし、と笑顔を見せるソイツを眩しく感じながら、ほれと、肉をふんだんに挟んだサンドウィッチを見せてやる。
途端、嬉しそうに目を輝かせるルフィに、内心ガッツポーズを決めてからコッチ来いと手招きした。
「うっまほーーっ!」
「食いたいなら其処から降りろ、…たく、テメェはカナヅチだって自覚がねェのかよ」
「んん…あ、そうだった、そうだった…」
「見張りするときは展望室でしろ、いいな?」
「今度からそうする、心配かけてワリィな」
ぴょんと船首から飛び降りたルフィは、肌寒かったのかタオルケットを膝に掛けていたらしい。
昨晩は俺が渡してやってようやく自分が冷えてる事に気付いたというのに、ついつい思い笑いをしてしまった。
急に笑い出した俺を不思議そうに見つめるルフィに、なんでもないと、料理をルフィに渡してから舵輪の前のベンチに腰をおろした。
するとルフィもベンチに座れと手招きしたのだと勘違いでもしたのだろうか、無遠慮に俺の隣に腰を降ろしてきたのだ。
さして広くもないベンチに男二人で腰掛ければ、自然と互いの距離も近づくというもので…。
「お、オィっ!近いって…」
「座っちゃマズかったか?」
「そ、んなことはねェんだけどよ…」
「マズいなら、退くぞ?」
「・・退かなくていい。其処にいろ」
「お、おぅ…」
ルフィの積極的な態度にサンジはドギマギしてばかりだ。…逆に考えれば、ルフィにそういう感情が消え去っているからこそ出来る大胆さ、なのかもしれないが。
昨日のルフィは俺に触れることをかなり躊躇っていた。やっと手を伸ばしたとおもえばガラス細工を扱っているかのように慎重で。
丁寧に扱われたいわけじゃないが、それだけルフィに意識されていたという事実が、俺を苦しめた。