「サンジの飯はやっぱうめぇな、何度うめぇっていっても言い足りないぐらいうめぇ!」
サンジの気も知らないで、ものの数分で完食しまったルフィは満足げに腹を叩いている。
「相変わらず早いな…ちったぁ腹の足しになったか?」
「おお!…あー、正直いうとまだまだ食えるけどなっ」
「ふっ、そうだろうな」
一人だけ動揺してるとおもうと何だか恥ずかしくて、紛らわすようにタバコを取り出した。
二人きりという状況を作り出した口実という名の夜食はあっという間にルフィの腹に収まってしまい、留まる理由がなくなってしまったサンジにとってタバコはちょうどいい時間稼ぎとなってくれる筈だった。
が、黙々とタバコを吹かしていれば自然と会話が無くなってしまう。自ら居辛い状況を作ってしまったことに内心焦っていた。
場を取り成すために何か話さなくてはと思う反面、じゃあ一体何を話せばいい?普段ルフィと何を話していたっけ?という疑問にぶち当たり、結局話題を用意できないでいると、
「なぁ、訊いてもいいか?」
「んっ…あ、ぁあ、何をだ?」
渡りに船とはこのことか、ルフィの方から話を振ってきたのだ。
何を訊かれるかドキドキしながらも、これでようやく会話が出来る、とルフィの次の言葉を待った。
空になった皿を床へと置いたルフィは、どこか落ち着きのない様子でそわそわし始める。サンジは訝しげにその様子を見つめた。
「あーっと…あのさ、今日、ブルック先帰ってきただろ?」
「オマエの記憶が戻ったって、知らせにきた時だろ、知ってるよ」
「・・そん時さ、ブルックのヤツ、なんか余計な事言ってた、んだよな?」
「あー、悪い。俺ブルックが戻ったの確認してすぐキッチンに戻ったんだわ。」
「そ、そうだったのかっ!・・良かったぁ〜」
「・・なんでホッとしてんだよ。」
「いいい、いや…っ、なんでもない!なんもなかった、なんもねぇぞサンジっ!!」
「・・?」
首が千切れるんじゃないかと思うぐらい頭を振りたくるルフィをサンジは疑問に思った。
この反応はどう考えても異常だ。過剰反応過ぎる。まるで俺にはそのブルックの余計な何かとやらを聞かれたくなかったようだ。
そして、ふと思い返してみる。
ルフィが戻ってきて直ぐ、夕飯の知らせのために外へ出ていった時のこと。みんなの俺を見る目がなんだか面白いものをみるような目をしていた気がした。あれと何か関係があるのだろうか・・?
「俺には教えてくんねェのか?その、ブルックがどうのってやつ」
「えっ…だ、ダメだ!教えらんねェっ」
「何でダメなんだよ。・・分かった。今からブルックたたき起こして訊いて来る。ちょっとそこで待ってろ」
「えぇっ!?ちょ、待てサンジ!」
立ち上がった俺を大層慌てた様子で背後から羽交い絞めするように動きを封じたルフィ。
そんな血相変えなければならないほど、全力で押さえなければならないほど、俺には聞かせたくないことがあるのか。
あの様子じゃ、他のみんなは知っているというのに?
・・ヤベェ、またイライラしてきた。
「っ、離せルフィっ!」
「ダメだってサンジ!俺、オマエを困らせたくねェんだっ」
「ここ数日間、さんざ俺に付き纏って…っ…。と、とにかく、十分過ぎる程迷惑かけてくれやがったヤツが何を今更っ」
「だからー!これ以上困らせないように、サンジだけは知っちゃいけねーんだよっ!!!!」
・・・どうして其処まで頑なに隠そうとするんだよ。どうして、俺だけ?
「…なんで、だよ。」
「?…サン」
「どうして、俺だけダメなんだよ。…知りてェっておもっちゃいけねぇのかよっ…オマエの事、もっと知りてェって」
「サンジ、オマエ」
最後の方は振り絞るかのように囁かれた声に、ルフィはサンジを行かないように腰に巻き付かせていた腕を解いた。そして、おそるおそる回り込んで俯いたままのサンジの表情を覗き込んだ。
途端、目を見開いたルフィがすぐに思い詰めたような顔を見せて、ようやくルフィは何かを決意したように顔をあげ、サンジの肩にそっと手を置いた。
「悪かった、サンジ。全部話す。サンジだけ仲間外れにしたりしねぇ。だから、」
そんな顔、しないでくれ・・
「・・・。」
ルフィがベンチに腰掛けて、座るのを促すようにサンジのジャケットの裾を軽く引っ張った。
引かれるままにルフィの隣に腰をおろすサンジ。話す前に一つだけ確認させくれ、とルフィは真面目な顔でサンジに問いかけた。
「…多分な?今から話すことは、間違いなくサンジを嫌な気分にさせるぞ。それでもいいのか?」
「んなの、聞いてからじゃねェと判断できないだろ」
「・・そうだけど、よ」
「いいから。」
早く話せと先を急かすサンジに、じゃあ話すから、とルフィは静かに語り始めたのだった。
それは、今日の昼間に起こった出来事…――――
* * *
『“ブーゲンヒトデ”?』
『そう、そうなんだっ、“ブーゲンヒトデ”っていう海中生物が原因だったんだ!』
そういうとチョッパーはルフィの腕を持ち上げてここだっ!と指差した。
既に完治はしているものの、小さく丸い痕が見てとれるその傷は。
『この刺し傷って、確かルフィが海王類に腕を挟まれて、攫われてしまった時に出来たものよね?』
『うん、この傷はそのブーゲンヒトデが刺したんだ。この辺りの海域に生息する特殊なヒトデなんだ。』
『特殊な・・?今回の記憶障害と、関係があるってことね?』
『そうだ、そのブーゲンヒトデには毒があるんだ。ただ、普通の毒とはちょっと違ってて、精神に作用する、主に脳細胞に影響を及ぼす毒。この島では“催眠毒”って呼ばれてるらしい。』
『“催眠毒”?』
簡単にいえば催眠術が物質化したようなものだと、そう言ったチョッパーは次に用紙を取り出して、みんなが分かり易いよう簡単に図解して説明してくれた。
『記憶は日々更新されるものだろ?増加し続ける新しい記憶は、積み上げられていくばかりの過去の記憶を過って上書きしてしまわないよう、記憶の棚のような場所に、それぞれ音や感覚などで大まかなグループ分けをされて、順々にしまわれていくものなんだ。
今回ルフィの受けた催眠毒が引き起こす症状は、古い記憶はもちろん、新しい記憶さえも無理やり記憶の棚に押し込んじゃって絶対に開かないよう鍵をかけてしまう、そういう暗示みたいなものにかかるものだったんだ。だから、記憶は失ったんじゃなくて、封印されていたんだよ。』
記憶は残っているけれど引き出せなくなってしまっていただけだったから、俺やブルックを見ても気味悪がらなかったんじゃないかな。とチョッパーは言う。
だがそういう事ならば、どうしても疑問が残る。
『でもチョッパーさん。それなら何故ルフィさんは、サンジさんへの恋心だけ、覚えていたのですか?』
『う、うん、そのことなんだけど……』
と、チョッパーは何故か頬をカァーと赤く染めてルフィの方を遠慮がちに見上げる。
その奇妙な様子に、ルフィは首を傾げた。
『あのな、ルフィ…この催眠毒にはもう一つ、効果があるんだ。』
『ん?』
『それはな、この毒は全ての記憶を封じてしまう代わりに、一つだけ呼び起こされる記憶があるんだ。』
『お、おう…』
『それは、だな…。
毒を受けた者が、最も隠しておきたい、秘密にしておきたいと想っている記憶。
もしくは…、毒を受けた者が、最も大切にしている、けれども自覚はしていない、…心の中に秘められた記憶・・・』
チョッパーの言葉に、ルフィは勿論、ロビンもブルックも固まった。
『…え。』
『そ、それって…』
『だ、だからなっ!?
記憶を封じられたはずのルフィに、サンジを好きだって想いの記憶だけが残っていたって事は、つまり…』
――― すなわち、ルフィがサンジを恋愛対象として秘かに想っていたという事になるのだ。
『まぁ、意外な事実が判明したってことね、素敵じゃない』
ロビンはふわりと微笑って、チョッパーとブルックは頬を赤く染めて反応に困っている様子で。
そしてルフィは…ルフィは?
『この島では毎年、旅行者や漁師の何人かがこのブーゲンヒトデの毒の被害に遭ってるらしくって、解毒剤が常備されてたんだ。』
チョッパーは病院で貰ったという解毒剤をルフィに手渡して、これを飲めば記憶が元に戻るぞっ、と瞳を輝かせた。
渡された錠剤を前にルフィが呆然と見つめる。ルフィが今何を思っているのか、ロビンがそれにいち早く気付き、チョッパーに問う。
『ねぇチョッパー、解毒剤を飲んだ後の事なのだけど…。
強制的に封じられた記憶は解放されるとして、それじゃあ無理やり呼び起こされた記憶の方は、一体どうなるの?』
『えー、っと…それは……』
チョッパーの口から語られるであろう“答え”に、ルフィが静かにその瞼を閉じた。