「―― 残るんだってさ。
呼び起こされた記憶は、作られた記憶じゃなく元から自分の中にあったものが表面上に出てきただけだから。…って。」
「・・・・」
吃驚しすぎて言葉にならなかった。
吸っていたはずのタバコはかなり前に床へと落下してしまい、今はかすかに火種の灯火をちらつかせ、灰と化してしまっている。
と、いうことはだ。どうやらルフィは元から俺の事が好きで、
「自覚、なかったのか」
「そ、うみたいだ…」
それを本人は自覚してなくて、その催眠毒とやらがルフィの“秘められた記憶”を呼び覚ました、と。
「つぅことは、記憶が封じられてた数日間の記憶も」
「覚えて、る。」
解毒剤を飲んだことでルフィの記憶はすべて戻ったが、同時に自覚していなかった俺への恋愛感情を知ってしまった、と。
「昨日の晩の事も、含めて、だよな?」
「・・・。」
ルフィの無言を肯定と受け取ったサンジは、次第に湧き上がってくる感情に身を震わせた。
予想外な事態にうまく考えがまとまってくれないが、ひとつだけ間違いないことがある。それは…
「じゃ、じゃあ何か…?
ルフィはその、俺の事…好き、なんだよな?」
「っ!?!!」
ボッ!と赤くなったルフィに、サンジは今度こそ確信した。思えばルフィが照れる姿など今まで見たことがないのだから。
俺に触れることに躊躇い、怯えるようにしていた昨夜とは違い、随分と可愛らしい反応を見せるルフィに自然と頬が緩んでしまう。
「だ、だから言っただろっ!?サンジを困らせることになるってっ!!
あんだけ嫌がってたのに、まだ俺がサンジの事好きだって知ったら…」
「ふーん。オマエなりに俺のこと気遣ってくれたわけか?」
「そうだよっ!!だって俺、オマエが好きなんだぞっ!嫌われたくねェんだもんよっ!!」
ルフィから零れ落ちた“好き”という言葉に、胸が暖かい何かで満たされるのを感じた。
なんだよ、昨夜のルフィ…あんな、一生の別れみてぇな態度取りやがって。騙されたじゃねーか。
失ったわけじゃなかった
消えてしまったわけじゃなかった。
元からあったルフィと、内なるルフィが一つに混じり合っただけの事。
俺への恋心しかなかったルフィとは違う・・
今俺の目の前にいるルフィは・・・。
「…なんだよ、この手。」
「む、無理やり云わせておいて、なんのご褒美もナシとか、酷いだろ…?」
「俺と手つなぐのは、テメェにとってご褒美になるのか?」
「なるっ!!」
この、自分の思うままに行動する大胆さ。それはまさしく欲しいものは奪ってでも手に入れる、そんな強引さを持ち合わせたルフィ本来の姿。
とはいえ、昨夜以外は大胆不敵に行動していたような気もするが、それはむしろそれしか頼るものがないといった必死さの方が強く感じられた。
でも、今は違うんだ。自分の欲するままに行動し、相手の都合などお構いなしに、全身で、俺への想いを伝えようとしている。
「ダメって言っても、離してやらないからな?」
「オイオイ、ずっとこのままかよ。飯作るときとかどうすりゃいいんだよ…?」
「だ、誰も飯の時間になるまで繋いでろとは言ってないだろ!
もう少ししたら離すから、俺から離すまでは繋いでて…欲しい。」
「・・・ヘェヘェ、了解しました」
それでもやはりルフィは多少遠慮はしているらしい。
まぁあれだけ邪険に扱ってきたのだから仕方のない反応といえる。
だが、しかし。ルフィは勘違いしている。
もう遠慮する必要はないんだ。
俺の気持ちも、ルフィの気持ちと同じになったのだから。
そのことを、どうやって伝えればいいものか…。
すっかり俺に嫌われてると思い込んでいるルフィに、“いやー、実は俺もオマエのことが好きになっちまったよー”なノリで返しても、絶対伝わらないだろう。
かといって意識しすぎて、レディー相手に愛を囁くようなやり方でも、おそらくルフィには伝わらない。抽象的な言葉はまず通じないと思っていい。
とすれば、残された方法はやっぱ、アレしかないか。
「ルフィ、立て。」
「…うぉ!?なんだよサンジ、いきなり引っ張んなよっ…って何処行くんだ?」
「直ぐ其処だ、シャンと歩け」
そうしてサンジはルフィを階段の所まで連れて行き、其処に居ろとルフィを降りる直前の所で立たせ、自分は一段階段を下りてルフィに振り返った。手は、繋いだままだ。
段差の所為でサンジの顔が目線の少し下に見える位置来たとき、ルフィはハッとした。どうやら気付いたらしい。繋いだ方の手を手摺りに乗せると、ルフィの指はびくりと小さく震えた。
「覚えてるんだよな、この位置。この距離。」
「忘れるわけ、ねェよ…。」
この場所で、キスしたんだ。昨日の今日で、忘れるはずがなかった。
あんな事をした手前、未だルフィがサンジを好きだとバレれば、今度こそ近寄ることすら許してもらえないだろうと覚悟していたのだから。
「もうすんなよ、って言いたいのか?」
「・・・さぁ、どうだろうな」
「んん、サンジって案外酷いヤツだよな…おれ、めちゃくちゃビビってんのに、この状況ではぐらかすとか」
繋がれた掌に、じんわりと浮かぶ汗。この後何をされるのかと、ルフィは本気で怯えているらしい。
フッと吹き出してから、サンジは背伸びしてルフィを間近で見つめる。
うわぁっ!と奇声をあげたルフィはそのまま一歩後ろに下がろうとしたが、繋いでいた手をギュッと握り締めることで動くなとアピールしてみた。
「う、動かねェけど、…近いぞ、サンジ」
「いーんだよ、近くて。」
「俺がダメなんだよっ!一体何がしてェんだよホントもぉーーっ!!」
とうとう我慢の限界に達したルフィがジタバタと暴れだしたので、そろそろ良いかとネタばらしをする事にした。
「この距離でいいんだ。…ったく、オメェはよぉ。
全身全霊で押してきたと思えば、急に引きやがって…何処で覚えたんだよ、そんな大人な駆け引き」
「はぁ!?何のことだよっ」
「しかもやっと引いたかと思えば、ラストにとんでもねェ大逆転かましやがって。」
「何のことだよ、全然わかんねぇよサンジっ」
「まぁ、それはもう済んだ事だ。大目に見てやるとして・・・テメェが奪ったモンだけは、返してもらうぜ」
言ってから、サンジは片方空いたままの手をルフィの後頭部に伸ばして、強引に引き寄せた。
近づいてきたルフィのソレに、サンジは躊躇いなく重ね合わせた。
昨夜と違うのは、重なりあった其処から水音が漏れ聴こえてくることぐらいだろう。
「んっ!…んぅ、ふ、…ンぁ、…ん」
ルフィが驚いているのが繋がった場所から伝わってくる。
舌先でルフィの歯列を擽ると、ギュッと瞑られた目尻を震わせた。
奥に引っ込んだままのルフィの舌をやんわり絡み取って誘い出すと、ルフィはおずおずと舌先を伸ばして俺の誘いに乗ってくれた。
唇を少し離して舌先だけを絡ませてルフィを見つめる。
ギュッと閉じられたままの瞳に、サンジは後頭部を押さえていた手をずらして、親指の腹で目尻にできた皺を撫でた。
気付いたようにルフィが僅かに瞼を開いてサンジの青い瞳を見つめ返した。
―― 互いの視線が交わる
困惑を浮かべたルフィの瞳に、サンジは舌を絡ませたまま、そっと目を細める。
「ルフィ、」
「っ…サンッ……ンゥ!!」
その、存分に甘さを含んだサンジの声音に、ルフィは今度こそ何かを感じ取ったのだろう。
何か言おうとしたルフィを、サンジは再び強引に唇を奪う事で阻止した。
漏れる吐息すら惜しい。
奪われたものは余す事なく返してもらおう。
(むしろ、お釣りがくるよな、これ。)
ようやく身体の力を抜き、ぶらんと垂れ下がったままだった手を此方に伸ばそうとしているルフィに、今度こそサンジは瞳を閉じた。
―― 一段と強い風が、吹く。
首に掛けられた麦わら帽子が大きな音を立てて揺れ動く。
思わず身体が揺らいでしまいそうな強風…けれど二人は、口付けを止めなかった。
例え、厚く降り積もった雪さえも吹き飛ばしてしまうほどの突風に見舞われたとしても、今の二人は動じないのだろう。
繋ぎ合わせた手は固く結ばれた。腰に回された手は微動だにしない。
揺らぐ必要などない、想いは一つに重なったのだから。
浚風 サライノカゼ
(嵐は通り過ぎ、)
(季節は移り行く。)
(白く覆われていた大地は、嵐と共に過ぎ)
(露わとなった地面から、季節の変わり目を知らせる新芽が、顔を覗かせていた…。)
END