「サンジ、おやつまだか〜?」
「今やってるとこだ、…邪魔すんなよ?」
「うっ…バレてたか」
速度を落とすことなくズンズン近付いてくる足音に、まもなく背後からの奇襲攻撃を受けると察知したサンジの判断力は素晴らしいものがある。
標的に先手をうたれた刺客はしぶしぶ後退し、大人しくカウンターへと着席したようだ。
振り返らなくても、頬をぷくーっと腫らして口を尖らせむくれている姿が安易に想像できる。サンジは相手に聞こえぬよう注意しながら吹き出した。
前のルフィなら問答無用で飛びかかってきた筈だ。実際そうだったのだから。食い物を前にしたヤツの意地汚さはコックである自分が一番把握している。
なら何故今はそうしないのか?不機嫌になりながらもサンジの云うとおりに従うのは何故か?
答えは、つい数週間前に導き出されている。
(俺を恋人として意識してくれてる、って自惚れてもいいんだろうか?)
好きな相手に抱き付いてしまえば、ただオヤツを要求にきただけでは済まなくなるだろう。ルフィがそうでなくとも、俺はまず間違いない。断言できる。
ルフィとはなるべく同じ時間を共有したいし、くっつかれれば離したくなくなる。
好きだ好きだと散々騒いでいたのはルフィの方なのに、今では俺の方が好きの比率がデカくなってるんじゃないか?と疑いたくなるほどだ。入れ込み過ぎんだろ…。
「なぁサンジ〜、まだか〜?」
腹の減りすぎか、もしくは邪険にしたことに腹を立てているのか、ルフィの声に不満が滲み出ている。
溜め息をついたサンジは、けれども楽しそうに頬を緩めてルフィを振り返った。
目が合うと、やっとコッチ向いたと途端ルフィに笑顔が戻った。ああ、後者だったか…と、愛されてることを再認識し、喜びを隠そうともせずサンジはルフィの真似をするかのようにニッと笑ってみせた。
「んー?サンジ、なんだか機嫌いいな〜」
「まぁな。良いことがあったからじゃね?」
「しし、そっか!サンジが笑ってるとおれも嬉しくなるぞ!」
「へぇ〜?」
オヤツに使う生クリームの入ったボールをカウンターに一旦置いて、カウンター越しにルフィの前で腰を屈め、顔を突き出せと指先を曲げて合図を送った。
まるで悪戯しようとする子供のような表情をしているサンジに、ルフィも何されるんだろう?とワクワクした様子で首を伸ばした。サンジの顔がどんどんアップになっていくのに気付いたルフィは軽く目を見開いてからそっと瞼を閉じた。
キスは目を閉じてした方が感覚が鋭くなってより敏感に相手を感じられると教えてくれた恋人は、言葉通り何度もルフィの唇の感触を楽しむように啄んでは離れ、再び押し当ててくる。
甘く柔らかいお菓子のようなキスをしばらく堪能して満足したらしいサンジが、ゆっくりと遠ざかる。その気配にルフィが目をあけると目尻の辺りをほんのりと紅くしたサンジが居て。てっきりオヤツ作りに戻ったとばかり思っていたルフィが小首を捻る。
「…どうした?」
「なぁルフィ、単刀直入に訊くけど。」
「おぅ?」
「俺を抱きたい?」
「おぅ!」
「……今の即答から察するに、意味履き違えてんなこりゃ」
サンジがヤレヤレと呆れているとルフィは あぁ!と何かに気付いたように顔をあげた。
「エッチのことだったか?それならそうと言ってくれりゃすぐ解ったのによぉ」
「・・・驚いた。ルフィの口からそんな卑猥な単語が飛び出してくるなんてコッチは微塵も思わなかったな。」
「ムッ、ガキ扱いされてる。」
「だってオマエ興味なさそう、ってか実際ないだろ?」
「まー、確かに無かったぞ?でも、今はもう違うからなっ」
「それは暗に、俺をどうにかしたいとか、思っちゃってるワケか?」
ルフィの耳許に口を寄せながら窺えば、当たり前だとルフィらしい直球な答えが返ってくる。
一切包み隠すことのないルフィの愛にサンジはそうかと満足げに腰をあげる。
再びボールを手に取りシャカシャカと泡立て器を回し始めたサンジにルフィは困惑した。
「サンジは、その、したくないのか?」
「ん〜、どーだろうな?」
「何だよそれぇ、おれちょっと期待したのに〜」
「ハハッ残念だったな〜♪」
最後にトトンと小刻みにボールの縁を叩いて冷蔵庫の中から出した平たいスポンジ生地の上に生クリームを敷き詰める。
それから色鮮やかなフルーツを散りばめ、サンジはルフィに声をかけた。
「そろそろ出来るから、みんなに声かけてこい」
「…サンジ〜、さっきの続」
「俺の頼み、ルフィなら快く引き受けてくれると思ってたんだがなぁ…」
「……行ってくる」
「おぉ♪流石は俺のルフィ、愛してるよ〜」
愛してるという言葉にルフィはハッとなって舞い上がる。話を逸らされたことにまったく気付けないまま元気よく飛び出していったルフィ。
バタンと大きな音を響かせ閉じられた扉に、サンジはくるりと勢いよく冷蔵庫の方を向き、額を押し当て顔を隠すように両手を頭上で組み合わせた。
――…危なかった。
あのままルフィが傍にいたら我慢出来なくなって場もわきまえずルフィを襲う所だった。
「俺は、ルフィに求められてんだな…」
それが嬉しくて堪らない。
感極まって取り乱してしまいそうになるほどに、いまやルフィが好きで好きで仕方がないのだ。
「ベタ惚れ過ぎんだろ、いくらなんでも」
はぁ…と大きく息を吐いてから体を反転させ冷蔵庫にもたれかかりながらタバコをくわえた。
「…とりあえずは次の島までお預けだな。
ルフィが俺を欲しがってくれてんのはわかったけど、あのルフィがヤロー同士のやり方を知ってる筈がねェ…」
俺でさえ、なんとなく使うであろう場所は解る程度の知識なので、いざって時に胸を張ってアイツをサポートすることは出来なさそうだ。
「まずは参考書。次に船医からのヤロー同士に関する正しいアドバイスを貰うまでは、おさわり程度、良くてフェラ止まりだな。」
忘れられがちだが基本的にサンジもヘンにおバカさんな子なので、神聖なキッチンで真面目な顔をして至極下品な計画を立てる自分に気付いていない。
勝手にサンジの予定に組み込まれたチョッパーもいい迷惑である。
兎にも角にも、
「サンジっみんなに声かけてきたぞっ」
「おお、エライエライ。んじゃご褒美やるからコッチ来い」
「んんっ先にそこのロールケーキ食わしてくれんのかっ!?」
「違ぇよ。
もっとクソ甘ぇモン、喰わしてやるよ」
お二人が幸せそうでなによりです。
“クルー一同。”
(頼むからイチャつくならもう少し一目に触れない場所にして欲しいわ)
(…はぁ、こりゃ明日も悪夢にうなされそうだぁ)
(俺ぇ、二人に性教育なんてしたくねぇぞぉ〜〜〜っ)
(つぅかルフィ、案外早かったな)
(おぅ、みんな下のアクアリウムバーに居たからなっ!)
(・・・あ。
リフトんトコ、開けっぱなしだった。)
リフト部分を通して1F〜2Fの会話が筒抜けになってしまうのはゲームソフト、アンリミテッドクルーズで把握しております
余談ですが、本編で出てきたブーゲンヒトデというのは、『ブーゲンビリア』という花の名から来ています。花言葉は“秘められた想い” もう、お分かりですね?