「なぁ、サンジ…ダメか?本当に」
「ダメだ!何度も言わせんなっ」
「だって、俺サンジの事が…」
「っ…だから、いい加減にしろっつってんだろうがクソ野郎ォオーー!!」
どれほど拒絶しようとも一向に離れないルフィに、サンジは苛立ちを隠すことなく、思い切り右足を振り上げる。
次の瞬間、吹っ飛んでいくルフィを冷たい眼差しで見送り、サンジはキッチンへと姿を消した。
―――あの日からまた数日が経った。
ルフィの記憶が戻る兆しは未だないものの、その後の航海は順調そのものだ。
記憶のないルフィを前線に立たせるわけにもいかない今の状況では、とても有難いことだ。
ルフィからの唐突なサンジへ愛の告白に、まぁ当たり前だが皆固まったわけで。
いや今それどこじゃねェから!とウソップのツッコミが入るまで、一体何秒かかったのだろうか?
結局その後、サンジ以外のクルーによるルフィの変化は得られず
記憶を失った当の本人はといえばずっとサンジの事を見つめ、時に手を伸ばして触れようとする。
サンジが好きだと、その言葉以外話せなくなってしまったのではないかと危惧されるほどに、ルフィはサンジへの想いを伝え続ける。
ルフィが単純に友達として好きといってるわけじゃないことは誰もが直ぐに気付く。あんなにも愛おしそうに触れる相手に友情として好きだ とは言いがたかった。
だが、勿論のことだがサンジにその気はない。急にルフィから求愛されても困るわけで。ルフィが悪いというわけではなく、単純にオトコをそういう目で見たことがない。というか見られるわけがない。
サンジは自他共に認める女好きで、自分以外の男は毛嫌いする部類に属している。旅を共にする“仲間”は例外なだけだ。
信頼のおける仲間達を毛嫌いするはずはない(性格からして気に入らないヤツはいるとしても。)
だが、それ以上の想いを抱かれるのでは、話は別になってくる。
『俺にははヤローの趣味はねェんだよ!』
サンジはその日のうちにハッキリと断った。
気色悪ィことを言い出すなと、キッパリと断ったはずだった。
けれどルフィはそんな事お構いなしで、その日からサンジへの猛アタックが始まる。
目が覚めてから眠りにつくまで。延々サンジの後を追いまわして、惚れた腫れたと繰り返してはサンジに邪険にされる。
今まで言葉で言いくるめて決して暴力に訴えるようなことはしてこなかったサンジが、今日とうとうキレたらしい。
まぁあれだけ毎日しつこく迫られれば、辟易するのは当然のことで。
「ルフィ、いい加減あきらめなさいよ
サンジ君相当カリカリしちゃってるじゃないの」
二人のやり取りを上から見ていたナミは壁に大の字の凹みを作って倒れるルフィに話しかけた。
が、そのままの体勢でルフィは何がいけないのだろう?と首を傾げていて、ナミの声が聞こえていないらしい。
「どうしてあんなに怒るんだろ…」
「…それはオマエがアイツの言い分、一切聞かねェからじゃねーのか?」
「あ…ゾロ?ワリィ、昼寝の邪魔したか…?」
ルフィが寝転がるその先に胡坐を掻いて寝ていたらしいゾロ。騒音に起こされたゾロの機嫌は大変悪く、片目をあげてルフィを睨み付けた。
記憶がなくなってからというもの、多少の違和感はぬぐえないものの普段どおりに接してほしいというルフィ直々の希望を、ゾロは忠実に守っている。
なによりいまさらルフィ相手に他人行儀になるというのも難しくて。
ゆっくりと腰をあげ、転がったままのルフィの襟首を掴んで座らせるとゾロはルフィの前に再び胡坐を掻いた。
「いちゃつくのは勝手だが、もう少し静かに出来ねェのか…」
「だって、俺サンジの事が好きで…」
「それは分かった。もう耳にタコが出来るぐらい聞き飽きたって…ったく、あのグル眉の一体何処がそんなにイイんだか」
「全部可愛いだろ、サンジって。」
「いや知らねェよ、つぅか知りたくもねェよ!」
くわっと怒りだしたゾロにルフィはコトリと首を傾げる。こういう子どもっぽい仕草をするルフィの方がよほどゾロにとっては可愛げがあるのだが…。
まさかそんなことを思っているとは微塵も気付かないルフィは、眉を顰めてなにやら深く考え込む。
「サンジは、俺のことキライなんかな」
「嫌ってはいないだろうが、オマエの好きとアイツの好きが一致しねェのが問題なんだろ?」
「一緒じゃねェなら、同じにすればいいだけだろ?」
「まぁ、間違っちゃー、いないんだけどよぉ。その考え方は単純すぎやしねェか…?」
とにかくオマエは強引すぎんだよ、と呆れ顔でいうゾロにルフィはどうしたら相手に想いが伝わるのだろうかと考え込んでしまう。
うーんと唸りながら項垂れていくルフィの頭をぽんぽんと叩いてから、ゾロは立ち上がり新たな寝床を探し船内へと向かっていく。
ルフィはその背を見送った後、甲板に大の字を描きながらゴロリと寝転んだ。
「強引、なのか…俺。」
起きたら、何も覚えていなかった。自分の名前すら、分からなかった。
俺の傍らに座っていた、医者を名乗ったケモノは、自分がこの船の船長で、海賊をやっていたのだと教えてくれた。
医者から聞かされる“俺”の情報に耳を傾けながらも、何処か他人事のように聞こえて仕方がなかった。
記憶があった頃の“俺”を知らないのだから。到底その話が自分のことだとは思えない。
慌てて飛び出していったかと思えば、扉の前に大勢の人の気配を感じて。
ぞろぞろと入ってくる他の人間達を眺めていても、誰が誰だか分からない。思い出すこともない。
でも彼等は“俺”を知っているようで、凄く心配そうな目を向けてくるのだ。
―――俺は“俺”じゃないのに。
順番に自己紹介されて、顔と名前を一致させるのにかなり時間がかかった。
正直、今でも曖昧だったりするので、“俺”を知る皆には申し訳なくおもえてくる。
そんな中、唯一…サンジだけは直ぐに覚えられた。
覚えられたというより、知っているような気がした。
夜の海のように深く、朝の空のように輝くその瞳に自分の姿が映った瞬間、カチリと何かが外れるような音が確かにしたのだ。
それは、探し物が見つかったときのような感覚。
何もなかった俺には、その想いがたった一つの《記憶》だったのだ。
「だから、大事にしたい。
…もう二度と失ってしまわないように、」
その《記憶》だけが頼りだった。縋りたかった。
孤独だった。…苦しかった。