「おーい野郎共っ、島が見えたぞーっ!!!」
展望室の窓から顔を覗かせたウソップがある方角を指差す。
それほど大きくはない島がある。が、其処には港らしき海上の玄関口が存在しており人は住んでいる事が窺い知れた。
その様子にナミはフランキーを呼びつけて指示を出した。
任せとけ!とフランキーは気持ちよい返事をして芝生甲板にあるハッチを開いて下へと降りていく。
ナミは他のクルーを集めてこう切り出した。
「いい皆、予定していた通りこの島には補給のみ立ち寄ることにするわ。
見た感じ、有益な情報を得られそうな感じじゃないし。私達みたいな海賊が上陸して混乱させたくないわ…。
ということで、買出しに出るメンバーを編成してミニメリー号を使って街に上陸。足りない物資を調達して、帰還後そのまま次の島へ出航しましょう!」
ログポースの指針は維持しておきたいから、私は船に残るとして…そう呟いたナミが最初に視線を向けたのはロビンである。
「あら、ご指名かしら?」
「えぇロビン、貴女が行ってくれると助かるのだけど…」
女性にしか分からない必需品というものがあるでしょ?と、目で訴えかけるナミに、ロビンはあぁ、と納得し微笑った。
「そういうコトなら、いいわよ」
「ヤッタ♪ありがとっロビン!…それじゃあ後は…」
再びナミの視線が左右に動く。そして視線がひとまわり下へとさがり
「チョッパー、ロビンのお手伝い、頼める?」
「おぉおお俺かっ!?…うん、分かった!俺、荷物持ちするよっ」
二人目に指名されたチョッパーは、大役を任されたぞ!と胸を躍らせている様子。
あと念のために、荷物持ち兼用心棒に二人ぐらいいればいいかな…?と、ナミはある人物に視線を向けた。
本来、買出しといえば真っ先に自分が行きます、と名乗り出てくる筈の人物。ロビンが行くとなれば、俄然、立候補してくると予想していたのだが…。
しかし、サンジはナミの視線に一切気付かず、それどころか会話の内容すら聞いていたのか怪しくおもわれるほど、明後日の方を向いたままぼぉーっとしている。
それ以前に、サンジの表情に浮かぶ疲労の色は濃く、とても買出しについて行ってくれと頼める雰囲気ではなかった…。
それも仕方が無いことなのかもしれない。ルフィの度を越えた愛情表現に、疲労困憊のサンジの姿をここ数日見てきたのだから。
フェミニストな彼がナミとロビンの為だけに振舞うティータイムの時間でさえ、紅茶を入れるタイミングを間違えたり、カップを落としそうになったり、彼らしくない失敗を何度目にしたことか…。
どうにかできないものかと、ナミは閃いた。
サンジではなく、神妙な顔つきで島を見つめたままのルフィに声をかけた。
「ルフィ、貴方も一緒に行ってくれる?」
「……俺か?俺で、いいのか?」
それは暗に“記憶を失ってる自分”なんかでいいのか?と問われているようで…。
「何言ってんの!記憶がどうなっていようが、ルフィはルフィよ!」
「ふふ、そうよルフィ。貴方にとってもいい気分転換になると思うわ。一緒に行ってくれるかしら?」
ロビンの助け舟により、ルフィはあまり乗り気ではないようだが渋々了解してくれた。
残りはゾロに、とおもい顔をあげるが先ほどまで居たはずのゾロの姿が何処にもない。
「…剣士さんなら、さっき船尾の方に向かったわ。“寝てくる”って」
「アイツはいつから寝ることが仕事になったのよぉおおおお!!!!」
自由すぎるわっ!ていうかロビンも止めてよ!と鬼の形相と化したナミにチョッパーがギョッと慌てふためき、ロビンの足にしがみ付く。
怖がるチョッパーを宥めながら、ロビンはそれならブルックを…と指名した。
「ヨホホ♪ワタクシご一緒しても宜しいんでショウか?」
「…そうね、ブルックなら十分強いし、役目を全う出来るという意味では一番信頼高そうだし。」
「このワタクシめにドォーンっとお任せくださいっ!あ、叩く胸、無いんですけどねヨホホォーー♪」
スカルジョーーーク!ヨホホホホ〜〜〜っ♪
くるくると踊り始める骸骨に、一発蹴りでもお見舞いしてやろうかと、込み上げる怒りを必死に抑えるナミ。
一度、深く深く溜め息をついてから、それじゃあ!と仕切りなおす。
「ロビン・チョッパー・ルフィにブルック!買出しメンバーはこれで決まりねっ
後のメンバーはこの4人に買ってきて欲しいもののリストを出かける前に渡しておくこと!!ウソップ、フランキーにもこの事伝えておいて。サンジ君もそれでいいわねっ!?」
おう、分かった!と、ウソップはフランキーを探して船内へと戻る。
それを合図に、買出しのリストを受け取るまで自由時間だと、他のクルー達もそれぞれの場所へと戻っていった。
のだが、サンジは未だ考え事に耽っているらしく反応がない。
あの女性好き、ナミ好きを堂々公言しまくってるサンジがナミの声を聞き逃しているのだ。流石にナミも心配になってくる。
今度はもっと距離を詰めて、とナミはサンジへ近づき
「サ ン ジ く ん ??」
「…っ!?!!わ、ナミすぁぁんっ!?!!何この近距離っ!!なァんでこんな近くにいるのぉ〜〜♪」
ようやく気付いたサンジが、ナミを捉えた途端普段どおりのメロリン状態になった。
あぁ、心配して損した。ナミはすぐさま距離をとった、迅速に。
距離を置かれた事にとても残念そうなサンジに、ナミは訝しげにサンジを見る。
「さっきの話、聞いてた??」
「…えぇと、ゴメン。全く聞いてなかった。」
珍しく素直に白状したサンジに疑問を持ったものの、ナミはもう一度先ほどの決定事項をサンジへ伝える。
サンジは買出し当番ではないこと、必要な食材をリストアップしておいて欲しいということ。
それから、ルフィが調達側のメンバーにいて、暫く船を離れるというコト。
サンジがもっとも動揺してみせたのはそのことだった。
「アイツ、あ、ルフィね。…自分から行くって言ったんですか?」
「いいえー、あんまり行きたそうじゃなかったけど、其処は強引に押し切ったわ」
「それはまた、何故?」
「決まってるじゃない、サンジ君のためよ。」
「…俺の、ですか?」
「顔に出てるわよ。“疲れてます、休ませてください”って。
あの件からずっとルフィがベッタリで、ゆっくり出来なかったでしょ?少しの時間でも、休められるようにとおもって。
今後、ルフィの記憶がどうなるかは私達には分からないし…このままずっとだったら、そのうちサンジ君倒れちゃいそうで見てらんなかったのよ」
ただでさえ普段から給仕や洗濯なんかもしてくれてるんだから、たまには思いっきり羽伸ばしなさいっ!
バンっと叩かれた背によろけながらも、ナミの気遣いに感謝しきれないサンジ。
ひらひらと手を振って階段を下りていったナミもいなくなり甲板に一人佇むサンジ。
静かになったその場所に立っていると、どうしても…あの時のことが思い起こされる。
「………。」
唇が重なり合う、感触に。
頬を撫でる、感触に。
相手は男だ。男にキスされて嬉しいわけがない。むしろ気持ち悪い。吐き気がする。
じゃあ何故あの時突き飛ばさなかった?どうしてキスされた後も、暫く俺はアイツのされるがままになってた?
『梳くたびに煌く金色の髪も』
『吸い付きそうな滑らかな白い頬も』
『青く揺れる瞳も』
『タバコと香水が入り混じった体臭も』
一つ一つ、言葉と共に指先で触れて、好き、だと呟かれて。
最後にはギュッと抱きしめられた。
離したくないな…と困ったように囁かれて。
一体何分そうしていたのだろう?
急に夢から醒めたように、ルフィは俺を解放して、そのまま男部屋へと降りていった。
『サンジ、…おやすみ。』
部屋に入る前にかけられた言葉が、今でも耳に残っている。
「…どーかしちまってるな、俺。」
何を感傷的になっているのだろう自分は…と苦笑をこぼし、サンジはその足で食料庫へ歩き出す。
足りない食材をリストアップする為に。
決して開けてはならない“何か”から、逃げるように……。