食うか、喰われるか 1





「ネェ、サンジ君?このあとヒマ?良かったらワタシとぉ、デート、してくれない?」

猫なで声でそう擦りよってきたクラスメートの彼女は、オレにその豊満な胸部をちらつかせて見せる。
シャツの隙間から伺い知える谷間を前に、オレは二つ返事で答えた。

「いいともさっ
キミのような魅力溢れるレディに誘われて断るヤツなんていないよ!」
「わぁーい、ありがとっ♪早速なんだけどぉワタシ見たいお店があってぇ〜」
「迎えが来てる筈だから其処まで運転させよう、帰りもモチロン送ってあげるよっ」
「サンジ君ってば、やっさしぃ♪」

彼女はオレの腕にキュッとしがみつく。必然的に弾力のある柔らかい感触が肘の辺りに感じられて思わずだらしのない顔付きをしてしまうところだった。危ない危ない…
彼女を連れて教室を出ようと扉の前に行くと、男共が出口を塞ぐようにして内と外とで談笑していた。

「おぃ。クソ邪魔だテメェら退け。」

壁を思い切り蹴れば、男共は眉をひそめてブツブツとなにかを言いながらも道をあけた。
文句がありそうな顔をしているが、コイツらに用がなくなったオレはさっさと教室を後にした。

「…アイツ感じ悪いよな」
「ちょっと金があるからって図に乗りやがってさ」
「女侍らせていいご身分だこと」
「どうせサイフ扱いなのになっ!ハハハッ」

好きに言ってろクソ野郎共。テメェらの僻みなんざ、耳を貸す価値すらねぇんだよ。

自分が同性に対してどう思われてるかぐらい自覚していた。だからどうなんだ?同性に好かれたって何のメリットもねぇだろ?ヤローに割く時間がありゃ女を口説きたい、構いたい、愛したい。
金目当てだろうが、それがどうしたっていうんだ。金なら腐るほどあるんだ、使わない方がおかしいだろ?金のねぇ貧乏人どもはそこで一生妬んでろよ。

背後で此方を睨みつけているであろう男共に、フンと鼻で笑って早々に立ち去った…。







     食 うか、喰 われるか





「フィ…、ルフィっ」

強く揺さぶられて重い瞼をゆっくりあげると、色鮮やかな緑のネクタイが最初に目に飛び込んできた。
自分のつけている赤のネクタイと違うことにぼんやりと気付き、ようやく相手が1年先輩で、友人でもあるナミだと分かった。

「zzz、んぁ?…あれ〜、ナミだぁ、どしたぁ〜?」
「どした〜じゃないわよ!もう5時回ってんのに何でまだ教室に居るのよっ」
「んん〜……ん!?ホントだ、誰も居ねぇ!?!!」
「アンタってヤツは…」

本当にマイペースよね、とナミは呆れ顔を浮かべた。
ルフィはというと、窓の外に目を向けて おお夕日出てんぞ、ナミ!と、興奮気味でわかりきった事を改まって報告してくるので、

「見りゃわかるわよアホっ!」

渾身の一発をお見舞いしたのだった。

「アンタねぇ…部活がない日だからってちょっとダレ過ぎよ?」
「ん〜、んなこと言ったってよぉ、寝てないと腹が減るんだもんよ〜」
「だったらせめて寮で寝ればいいじゃない!」
「窓の外から夕飯のニオイがして、逆に目ぇ冴えちまうんだよっ!」

ハァーと、ナミが頭に手を当てる。ルフィの言い分も分かるが、こうして風紀員の活動でわざわざ一年の階を見回りさせられている私にこれ以上仕事増やさないでよ…と愚痴りたい気持ちを抑え込み、ナミは努めて平常心でルフィに訪ねてみた。
・・・返ってくる答えは、おおよそ検討がついてはいたが。

「家からの仕送りは?」
「……。」

と、ルフィはポケットを探り、手の中のものを机に出した。
チャリンチャリンと何枚かのコインが落ちる。

「…確か、2週間に送られてきた筈よね?」

封筒の中には万札の姿もみられ、何か奢ってよ、とルフィにせびった記憶がナミにはあったのだ。
毎月に一度、特別食費代としてルフィの実家から送られてくるそれは、彼の尋常ならざる食欲を満たすのに欠かすことのできない、云わば生命線なのである。それなのに、

「もう小銭しかないじゃない!ちゃんと計画立てて使いなさいってあれほど言ったのにっ」
「だって、食いたくなるもんは仕方ねぇだろ?」
「あと半月どうすんのよ!…ってこれも毎回訊いてる筈なんだけどな。」

言ってる間にも、ルフィの腹に巣食ったケモノはけたたましく唸り声をあげていて。
心配してやってるというのにルフィは一向に学習してくれないのだ。ナミは呆れる他なかった。

「まぁ時間になれば寮のご飯が食べられる訳だし、死にはしないから問題ないんだけど?」
「いやっ、おれは死ぬぞぉ、このまんまじゃ絶対死ぬぅ」
「……もう、しょうがないわね!
さっき調理室の前通ったらなんかイイ匂いがしてたわよ」
「…!!」
「調理部の誰かがまだ残ってるんじゃない?おこぼれに預かってきたらどう?」

先ほどまで机でだれていたのに、食い物にありつけるかもしれないと分かった途端、機敏な反応を見せるルフィにナミはやれやれと肩を竦める。

そしてルフィはナミに“いつもの”をしてから、教室を飛び出していった。

「ナミ!おめぇ本当いいヤツだなっ!行ってくるっ」
「はいはい、行ってらっしゃい」

あっという間に見えなくなった背中にナミは、ふぅと息をついた。

「まったく、あの人もとんでもない育て方したものだわ。いい加減慣れたけど…」

さて戸締まりを…とナミが教室を見渡した時、そういえば…と小さく呟いた。

「今日木曜よね?…もしかして調理室に居たのって…」

しまった。とナミは頭を抱える。そしてルフィにゴメンと謝った。

「ありつけそうにないわよね…残ってるのが彼じゃ…」

再び廊下に顔だけ出してルフィが走り去った方角を見つめる。明日何か埋め合わせしてあげようと心に決めながら。


《1》

若干長編気味の学園モノ系ルサン小説になります。
こういうルフィとサンジの出会い方も、あったら楽しいかなって…!