「ナミさん自ら進んでお茶に誘ってくれるなんて、今日のオレはなんて幸せものなんだっ!」
「誘ってませんから。」
「…冷たいナミさんも素敵だぁ〜〜♪」
魂の抜けてしまっていたサンジを無理やり覚醒させたナミは、彼を連れて調理室に来ていた。
いつも通りの女にだらしがなく調子のいいサンジに戻った彼は、自宅から調理道具一式を持ち込んでいるのだと棚から、それはそれは学校という場には不釣合いすぎる豪勢なティーセットを調理台に出した。
そして、そのまま彼は手馴れた手つきで次々と準備し始める。事前にティーポットに湯を注いで暖めたり、煮立てる時間も細かく計っていたりと、喫茶店でしか見たことがないような本格的な容れ方で持て成そうとしている彼を、ナミは多少見直した。
今までナミからみるサンジの印象は、単なる軽い男というイメージしかなかった。
女の子であれば誰に対しても甘く、気に入られるためならばどんな都合のいい男でも甘んじて演じようとする彼を、正直好きにはなれなかったからだ。
だからナミも都合のいいときだけ相手をし、これまで甘い汁を吸わせてもらっていた。向こうはそれでも喜んでいるみたいだったから、別に悪い事をしている気はなかった。
が、そんな印象の悪い相手でも、目の前で茫然自失になってしまわれてはほっておくにおけなくて。
ルフィの方にはウソップが付いている。いざとなればゾロも力になってくれるだろうから。
「はい、ナミさん♪お茶請けは作り置きしてあるクッキーでいいかな?」
「ありがとうございます、先輩」
ふわふわといい香りを漂わせるティーカップに口をつけながら、ナミはサンジの様子をこっそり伺ってみた。
ナミの前ではカッコイイ男を演じなければと平静を装っているらしい彼も、たとえばナミの気がカップへと逸れたと思ったその瞬間、必ずボロが出る。
案の定給仕を終えて前の席に腰掛けたサンジは、肘を調理台に置いて遠くの方を見つめる。その表情には覇気がなかった。
「・・ねぇ、サンジ先輩」
「ん、なんでしょうナミさんっ」
声をかければちゃんと反応は示してくる。
視線も此方に合わせてくるのだが、何処か上の空だ。
「聞いちゃマズかったらごめんなさい、・・ルフィと、何かあったんですか?」
「・・・“ルフィ”って、あの黒髪の一年の名前?」
「え、えぇそうです。“モンキー=D=ルフィ”って」
「・・ルフィ、か」
サンジは、何度もルフィという名を噛み締めるように呟いてから、急に思いつめたように此方へ顔を向ける。
「ナミさん」
「は、はい?」
「アイツの好きな食べ物って何かな?」
「えっ」
「デザート系とか、サラダ系とか…ジャンルでいうなら何が好みか分からないかな?
和風とか、洋風とか、中華とか、そういう大雑把なものでもいいんだ。知ってたら教えて欲しい・・」
「ちょ、ちょっと先輩そんないきなり」
まさか、急に真面目な表情をしたかと驚いたのも束の間、訊かれることがルフィの好物だとは露にも思わなかったナミは思わず困惑してしまう。
が、サンジは調理台に両手とついて、ずいと身を乗り出して更に詰め寄ってこようとするものだから、
「待ってサンジ先輩!答えるから、その前に落ち着いてっ」
「っ?!ゴメン、ナミさん!びっくりさせちゃったねっ」
両手でサンジを押しのければ、サンジも自分の強行的な行動にハッと気付いて慌てて椅子に腰を降ろした。
紅茶を一啜りしてから、落ち着きを取り戻したナミは、どうしてルフィの好物を知りたいのかをサンジに訊ねてみた。
するとサンジは眉を顰め、息を詰めそのまま押し黙ってしまった。
「余り話したくない事なんだ。…オレの恥曝しになるだろうからね。」
「そう、ですか。」
「ナミさんには絶対に迷惑かけない。それだけは誓うから」
「“は”って事は、ルフィには迷惑かけるって事でしょうか?」
「っ・・」
再び黙りこくってしまったサンジに、ナミはキッと睨みつける。ルフィを苦しめる者がいればたとえ先輩であろうが容赦はしないという意味を込めて。
既にルフィの調子を乱してしまっているサンジは、ナミにとって信用するに足る相手ではないのだ。
「・・多分、かける事になるとおもいます。」
「だったらっ」
「でも、どうしても知りたいんだ!どうにかしてキッカケを作りたい・・
アイツにオレの料理を食わせることが出来れば、オレが失ってしまった何かが、きっと分かる気がするから…」
「失ったもの・・?」
“おめぇの作った飯だけは、絶対に、死んでも食わねぇ!!”
たびたび蘇ってくる記憶は、サンジを幼子のように震え上がらせた。
けれどその恐怖感が一体何処から来るものか。どうしてそこまで怯えなければならないのか。サンジにはそれが分からないでいる。
「前に、ある料理人から言われたんです。
料理人として心から尊敬している相手で、同時に、家族同然に接してくれた大切な恩人です」
「・・・」
「オレはあの場所にもう一度帰りたいんです。
あの頃に、戻りたいんです……。」
だからお願いします!と深々と頭を下げるサンジに、ナミは目を見開いた。
普段女の子の前で見せるチャラそうな先輩の姿は、ここにはない。
同性相手に易々と啖呵を切る鼻につく先輩の姿も、ここにはない。
あるのは見えない恐怖に怯え、必死に縋り付こうともがく幼い子どものような先輩。
これが、本来のサンジ先輩なのかもしれない。ナミはそう思った。
どんな経緯があったかまでは分からないが、おそらくルフィが彼に何かしらの衝撃を与えたのだろう。ルフィは良くも悪くも、人に影響力を与える存在だから。
そのクセ、本人にはその自覚がまったくないときている。友人として傍にいる身としては、少々困り物な長所なものだ。
兎にも角にも。
こうしてまた一人、ルフィに良くも悪くも惹かれる者が増えてしまったようで。
ナミは内心、呆れながらも笑みを溢した。
「頭あげてくださいサンジ先輩、それぐらい教えてあげますから」
「っ!いいんですか、ナミさん・・・?」
「えぇ、美味しい紅茶のお礼ってコトで。」
「オレとしては有難いことですが、でも急にどうして?」
「んーー。
そうね、しいていえばフェアじゃないから?」
「・・は、はい??」
ふふっ、とナミは意味深に笑ってそしてサンジの方に身を乗り出した。
「意味はもう暫く後になってから気付くとおもうわ。……ライバルは、多いほうが燃えると思わない??」
「・・えっと、どういった意味でしょうか・・?」
「あ、ルフィの好物は肉よ?」
「え、急に!?」
サンジは慌ててメモ帳を取り出したようだが、ルフィの好物=肉でほぼ間違いないのでそれ以上アドバイスは出来ないわ、と答えれば軽く肩を落としてガッカリしたようで。
そんなサンジにナミはまた吹き出して、クスクスと笑い声をあげた。
彼が失った何かとやらは、意外とすぐ其処まで出てきているのかもしれない。
そんなコトを思いながら・・・。