あぁ、やっぱりか。
予想していた通りの反応に、サンジは今すぐこの場から消え去りたい衝動に駆られた。
ルフィはオレの持つおにぎりを指差しながら、それはもうひどく可笑しそうに笑い出したのだった。
「あひゃひゃひゃっ!!な、おにぎり、っはははははっ!!!!
ひぃーーっ、はらっ、腹、痛ぇっ!!!あはひひっ、あひゃひゃひゃっっ!!!!!」
・・違った。大爆笑だこれは。
ルフィの反応に比例するように、オレの元々低めに設定されている沸点をあっという間に超えていった。
誰に対しての怒りだろうか?ジジィか?それともルフィか?いや、素直にアドバイスに従った、オレか・・?
兎に角、この怒りをどこかにぶつけなければ気が済まなかった。
しかしこの場には、バカ笑いするルフィとオレと、この状況の元凶である、おにぎりしかないわけで・・。
カッと頭に血が昇ったサンジが、手に持ったおにぎりを振り上げる。
瞬間、バカ笑いしていたルフィの目の色が変わった。
「っ・・!!!」
――いけない。このまま、地面に叩き付けたりした日には・・っ
振り下ろされかけたその手を、サンジは逆の手でパシッと防いだ。
(何をやっているんだオレは…また同じ結果になってしまう所だったじゃないか…!
何のためにオレはこのおにぎりを握ってきた?何のために、今まで努力してきた?)
止めた方の指先が、懸命に落ち着けと訴えかけている。
力が入って青白くなってしまっているサンジの指先を見て、ルフィは意外そうな顔を見せた。
「捨て、ねぇんだな」
「・・もう、捨てたりしねぇよ。」
「・・・そっか。」
サンジの言葉に、ルフィはほんの少しだけ表情を和らげた。
ゆっくりと降ろされる、その手に乗ったアルミホイルの包みを、ルフィは両手で抱きこむように手に取った。
サンジが、勢いよく顔を上げる。今まで一度だって、手を伸ばす事はおろか、視界に入れることさえ嫌がっていたルフィが…
するとルフィは、両手で支えたおにぎりに向かってニコリと笑いかける。
「良かったなー、オマエ。捨てられなくてよ。
こんな美味そうに作られたってのに、食べてもらえないまま終わるなんて、淋しいよな。」
「・・おまえ、いま、美味そうって・・・」
「んん?あれ??
おれオマエの飯は絶対食わねぇって言ってただけで、今まで一言だってオマエの料理を“まずそう”と言ったつもりねぇぞ?」
ほら、調理室ん時もそうだっただろ?と返され、サンジはハッとする。
そうだ。あの時もルフィはオレの飯を美味そうだと言っていた。あわよくばゴミ箱から拾い上げてでも食いたい、とまで。
「おれが嫌だったのはさ、いくら自分が作ったものだからって簡単に投げ捨てちまってたのが気に入らなかったからだ。」
「・・・一応、信じられねぇかもしんねーが言っとく。あれから一度たりとも食材はおろか完成した料理さえも、粗末に扱ったことはねぇ」
「おお。今の見たら、信じられる。」
と、ルフィはアルミホイルの包みに手を伸ばし、おにぎりを一つ持ち上げて、下から覗き込むように眺めた。
「すっげぇキレイな形してんなー、これ。エースもよく握り飯作ってくれるんだけどよ、泥んこ遊びで作ったようなまん丸でさ。大きさもバラバラでひでぇんだ。
けど、エースは作ったおにぎりの中身の具が何か、ぜってぇ教えてくれねーんだ。食ってからのお楽しみって。それが宝探ししてるみてぇで楽しくてさ…!」
「・・・そうか。」
「あ、さっきは笑っちまってわりぃな。バカにしたつもりは全然なかったんだぞ?」
「・・・気にして、ない。」
「あひゃひゃ、そりゃ嘘だ。さっきスゲェ顔してたもんよ!今にも爆発しそうだったもんなーっ!」
其処まで来てサンジはあれ?と首を傾げたのだ。
オレとコイツ、いま普通に話してないか??あれだけ嫌われていたはずの相手が、目の前で笑っていて、思い出話に花を咲かせている。
「な、なぁ…オマエ、怒って、ねぇのか?」
「なんで?」
「いや…なんつーか。急に態度が変わったような気がすんだが…違うか?」
「あーーー。そういうことか。だっておれもう怒ってねーし。」
「はぁっ!?!」
ルフィの言い分は、オレが飯を粗末に扱う事が単に気に入らなかった。
けど、今はそうじゃない。だから、怒ってないと。
「いくらなんでも単純過ぎんだろっ…!?
オレの事が気に入らないとか、そういうんじゃなかったのかよっ」
「気に入らなかったし、どちらかといえばキライだったぞ?」
「うっ…。」
「でももう済んだ事だ。これからは食いモンを粗末にする気はねーんだろ?だったら何も問題ねーじゃんか」
あまりにあっけらかんと答えてくれるもんだから。
今までの苦悩とか、ルフィの言葉に傷ついたオレの心情だとか、もう色々とぶつけてしまおうかと口を開いたその瞬間。
ルフィは手にもっていたオニギリをひょいと、自身の口の中へと放り込んだのだ。
「・・・・・・くった、」
「もぐ…ん?食ったぞ?食っちゃまずかったか??」
キョトンとした様子で口をもごもごと動かすルフィ。
その様子を、サンジは目を瞠ったまま呆然と眺めていた。するとルフィがおにぎりの中身に気付いて、ほよよと頬を緩めたのだ。
「すげぇこれ、中身、肉だっ!!!!しかもちょ〜柔らけぇ〜…っ
―― 超うめぇ!!!!!」
ルフィの口から飛び出した、その言葉にサンジはようやく喜びが込み上げてきたのだった。
やっと、やっとルフィに、食ってもらえた。料理というには少々物足りないものではあったが、それでもサンジが夜遅くまで頭を悩ませつづけ食べてもらえるようにと願いを込めながら懸命に作ったオニギリを、ルフィは食べてくれたのだ。
「・・っ…クソ、なんだよっ、これ…」
「どうした??急に顔伏せちまって・・・」
「オィ!いまはオレの顔見んなよっ・・大人しくソレ食ってろっ・・」
「お、おぉ・・遠慮なく食うぞ?全部食っちまうぞ??」
「オマエの為に作ったんだ、全部…食えばいい・・・」
――― こんなにも。
自分の料理を食べてもらって、嬉しいとおもった事は今まであっただろうか?
美味しいという賛称の言葉は、これまでにも飽きるほど聴いてきたはずなのに。
今まで聞いてきた美味しいという言葉がまるで偽りだったんじゃないかと疑いたくなるほど、ルフィの口から漏れた美味いの一言は、サンジの心隅々にまで響き渡った。
そしてふと、サンジは初めてゼフに自分の料理を認めてもらえた時のことを思い出した。
クソ不味い、人間の食えたものじゃないと、散々な云われ様をしてきた自身の料理。なんとしてもゼフを唸らせたくて、料理の腕を磨く事に躍起になっていた。
そして、やっと自分でも納得のできる味が出来てそれを一番初めにゼフに振舞ったのだ。
『どうだ、ジジィ!今回のは自信作だぜっ』
『・・・・まぁ、よく出来た方じゃねーか?』
『なんだよソレ!うまいならうまい!って言ってみせろよなっ』
『あぁ?何勘違いしてんだチビナス、やっと人が食える程度には成長したって意味だぜ?調子にのるなよチビナスッ』
『あんだと!!クソーっ、憎たらしいクソジジィめ!!!!』
結局、『美味い』の一言は貰えなかったけれど、あの時のジジィの顔は今でも忘れない。
ギャンギャン騒ぐオレを窘めるように、そのゴツゴツとした大きな掌で頭を撫でてくれたことも。
あれが素直じゃないジジィなり褒め方だったと気づくまでにかなりの時間が掛かってしまったけれど…今、オレが感じているこの想いは、あの時ととてもよく似ていた。
自身の料理を褒められることが誇らしくて、でもそれを素直に受け入れるのがなんだか照れくさくて…。
「なぁ・・それ、美味いか?」
「おおっ!めちゃくちゃうめぇな!この握り飯っ」
「・・・そうか。・・・本当に美味いか?」
「うめぇぞ?…、なんでそんなに聞き返すんだよ?」
「何度でも、訊きたくなっちまうんだから仕方ねーだろ…、オマエからの“うまい”の一言がよ、」
―― こんなにも、心地良いんだから・・・・。
訝しげに此方を見つめるルフィ。その両手には、オレが作ったおにぎりが握り締められていて。
その光景を見つめるサンジは、今まで誰にも見せたことのないような…満面の笑みを浮かべ、幸せそうに微笑んだのだ。