“おめぇの作った飯だけは、絶対に、死んでも食わねぇ!!!!”
「っ・・!!!!」
ガバっと飛び起きたサンジ。背中を這うように流れる嫌な汗に眉を顰めた。
カーテンを引き窓を開ければ、まだ夜も明けてまもない時刻なのだろうか?早朝の、どこか澄んだ風がひんやりと冷えて気持ちが良かった。
が、寝覚めは人生で1,2を争うほどに最悪で、再び思い出してしまった悪夢にサンジは表情を歪ませた。
気持ちを切り返るためにもシャワーでも浴びようかと、バスローブを片手に自室を出た。
無駄に広い屋敷の中をサンジは迷うことなく目的地へ向かって突き進んだ。
途中、屋敷で働く給仕やコック達とすれ違っては、おはようございます坊ちゃんと声をかけられるも、サンジはそんな彼等には目もくれずただひたすら歩き続けた。
「はぁ…」
シャワーのコックを捻り、出てきた熱い湯を頭から被れば、不快だった寝汗が一気に流されていく。
髪の毛を掻き揚げて湯を払えば、新たに降って来る湯が再び髪を濡らしていった。
「・・・・・・クソッ」
シャワーを終えてさっぱりした筈なのに、サンジの表情は浮かないものだった。
・・消えないのだ、どうしても。あれから結構な日数が経っているにも関わらず、だ。
何度も、思い出す。思い出したくないはずなのに、記憶が勝手に呼び起こす。
“おめぇの作った飯だけは、絶対に、死んでも食わねぇ!!”
あの、一年ボーズが残していったあの言葉を・・・。
誰がヤロー相手に好き好んで食わせてやるかっ!とあの時は怒りに満ち溢れていた筈だ。
けれどそれは日を追うごとに薄れていき、だんだんと虚しさが胸中に渦巻きはじめ、今では、悔しいとさえ感じてしまうようになった。
「・・・なんなんだよ、あのクソ野郎・・っ」
『てめぇに、おれの戦場(キッチン)に踏み込む資格はねぇ。とっとと帰れ!!』
オレの両親は実業家で常に世界中を飛び回っているため、家に戻ってくることは殆どなかった。ガキの頃から執事長の爺さんを中心に、多くの給仕やメイド達に囲まれ育ってきた。
肉親の愛というものを知らず育ってきたオレは、随分と可愛げのない少年だったと思う。
そんなオレを変えたのが、両親が贔屓にしていたというレストラン【バラティエ】という店だった。
毎年1度だけバラティエを貸し切って行われる食事会。両親もその時ばかりは必ず顔を出していて、オレはどれもこれも同じようにしかみえない大人達に辟易していた。
そんなガキのオレを見かねて、相手をしてくれたのがバラティエオーナーであるゼフと、其処で働くコック達だった。
友達と呼べる相手が殆ど居なかったオレにとって、バラティエで過ごす時間はとても有意義で、楽しいひと時だった。
歳を重ねるにつれて、食事会以外でも自分から店を訪れるようになったオレを彼等はいつだって歓迎してくれた。
そうしているうちに自然と将来の夢は、彼等と同じような料理人になりたいと思い始め。
ゼフに土下座覚悟で頼み込んでなんとか許しを得て見習いとして厨房に入れてもらい、面倒くさがりながらも詳細に料理を教えてくれる彼等の背を、サンジはがむしゃらに追い続けていた。
純粋に料理人への道を真っ直ぐ進んでいたガキの自分が其処にいた。
それが捻じ曲がってしまったのは、いつ頃からだったのだろうか。
気付いた頃にはコック達から忌み嫌われていて、オーナーゼフからは店への立ち入りさえも禁じられてしまっていた。
自分の何がいけなかったのか、その頃のオレにはさっぱり分からない。・・正直なことをいえば今でも分からないままなのだ。
『てめぇが失っちまったモンを自分自身で見つけるまではここに来るんじゃねぇ!てめぇの顔見てっと、ヘドが出るっ』
憎まれ口を叩いてばかりのクソジジィだったが根は面倒見が良くて、懐が広く、時には優しい一面もあった。そんなクソジジィにそこまで言わせるほど、どうやらオレは何かを見失ってしまったらしい。
まず最初に思いついたのが、オレの作る料理に何か問題があるのではないか?だった。
家では給仕達の目があるため、調理部が休みの日を利用して持ち込んだ食材を使って和洋中問わずありとあらゆる料理を作ってきてみたものの答えは見出せないまま。
完成する料理はいつだって完璧だったし、試食と称して麗しいレディ達に食べてもらったが、皆一様に美味いと言ってくれている。
どれだけ数をこなしても、オレが求めるものに行き着かないジレンマ。
焦りと苛立ちばかりが自分を追い立てた。神経が焼き切れてしまうんじゃないかってぐらい、オレの精神は限界に近かったのだ。
そして例のあの日・・・
“おめぇの作った飯だけは、絶対に、死んでも食わねぇ!!”
そう、あのクソガキに言われた瞬間、身体中に電流が走ったような気がした。
名も知らない、猿のような動きをするあの1年ボーズ。腹ん中に何か飼ってるのか?と言いたくなるぐらい、すさまじい腹の音をあげていたあのガキ。
アイツのあの言葉が、ただ闇雲に迷走し続けていたオレに強烈な印象を植え付けていった。
具体的にそれが何かだなんて説明は出来ない。それでも、もしかしたら・・という可能性を、感じずにはいられなかった。
「・・な、わけねェよな、絶対」
そう何度も言い聞かせてはみるのが、だったらどうしてこう何度も思い出すんだ?
ただの1年坊の恨み言に、どうして其処まで過剰に反応してみせたんだ?
夢にまで出てきて、魘されるほどに・・・
「・・・チクショー!」
サンジは近くの壁をドンッと強く叩いた。
ギュッと握り締められた拳が、彼に渦巻く激情がいかに根強いかを物語っていた。
そしてサンジは握り締めていた手をゆっくりと解き、学校へ向かう準備をするため、自室へと戻っていく。
“おめぇの作った飯だけは、絶対に、死んでも食わねぇ!!”
あの時の、アイツの表情を何度も思い返しながら・・・。