食うか、喰われるか 12





「・・・・ぇ・・。」
「しししっ、お礼のちゅーだっ!!」


いや、一字一句丁寧に説明されなくても判ります。と、すぐに返したい気持ちは山々だったが、思考回路が完全にストップしてしまって復旧に当たるので精一杯だった。
とにかく柔らかく、そしてほんのりと熱をもった何かが、頬に当たって…。その瞬間、ちゅ。っと音がした。…ちゅ。……ち、ゅ…。



・・・・・・・・。



『ーーーっっ!!?!?』


声も出ない悲鳴をあげたサンジはガバッとルフィから1mぐらい距離をとると、ちゅ。っと鳴った方の頬へと両手を宛がいながらずるずると床へと崩れ落ちていった。
その表情は怒りで上った熱量をはるかに上回り、耳まで真っ赤に染まった顔と緩んでいた涙腺から再び溢れた涙で瞳を潤ませてただただじっと、ルフィの方を見つめるばかり…。
ルフィはどうしてそんな反応を見せるのか不思議で仕方がないといった様子で眉を寄せている。

「あ、あれ…?なんかヘンなことしちまったか?おーい、サン」

一歩サンジに近づこうとしたその時、突如調理室の扉がガラッと音をたてて開いた。
これにはサンジもどうしようもないぐらい慌てまくり、調理台の影にサッと身を隠そうとしたのだが…。


「お、ゾロだ!」

ルフィのその一言に眉がピクリと動き、熱に浮かされた表情をさっさと引っ込め、ガバッと勢いよく立ち上がった。
眉間に濃い皺を作り、侵入者を威嚇するかのような眼差しを送るサンジ。何故ならサンジは、“ゾロ”という名に嫌と言うほど聞き覚えがあったからだった。
今にも食ってかかりそうな眼差しを送られているにも関わらず、まったく気にしない様子でズカズカと調理室に入ってきたゾロはルフィの前に立つと拳を作ってルフィの脳天めがけて振り下ろしたのだった。

「ぁイテっ!!」
「フランキーが血眼になって探してたぞ」
「…あ!しまったっ…フランキーにサボってくるって一言いうの忘れてた。」
「…そもそも顧問相手にサボりを自己申告しにいこうとすんな。」

ほら、さっさと行くぞ。とルフィの胴着の襟首を軽々持ち上げ、まるで子猫のように連れ出そうとするゾロに、サンジは慌てて意義を申し立てた。

「コラコラっ!!何勝手に持ち帰ろうとしてんだアホアホまりもっ!」
「あんだと?ルフィ連れて行くのに何でてめぇの許可が要るんだエロガッパ。」

バチバチと、ゾロとサンジの間に火花が飛び散る。ガルルゥと、今にも喧嘩を始めてしまいそうな一触即発な事態だが、空気感がさっぱり読めないルフィは「あれ、二人知り合いだったのか?」と素っ頓狂な質問を返した。
これには睨みあっていた二人も怒気を下げ、ルフィの方へと向き直る。

「知り合いなんていう上等なモンじゃねェよ。」
「何の因果か、そこのクソマリモとは1年の時から同じクラスでな。」
「そこのグル眉が何かといちゃもんつけてくるから、いけ好かなくてな。」
「そりゃテメェだろうが!つぅかマリモが移る、ルフィから離れろっ!!」
「てめぇこそルフィに寄るんじゃねーよ、グル眉になっちまうだろうがっ!!」

とても友好的な関係ではないことはこの状況を見れば誰でも分かりそうなものだが、相手はルフィなので

「そっかー、おまえら知り合いだったのかっ!!しかも1年からずっと一緒のクラスメートとか、仲良しだなっ!」

一番重要な部分がまったく伝わっておらず、へらりと笑い飛ばしたのだった。
ルフィと付き合いの短いサンジにとってはいやこのやり取り見ててその感想はおかしいだろ!と物申したい所ではあるのだが、

「あー・・まぁ、おおよそ間違ってるがそれでいい。」

と、的外れたルフィへの対応に慣れた風なゾロが面白くなくて、サンジはぐっと口を噤んだ。
選抜大会近いんだろ?と促されたルフィはぶぅーと頬を膨らませながらも、すぐ気持ちを切り替えたようでじゃあ戻る!と、胴着を正しはじめた。
落ちかけた帯を直そうと悪戦苦闘するルフィを尻目に、ゆっくりとサンジの方へと近づいてくるゾロ。
互いに真逆の方を向いた、すれ違うような位置に立ったゾロは、サンジにしか聴こえないような声量でゆっくりと口を開いた。

「いいかグル眉。勘違いすんじゃねーぞ。」
「・・・何がだ。」
「ルフィの“アレ”はてめェが思ってる“ソレ”とは違うってこった。」
「・・・見てやがったのか、趣味悪ィやつ。つぅか“アレ”はそのまんまの意味だろうが。何、妬いてんの?」

第一声でコイツの言わんとする意味はすぐ理解した。
そして同時に、以前ナミさんが意味深な発言をしていたが、その意図も把握できた。

つまり、オレも目の前のマリモ剣士も…。ナミさんも、そしておそらくはあの長っ鼻も…。
ルフィの周りにいる全員が“ライバル”だって意味なのだろう。


―― しかしサンジの手にはもう決定的なカードが握られている。他ならぬ、ルフィ本人から。

揺らぎようのない自信に、サンジは勝ちを確信していた。しかし、ゾロはそんなサンジを鼻であしらうと、胴着を整え準備万端といった様子のルフィに一声かけた。

「ルフィ。此処まで呼びに出向いてやった俺に対してなんかねェのか。」
「・・おお!そうだったっ!ゾローっ!」

目を丸くして暫く考え込んでいたルフィが、ぱぁーと笑顔をみせてゾロへと駆け寄る。
同時にゾロが僅かに屈んだのをみて、サンジの悪い予感は見事に的中した。


――ちゅぅ。

「ありがとな、ゾロ!んじゃ、おれ先に武道場戻ってるからっ!サンジもありがとなー!!」

大きく手を振って廊下へ飛び出していったルフィの背中を、複雑な思いで見送ったサンジ。
若干肩を落とし気味なのは、致し方ないだろう。気落ちするサンジに、畳み掛けるようにゾロが言い放つ。

「ルフィにとって、頬にキスはお礼以上の意味はねェんだよ。
…アイツを溺愛するバカ兄貴の所為で、そこらへんが世間とズレてんだ。」
「…期待もたせやがって…くそぉ…!!」
「付け加えておくが、ライバルはテメェが予想してる以上に多いぞ。…まぁせいぜい頑張れよ、マユゲ君。」


ひらひらと手を振って、調理室を出て行くゾロに憎まれ口一つも吐けないほどに叩きのめされたサンジは、
ホコリ一つない綺麗な調理室の床に向かっていつか必ずルフィのハートを射止めてやる…!と固く胸に誓ったのだった…。







END (2013/05/31)


《12》

最後までお読みいただきありがとうございます。報われてないカンジで終わってますが、ちゃんと続きはあります。
このページにのみエピローグへ繋がるリンクがありますので、良ければ其方もお読みになっていただけると幸いです^^