食うか、喰われるか 7





「・・・やっぱり帰ってたか。」

かなり急いだつもりだったのだが、結果はサンジの危惧していた通りだった。
ルフィを追い回すようになってからチェック済みだった彼の下駄箱には踵部分が拉げた彼の普段靴はなく真っ暗な空間が広がっていた。

少しでも時間を短縮出来るよう予め下味をつけた鶏肉を串に刺して焼くだけで調理を済ませたこの串焼きは、本懐を果たせぬまま皿の上で徐々に冷たくなっていく。

「今日もかよ…くそ。
ちぃとばかしカロリーオーバーが過ぎてんなァ…」

そう呟くとサンジは悔しそうに串焼きを手にとり、大口をあけてぱくりと肉に齧り付いた。
口の中に香ばしく焼けた肉の食感と甘めに仕上げたタレが混じり合う。我ながらいい出来だと、黙々と食べ進める。
が、肉派か魚派か、どちらだと問われれば魚派と答えるサンジにとって、肉のこってり感が少々キツく、口に運ぶたびに滲み出る肉汁にうんざりと顔を顰めた。


―― 嫌なら食べなければいいんだ。

―― レディ達に振舞うには脂分が強すぎるし、だからといって野郎にくれてやる気は更々ない。


―― それなら捨ててしまえばいいだけの話だ。


そう思うのに、串焼きを口へと運ぶサンジの手は一向に止まる気配はない。
最後の一本をなんとか食べ終えたサンジは、空き皿になった其処へ串を落としながら胸元に手を置き、「ウっ…」とうめき声をあげた。

「これ絶対、胃もたれ起こすだろ…今日も夕食減らすか。」

常備薬となってしまった胃薬を片手に無理をしてまで自身の作った料理を完食する理由は、一つしかない。

“食べ物を粗末にしてはいけない”と真摯に訴えかけたルフィの姿が、脳裏から離れないのだ。
料理を前にする度、ルフィの姿が…言動が…、何度も何度も頭の中に蘇り、そして消えていく。
もしもまた、あの時のように『納得のいかない料理』だから、『用済みになった料理』だから、と捨ててしまえば。


―― 二度とルフィに自分の料理を食べてもらえないような気がしたから。


「そうまでして、オレがアイツに執着する理由ってなんだよ…。クソッ…」

どうして、たかだか一年のガキにこんなにも揺さぶられているのだろうか?
オレの中で勝手に膨れ上がっていくルフィの存在。一体、アイツ何者なんだよ…。


「・・・・。
……オレも、帰るか。」


自分自身ですら解明できないような想いを考えあぐねていたってどうしようもない。

ともかく、今日の接触は失敗に終わったのだ。その事実はここに居たって変わらないのだ。
ふと調理室に置いたままにしている荷物を思い出して、サンジは踵を返し人気の少ない校内へと戻っていった。



―― 抜け出せない、長く暗い道。

クソジジィに追い出されたあの日から、ずっとこの道を闇雲に進み続けていた。


―― けど、明かりひとつも見えなかったその暗い道の、ずっとずっと先に光が見えたような気がした。

そしてその光の先に、おそらく、きっと…ルフィの姿がある。だからオレは、……





「あ・・れ?」

ふと辺りを見渡せば、自分の家の方向とはまったく違う方へと進んでしまっていたらしいかった。
いつのまに帰り支度を済ませたのか、どうやってここまで着たのか…正直全く覚えていない。

だが、サンジは確かに自分の意思で“此処”に着たのだろう。
目の前にドンとそびえる、見覚えのある懐かしいその建物を前にして、サンジは熱いものが込み上げてくる感覚を抑えられなかった。

―― オレの、大切な思い出の場所。
この場所があったからこそ、両親と離れていても、オレは寂しくなかった。
この場所があったからこそ、オレは料理人という夢を持てたのだ。


レストラン【バラティエ】は、以前と少しも変わっていなかった。

店の立ち入りを禁止されてからというもの、ショックのあまり自然とこの場所に寄り付かなくなったので、此処までやってくるのは一体何年振りなのだろうか。
店の前には人気はなく、そして店内にも灯りはない。入り口には、【close】と書かれた札が掛かっていた。・・定休日、なのだろうか?
サンジが通っていた頃は、確か年中無休で営業していた筈だった。ひどく嫌な予感がした。

店の裏手に回ってみて、裏口のノブに手を掛けた。ノブを回してみるがガチャンと音をたてるだけで、どうやら鍵がかかっているらしい。
が、サンジは知っていた。ここの扉は建て付けが悪く、ノブを少し上に持ち上げたまま何度か回しているうちに、鍵が勝手に外れてしまうことを。


―― もしも、まだ、扉が変わっていなければ・・・。


カチャン、カチャンと何度かまわしていると、一回り大きなガシャンという音が鳴り、ノブを回せば扉は軋み音をあげて開いてしまった。
いい加減買い換えろよな、と苦笑いを零しつつサンジは首だけ伸ばして室内の様子をうかがった。

裏口から右手に廊下を進めば厨房、左手に進めばオーナーゼフの居住室に繋がる階段があるのだ。
暫く室内を伺うも物音一つしない…。本当に定休日なのだろうか?と、サンジは恐る恐るバラティエ内に入り込んだのだった。

《7》