食うか、喰われるか 2





校舎と渡り廊下で繋がれた別館にある、調理室。
ルフィは廊下側から中の様子をじっと伺い、室内で動く一人分の影を確認して期待に胸を膨らませた。
すでに室内からは大層美味そうな匂いが漏れ出ており、匂いが鼻腔を通れば自ずと腹の虫も歓喜の雄叫びをあげた。
あまりの五月蝿さにお腹を押さえ、少し静かにしてろと腹に訴えかけるルフィ。だが、よくよく考えて自分は盗み食いしにきたわけではないのだと気付いた。
ここは寮の食堂じゃない。別に隠れなくてもいいんだ。と、ルフィは軽く開き直って調理室の窓に手をかけた。

のだが、

「・・・鍵かかってんな、これ。」

まずはどんなヤツが何を作っているのか確認しようと窓をあけようとしたのだが、しっかりと施錠されているのかびくともしない。
では扉の方はどうだろう?と同じく手を掛けてみるがやはり鍵が掛かっているらしく開きそうになかった。

「調理部の活動にしちゃ、ヘンだよな・・?」

ううん、と首を傾げるルフィ。だが、中では確かに誰かが調理をしている。
うまそうな匂いも引っ切り無しにルフィの元へ届けられてくる。


・・匂いがするってことは、何処かが開いている筈なのだ。

「外に回ってみるか・・」

有難いことに調理室は1階に位置しており、渡り廊下から降りて別館の裏側に回り込めば直ぐに調理室の前に着くのだ。

こういう時のルフィの野生的なカンは冴え渡っており、予想通り一箇所だけ窓が僅かな隙間を作っている場所があった。
心の中でガッツポーズを決めてからその隙間から中の様子を伺ってみると、其処には学生シャツにショートエプロンをつけた金髪の男がたった今完成したばかりの料理の前に両手をついて、なにやら真剣な表情をしていた。
男にしては妙に綺麗なソイツの様子が気にはなったが、それよりなにより男の目の前にあるテレビの中でしか見たことのないような高級感あるお洒落な料理に、ルフィは知らず知らずのうちにヨダレを溢していた。

(あの美味そうな飯、どうすんだろうな・・。自分で食っちまうのかな?少し分けてくれないかな・・?)

そんなコトを思いながら男の出方を伺っていると、彼は急にチッと舌打ちしてから皿を手にとりそのまま何処かへ歩き出した。
向かった先はなんとゴミ箱で、男は迷わずその皿をゴミ箱へと傾けようとしていた。

思わずルフィが身を乗り出した。

「お、おぃ!その飯捨てちまうのかっ」
「・・・。」

男はルフィに気付いたが、無視してそのまま料理をゴミ箱へと放ってしまった。
あぁーっ!とルフィの嘆く声が室内に響き渡る。が、男はそんなルフィに一切興味を持とうとせず、さっさと調理台へと戻っていく。
窓から室内に飛び込んだルフィは、捨てられてしまった料理を覗き込み、「もったいねぇ…」と涙声で訴えた。

「捨てちまうぐれぇなら、おれにくれりゃよかったのに・・」
「・・・うるせぇ1年ボーズだな。」

未練がましくゴミ箱に齧り付いてめそめそと泣くルフィに、男はかなり鬱陶しそうに呟いた。
それはルフィに話しかけたといった風のものではなく、まるで独り言を呟いたような雰囲気で返していた。嫌な態度にカチンときたルフィは立ち上がって男に食って掛かった。

「食い物は粗末にしちゃいけねェんだぞ!」
「ここにある食材は全部オレが用意したモンだ、どう扱おうが勝手だろうが。」
「そんなコトねェ!誰のモンだろうが関係ねぇぞ!世の中にはなぁ、食いたくても食えないヤツだって沢山いるんだっ、食いモンひとつでも粗末に扱っちゃダメなんだぞっ!!」
「・・っ、今一番思い出したくねェ相手と同じような事言いやがって、腹立つガキだな…!」

どうやら男の気に障るような発言をしてしまったようで、今までルフィという存在に目もくれなかった男が、ルフィの方をキッと睨み付ける。
だがルフィは怯むことなく男と対峙し、間違った事は言ってねェ!と一歩前に踏み込んだ。

「おれにはまだ腹いっぱいとは言えなくても、食える環境がある。でもなっ、パンのひとかけらで一日を過ごさなきゃならないヤツだって世界には沢山居るんだってエースが言ってたんだ!」
「そんな何処にいるかも分からねぇ奴らの事なんてオレにはどうだっていいんだよ!エースだかピースだか知らないが、ヒトの受け売り真に受けて、他人にまで押し付けんなよな!」
「なっ、オマエ!!エースをバカにすんなよなっ!エースは間違ったことぜってぇ言わねぇ!」
「はぁ?バカにしたつもりはねぇけど、まぁ正直どうでもいいわ。用が済んだらさっさと出てけよクソガキ」

面倒臭ぇヤツだ、と呟きながらそれきりルフィを無視して、男は荒々しく調理場の片付けを始めた。
そんな男をじっと睨みつけてから、ルフィは再びゴミ箱のほうへと振り返る。

先ほどまで皿にキレイに盛り付けされていた食材達は、調理の際に出たらしい生ゴミに紛れて無残な姿をさらしていた。
それでもまだルフィの食欲をそそる匂いを確かに漂わせており、その匂いを感じ取った身体は素直にそれが欲しいと訴えて鳴き声をあげる。

男は腹の虫とはおもえないその奇妙な音に、クッと嘲笑を浮かべた。

「物欲しげにゴミ箱の中覗き込むほど、そんな腹減らせてんのか?」
「・・・。あぁ、減ってる。」
「ふーん?」
「・・・。いっそ、ゴミん中から引き上げてでも食ってやろうと思った、」
「うげぇ、マジかよ。信じらんねぇー。」

男がきたねぇなーとルフィをバカにしたように笑う中、ルフィは再び男に振り返った。
振り返ったルフィの顔に浮かんだ真面目な表情に、思わず男が息をのみ、笑いを引っ込めた。

「けど、やめた。」


ルフィは簡潔に答えて、まだ鳴り止まない腹を押さえて窓の方へと帰っていく。
ゴミ漁りしてまで食いたいと言った相手が、あっさりと身を引いたものだから男は訝しげに見つめた。窓枠に手をかけて外に出て行く直前、ルフィは男に向かって言い放った。


「どんなに腹が減ってようと飢え死にしそうだろうと、
おめぇの作った飯だけは、絶対に、死んでも食わねぇ!!!!」


男はハッと目を剥き言い返そうと身を乗り出したが、ルフィは男を無視してそのまま外へと飛び出していった。
そのまま走り去るルフィに、男は窓枠に寄ってその背を追うがあっという間に見えなくなってしまい、男は暫くそのまま動かなくなって最後に舌打ちを溢したのだった。

《2》