男達は顔を見合わせ立ち尽くしていた。
二人の間にあるものをジッと見つめたままのルフィと、次に返ってくるであろう反応を冷や汗垂らしながら見守るサンジ。
「・・・・」
「・・・・・。」
(頼むから、何か言ってくれっ・・この空気は、流石に耐えられねェっ!)
忍耐も、我慢も、そろそろ限界に達してきている。例えるならば、判決を今か今かと待ちつづける囚人のような気持ちだ。
サンジは、裁きが下るその瞬間まで、口を噤んだまま相手の出方をじっと窺っていた。
ゼフから受け取ったアドバイスに、サンジは激しく吃驚し、目を剥いたものだ。
いやまさか、たったそれだけ?それだけで、本当にあのルフィの意地でガチガチに固められた牙城を崩す事が出来るのか?と。
サンジが疑ってしまうのも無理はなかったが、相手は幾度となく雑誌をにぎわせた大料理人のゼフだ。いぶかしむ気持ちをぐっと堪えつつ、サンジはゼフのアドバイス通りに行動した。
翌日の放課後、チャイムが鳴ったと同時にサンジはすぐにカバンを抱えて教室を飛び出した。
その足はそのまま1年生の教室が並ぶ階へと向かう。早足で廊下を進むサンジをすれ違う一年生が不思議そうに振り返るが、サンジは気にしない。
目的の教室に到着すると、遠慮なしに扉を開いてぐるりと室内を見渡した。
捜している人物が教室内に居ないと分かると、サンジは近くで話し込んでいた一年に声をかけて、相手の行方について何か知らないかと訊ねた。
返答はおおよそ検討がついていた。予想通りの場所へと向かったという情報を受けたサンジはどんだけ逃げんの早ェんだよ…と、内心毒つきながらもすぐさま武道場へと向かった。
ダンッ!!という鈍い音を響かせる武道場には、既に何人かの生徒達が放課後の部活動に励んでいるようだった。
素早い動きで自分よりも体格の良い男の胸元に潜り込んで軽々とその身体を持ち上げ畳にドシンっ!と叩き付けた彼もまた、真剣にうちこんでいるようだった。
「ルフィっ!!!!」
「っ・・・」
胴着で汗を拭っていた彼が、また来たのか…、といったうんざりした顔でコチラを振り返った。
が、その歓迎されていないルフィの表情を何度となく拝んできたサンジには、いつの間にか免疫のようなものが出来ていたらしく傷つく気配もなくズカズカと武道場に踏み入った。無視して再び組み手を取ろうと構えたルフィの手首を掴み、無理やり外へと連れ出したのだ。
いつもと違う、何処か強制的な態度にルフィが戸惑っている内に、サンジは人気のない校舎裏へとルフィを連れ込み、逃げられないようにルフィの身体を壁へと貼りつけ、その両肩を両手で押さえ付けた。
「痛えよっ、何すんだ!」
「いいから、ちょっと黙ってろっ」
ここまで来るのに相当力んでいたらしく、サンジの息は乱れていた。
壁と自分の間にルフィを挟みながら俯いたまま息を整えるサンジに、ルフィはムッと口を尖らせる。
「こんなトコまで連れてきて、一体なんだってんだよ。
言っとくけどな!何出されてもおれは絶対食わねーぞっ!腹減ってても食わねー!減ってるけど減ってねぇからな!!ぜったい、ぜったいっ、我慢してやるぞっ」
それはまるで、自分に言い聞かせているようなセリフだった。
ルフィにとってはまさにそうだったのだが、すっかり嫌われてしまっていると思い込んでいるサンジにとっては、少なからず胸を痛めるセリフだった。
今までサンジは、こんな強攻策に出たことはなかった。無理強いしてしまっては、相手との溝は埋まる所か拡がるばかりと考えていたからだ。まさに今、その考えが正解であったと身を持って知った。。
―― けど、今日は。
今日だけは人気のない場所でないといけない理由があった。
サンジは決まって、ルフィに料理をちらつかせる時なるべく人の目が多い場所を選んできた。
オレの自信作である料理を見せれば、大抵の人は美味そうだと口を揃えて言う。他人が美味そうだと思うものは、何故だか自分も美味そうに見えてくるという相乗効果。それを利用したかった。
―― だが、今回ばかりは・・・。
(あんだけ手の凝った料理ばっか作っておいて、突然“これ”を出したら、とうとうネタ切れなんだって、思われても仕方がねぇ・・・・)
・・・ようは恥ずかしかった。
他の生徒たちがいる前で、“これ”を出すのが。かなり、いや、物凄く、恥ずかしかったのだ。
サンジは覚悟を決め、ルフィの動きを封じていた両腕を下ろし、肩に引っ掛けたままのカバンから、アルミホイルに包まれた物体を取り出した。
今日は何が出てくるんだ、と瞬時に身構えるルフィ。そんなに息むほどのモノじゃねーんだよ・・と、浅くため息をついてから、サンジはアルミホイルの包みを破いてみせた。
――途端、ルフィが固まった。
“これ”をみた途端、スキあらば逃げようと暴れるのも辞めてしまうほど、ノーリアクションなルフィ。だから、言ってやったんだ。
オレは…っ、凄く、かなり恥ずかしかったってのに…!
「見りゃ、分かるだろっ!!」
「・・・え?」
聞き返されるとおもった。聞き返されて当然だと思った。
や一番初めに“これ”を出していたのであれば、まだここまで酷い反応は返ってこなかったと思う。
問題なのはこれまでオレが作ってきた、味にも見栄えにも拘り抜いたそれこそ高級レストランでしか拝めなさそうな究極の料理達が続いた後に、出てきたモノが“コレ”だったってところだ。
「…っ、聞き返すんじゃねーよっ!どっからどう見たって、“おにぎり”以外のなにものでもねぇだろっ…!!」
――あぁ、きっと今、オレの顔は真っ赤になっているんだろうな。
オレが手に持った、アルミホイルの包みの中身は・・
誰もが一度は目にし、食した事のあるだろう、真っ白なお米が三角形に握られた、――― おにぎりだったのだ。
『んなぁっ…オニギリだぁっ!?!?』
『あぁ、そうだ。』
『ぶァッ、バカ言えクソジジィ!!今更そんな安っぽいモン作れるかよっ』
『そうだな…、握るのは前日の夜。味も鮮度も落ちねーよう、工夫をこらせ。』
『聞いてんのかよクソジジィ!!!オレはなァ、そんじょそこらの料理じゃルフィを崩せなかったから、最高の肉と最高のレシピで、アイツをッ』
『混ぜご飯やカヤク飯なんていうズルするんじゃねーぞ?純白の、白い米を使え。分かったな?』
『って人の話、一切無視かよっ…!!』
『なんだァ?テメェは一端に料理人語ってるってーのに、おにぎり一つも握れねぇのか?ハハッ、こりゃ笑わせてくれるぜェ…!!』
『っ・・?!…いいぜ、やってやるよ!そーまで貶されて黙ってられるかっ!!』
・・と、ジジィに乗せられて作った、この握り飯。
(米は時間が経つ事に、独特な臭いを強くし食欲を減退させる。臭いを打ち消すには、香りが重要。炊き立てのご飯に香り付け程度に梅酢を混ぜ、米が熱いうちに握る。塩を軽く振りかけ、ふんわりと握るようにして、少し冷ましてから具材を側面から押し込み、少し火を通した海苔を巻いて完成。
・・・たった、これだけの作業だ。)
ジジィが言った、時間を置いても美味しく食べられるおにぎりの作り方など、オレは知らなかった。
ただ三角に握れば、それがオニギリと呼ばれるものだ。その程度の認識しかなかったのだから。
それでもジジィに後々バカにされるのが癪で、一生懸命知恵を振り絞ることで作り上げた、工夫の凝らされてはいるが、極々普通のおにぎりだ。
この単純な料理で、何処までルフィの食欲を擽れるのか・・。
端からオレは期待などしていなかった。
それどころか、むしろ…。
「・・・・・・・・・・・・ぷっ!!」